第19話 高槻操二

「高槻操二くんってあれだよね、すっごいモテる人。私も友達から聞いたことあるよ」


 長岡さんがそう言うってことは、多分女子の間ではクラス関係なしに有名なんだろう。イケメンだからかな。


「あいつは一年の頃から女遊びが激しくてさ。ただ彼女って呼んでいる相手は居なかったんだ。全員が全員遊びっつーか」

「女の敵ね……」

「会長、今はお話を聞きましょう」

「……えと、だから彼女が出来たって言われて俺らビックリしたんだよ。別に彼女居なくても女には困ってなかったのに」


 順当に、常識的に考えれば本当に好きな人が出来たからだろう。でもそれなら何で部活を辞める必要がある? 今までは部活があっても女子と遊べていたってことは、自由時間に支障をきたすレベルの練習量とは考えにくい。

 まあ、それでもあるとすれば。


「高槻って人はそれまでに部活をサボったこととかはあった?」

「ん? いや、特にそんなことは無かったはずだ。だからこそ控えの先輩達も高槻をレギュラーって認めてたわけだからな」


 部活にも真摯に取り組んでいて、その結果二年にしてレギュラー入り。彼女が出来たから時間が無くなったというのも過去の女癖に鑑みるとそれも違う。だとするといよいよ辞める理由がわからなくなってくるけど……。


「それで八方塞がりだから、ってことでしょ? 宮田くん」

「だろうね」


 同じことを考えていたのか俺の心を読んだのか。どちらにせよ辿り着いた結論は同じだ。


「……ごめん、俺そろそろ部活戻るわ。早く戻らないと先輩にどやされる」

「わかった。じゃあまた何かあったら連絡するね」

「お、おう! ごめんな」

(やっぱ長岡可愛いなぁ……)


 島本は急ぎ気味で生徒会室から出ていく。足音は瞬く間に消えていった。

 ……最後の島本の思考、当然長岡さんにも伝わってるよなぁ。


(可愛いって思われるのは慣れてるから)

(まあ長岡さんは可愛いし綺麗だけど……あっごめん言うつもりなかった……いや言ってないけど)

(そういうの良いから……もう……)


 ふ、と長岡さんは俺から視線を外す。長くてさらさらの髪の間から覗く耳は赤みが差していた。


「さて! まずやることを決めなきゃよね」


 パン! と手を叩く音心。確かに方向性を決めなければ出来ることもまとまらない。


「そうですね。ただ直接話すのは意味が無いと思います」

「愛哩の言いたいことはわかるわ。何でサッカー部の人に話せないことが他の人になんて話せるわけがないってことでしょ。裏で繋がってるのかもしれないのに」


 事実俺達と島本サッカー部は繋がっている。だから直接話を聞くのは意味が無いと言いたいのだろう。


「となると、アタシらがとれる手は二つ」

「周りの友達に訊くか、本人を尾行するかだな」

「悟もわかってるじゃない。そういうことよ」

「ま、待ってください! 話の流れが早くてわたしついていけていません……」

「みゃーちゃんはわからなくても大丈夫だよ。もっと言うと会長も必要ないかも」


 おろおろと焦り出す未耶ちゃんに長岡さんは微笑みかける。長岡さんの言い方はあれだけど、正直俺もそう思う。


「そうね……、尾行はともかく周りの友達に訊くのは他学年のアタシと未耶だと不自然かも」

「あ、ああ……なるほどです。あと未耶です!」

「? アタシ未耶って呼んだわよ?」

「会長じゃなくて愛哩先輩です! もう、いつも言ってるのに……」


 いつものように(と表現すると未耶ちゃんは怒りそうだけど)長岡さんへぷりぷりと文句を言う。心なしか頬を膨らませてるようにも見えるね。


「……とりあえず、この件は俺と長岡さんで何とかするってことで大丈夫?」

「良いわ。もし放課後の時間に動かなきゃダメな時はアタシに言って」

「わかった。長岡さんもそれで良い?」

「うん。じゃあ私も早速明日から友達に聞いてみるよ。隣のクラスにも友達は居るし」

(独りだった宮田くんと違ってね)


 気を抜いたらすぐに弄る……。

 まあ、独りだった・・・って言うところが長岡さんなりの優しさなんだろうけどね。


「じゃあそろそろ仕事を再開しましょう。悟、プール開きまでの進捗はどう?」

「それなんだけど、先生が言うにはな……」


 音心の一声で生徒会は動き出し、各々が仕事に取り掛かりだす。初めは俺も面食らっていたが、今となってはちゃんと生徒会の一員だ。そう自覚出来るほどには成長出来たと思う。




 オレンジの夕方と青みの強い紫の夜が半分ずつ空を染め上げている。時刻は既に七時を回っているが、六月半ばなのでまだ日は落ちていない。


「七時なのにまだちょっと明るいね」

「まあ夏至近いしなぁ」


 生徒会の活動を終え、俺は長岡さんと一緒に帰っている。いつもなら六時頃に終わるのだが、今日は仕事が後からどんどん詰め込まれて遅くなったのだ。


「送ってくれてありがと」

「音心が言い出したことだから。音心は未耶ちゃんを、俺は長岡さんを家まで送れーって」

「んふふ、誰一人文句言わなかったよね」


 未耶ちゃんが目を輝かせてその組み合わせが良いって言った時はちょっと傷付いたな……。単に会長と帰りたいってのが強いんだろうけど、それでも何かその……、な?


