第25話 長岡さんのいない放課後で
今日の放課後は生徒会活動。長岡さんはソラちゃんのお見舞いらしく、生徒会室には俺を含めて未耶ちゃん、音心の三人しかいない。パソコンのキーボードを打つ音や紙の捲れる音が鳴り響く。
「悟、本当に愛哩のところへ行かなくて良かったの? 別にこっちは今のところ二人でも回ってるわよ?」
「長岡さんが今日は一人でやるって言ったんだよ」
正確には女子会をするから俺は来るなとのことだったが。一応未耶ちゃんと音心にはソラちゃんのことは伝えておらず、適当にぼかした。
「会長、もうそろそろ期末テストですけど大丈夫ですか?」
未耶ちゃんがふと音心へ投げかける。そう言えば後二週間もなかったっけ。生徒会に入ってからは時間の流れが本当に早い。
「うっ」
「……音心、俺が入った頃は補習だとか言ってたっけ」
「い、良いでしょ別に。アンタ達に迷惑はかけないから」
「そういう問題ではありません」
バッサリと切り捨てられる。まあ確かにそういう問題ではないんだけど。
「で、でも未耶だって勉強得意じゃないって言ってたし」
「流石に平均よりは上です」
「ぐっ、じゃあ悟は!? 悟はどうせバカでしょ! アタシ寄りでしょ!」
「無趣味の独りぼっちは勉強くらいしかすることがないんだよ」
「アンタ……、よく真顔でそんな悲しいこと言えるわね」
音心が哀れみの目でこちらを見る。でも本当のことだからな……。
努力の賜物なのか元が良いのか、俺はかなり成績が良い。それこそ未耶ちゃんと同じで平均を切るなんてことはまず無いし、調子が良ければ満点の時もある。
……だからテスト中に人の思考を覗いてカンニングなんてしたこともない。時たま誘惑に駆られることもあるが、そんなことをせずとも高得点を取れるのは果たして幸か不幸か。
「生徒会は平均以上を取らなきゃダメみたいな決まりはないの?」
「ありませんね。あったとしたら会長が会長になれるはずもありませんし」
「にゃーもー!! 別に良いでしょ! あんまり言うとみゃーって呼ぶわよみゃー!」
「みゃ、みゃーじゃありません!!」
わちゃわちゃとしだす二人。微笑ましいけど、仕事進まないぞ……。昨日休んだ俺が言うのもなんだけどね。
「あ、そう言えば悟。尾行はどうだったの? てか愛哩は今日もそれなの?」
「ん、あー……、まあそんなところかな」
美化委員に配布する資料に目を通しながら雑に答える。実際はお見舞いだけど、正直に答えると全部説明しなきゃダメっぽくて面倒だからなぁ。
「……悟、アンタ変わってないわね」
「え?」
「その嘘ついてる時に人の目を見ない癖。いつもはむしろこっちが恥ずかしくなるくらい見るのにね」
ドキッとして音心を見る。昔を懐かしむような、柔らかい表情。
いつもは心を読むから顔を見るし、もしかしたらその弊害かもしれない。
「正直悟がぼっちなのは想像つかないけど。昔の悟はむしろガキ大将みたいな感じだったし」
「音心も大概だけどな。……まあ良いか。昨日のこと、説明するよ」
俺は操二が女の子のお見舞いに行くためにサッカー部を辞めたこと、そして長岡さんは今日その子のお見舞いに行っていることを伝える。流石に操二とソラちゃんの出会いやお父さんの話はしなかったが、それでもさわりは伝わったと思う。
「……なるほどね。女子会ならそりゃ悟はいらないか」
「島本の相談については長岡さんが何とかするらしい。方法は聞いてないけど」
「そ。まあその辺は二人に任せたんだし口は挟まないわよ。必要なら頼ってくれて大丈夫だから」
「ありがとう」
当たり前のように言ってのける音心。こういうところにカリスマが見えるよなぁ。どこか頼りたくなってしまうというか。
「未耶ちゃんも今のでわかった? 気になるところがあるなら説明するけど」
「……別に大丈夫です」
未耶ちゃんはムスッとして口を尖らせる。あれ、怒ってる? 怒らせた覚えはないんだけど……。
(会長と悟先輩、通じ合ってるみたい。悟先輩、羨ましいな……)
あ、そういうこと。未耶ちゃんもさっきは音心に怒ってたけど、最初からずっと音心のこと尊敬してるもんな。ぽっと出(と言ってもひと月は経つけど)のやつに変な絆みたいなのを見せられても面白いはずがない。
「……お二人共。仲、良いんですね」
「アタシが悟と? あはは、ないない。昔なんて喧嘩ばっかりしてたし」
「でも……」
「もしかして未耶、悟に嫉妬した?」
「っ!!」
図星を言い当てられてハッとなる未耶ちゃん。見る見るうちに顔が赤くなっていく。
「未耶も可愛いわねー! 安心して。アタシは未耶のこと、ちゃんと好きだから」
「も、もう……。そんなこと言わなくても良いです」
未耶ちゃんはふいっとそっぽを向くけど、朱を差した小さな耳までは隠せていなかった。それを見て音心はますますいたずらな笑みを浮かべる。
「俺ちょっと外出てくるよ」
「んー」
音心の応答を耳に、俺は生徒会室から出る。俺の居ない方が未耶ちゃんにとって良いだろうし、音心もそれを理解して理由も聞かず引き留めなかったんだろう。あてもなく廊下を歩く。
二年一組の前、ふと教室の中を覗いてみる。一人だけ窓からグラウンドを俯瞰しているようだった。
俺は足を止め、彼に声をかける。
「操二」
首だけゆっくりと回してこちらを向く。操二は俺を見るなり笑みを浮かべた。
「悟クンも女子会って言われてお見舞い断られた口?」
「うん。さっきまで生徒会の仕事をね」
「なるほど。お疲れさん」
俺は教室に入り、操二の隣に並び立つ。グラウンドでは野球やサッカーの練習が行われていた。
「何見てたの?」
「サッカー部。オレの穴は埋められてんのかなーって」
「二年で二人だけのレギュラーって聞いたよ」
「うん。オレ強かったから」
淡々と口にする操二は少し寂しそうだった。なぜそんな顔をするんだろう。俺は流れるように操二の心を読む。
(アイツら楽しそうだなー)
……未練も、あるっちゃあるんだな。でも考えてみたら当たり前なのかな。才能があるだけで部活を続けられるような人は稀だろうし。
「サッカー部、本当に辞めてよかったの?」
「……」
無言でサッカー部を見つめ、操二はため息をつく。口にせずとも、漂う哀愁が既に操二の思いを示していた。
「それ、昼休みに長岡さんからも訊かれたよ」
「長岡さんからも?」
「おう」
俺の目を見て、さっきと同様ふと笑う。
(辞めたくないに決まってんじゃん)
笑顔の裏には、しっかりと答えが見えた。長岡さんも同じように操二の真意を確認したんだろうな。
「もしもサッカー部を辞めたくないんだったらさ、別に休部って方法もあったんじゃ?」
「理由がないし、説明する気もない。変に嘘を吐くくらいなら辞めた方が良いって考えた。悟クンも男なら何となくわかるんじゃない?」
まあ何となくだけど、わからなくもない。プライドの話で、そこに明確な理由は付けたくないからぼかす。少なくとも俺にはそう思えた。
「……にしても悟クン、結構鋭いね。何か心を読まれてるみたいだ」
「心を読まれる、か」
ついオウム返しする。あまりにもドンピシャな指摘。俺はグラウンドのサッカー部へ目を向けながら。
「まあ、そんなところかな」
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