「あ、傷付いてる」

「うるさい。それより家こっちで大丈夫なの?」

「んー、ちょっとだけ遠回り?」


 唇に人差し指を当ててさも当然かのように言う。楽しそうな表情はいつもからかう時のそれだ。


「何でまたそんなことを……」

「だってもうちょっと話していたいじゃん?」

「……まあ良いけどさ」


 恥ずかしくなってたまらず視線を逸らした。顔が紅潮するのが自分でもわかる。


「宮田くん、手でも繋ぐ?」

「繋ぐって言ったら繋ぐの?」

「えっ? ……いや、そりゃまあ」

(本気だったら恥ずかしいけど……、言い出したのは私だし……)

「……恥ずかしいなら良いよ。あとそういうのはあんまり男に言わないようにな」

「こ、こういうのを読むのはダメだからね! 宮田くんはもっと乙女心を理解した方が良いよ!」


 長岡さんと二人で会話が続くのかと心配していたが、それからも幸い話が途切れることは無かった。

 少しすると大通りに出る。その頃には既に日は落ちており、本格的に夜が顔を覗かせていた。


「この辺は雰囲気悪いよね」

「飲み屋街だし当然と言えば当然なんだけど、それでも高校生にとっては近付き難い場所だな」


 ギラギラと光るネオンが目に痛い。仕事帰りであろうスーツ姿の人達を除くと誰も彼もラフな格好で悪そうに見える。偏見だろうけど……と。


「俺達の高校の制服着てる人がいる」

「え? ……あ、ホントだ。こんな時間まで寄り道してたのかな」


 身長が高く髪の毛は金髪、遠目からでもわかるイケメンそうな風体……。


「あれ高槻操二じゃない?」

「嘘。私名前しか知らないから詳しくないんだけど、宮田くんが言うならそうなのかも?」

「多分そうだと思うんだけど……」


 保健室で見た感じとかなり似ている。こんな時間まで制服で居るのは何か理由があるのかな。


「とりあえずもうちょっと近付こうか」


 俺はそう言って気付かれないように死角へ回って距離を詰める。今居る場所から動くつもりはなさそうで、どうやら待ち合わせをしているようだった。


(遅ぇな……)


 高槻から一五メートル程後ろで思考を読む。待ち合わせなのは間違いなさそうで、暇そうにスマホを弄っていた。

 それから五分程待つと、垢抜けた高校生の三人組が現れた。基本的にみんな髪の毛の色を変えていて、中には片耳七個程ピアスを開けてる人も居た。


「……宮田くん、よく見えるね」

「見えないからって俺の心読むのやめてくれない?」


 長岡さんにそれだけ言って俺はあっちへ意識を集中する。思わぬ遭遇だが、しかしヒントは得られそうだ。


「よう操二。遅れてすまんな」

「マジ待たせんなよ。で? 今日はどこ行くん? つってもあんま遅くは勘弁だけど」

「あっはっは! 制服のやつを長いこと連れ回すかっての!」


 体格の良い男がバンバンと高槻の背中を叩く。高槻は少し痛そうな顔をしていた。


「これから俺ら合コンなんだわ。四対四でさ」

「悪い、オレ彼女出来たからパスな」

「はぁ? おいおいマジで言ってんの? お前彼女とか要らねえっていっつも言ってたじゃんかよ」


 合コンの言葉が出てきてから行かないと即答する。高槻の思考も口にする言葉と一致しており、思ったことをそのまま言葉にしているようだった。


「やー、悪い! そういうわけだからオレ行かねえわ!」

「まあ良いけどよ……、付き合い悪くなるのは女絡む時だけにしろよ? 俺らだって普通にお前と遊びてえんだから」

「あははは!! お前らオレのこと大好きかよ! 心配しなくても彼女に不義理なことじゃなかったら遊んでやるって。じゃーな!」


 高槻は相手の男の肩を叩いてその場を後にする。三人組もやがて歩きだし、高槻とは別の方向へ歩を進めた。


 ……あれ? 何か高槻こっちに来てない?


 と、その直後肩を組まれる。勿論相手は高槻操二。


「よっ! お二人さんはデート? こっち見てたみたいだけど」

「えっと……」

「高槻くん、だよね? 私達生徒会だからさ、うちの学校の生徒がこんなところに居るのは見逃せなくて」

「それブーメランだと思うけど、まあ良いや。そっちの彼は保健室で会った人だよな?」


 話の矛先が俺へと向く。とりあえずは首肯した。


「宮田悟。二年二組だから隣のクラスかな」

「おっ、隣のクラスまで知られてんのかオレ。有名人じゃん!」

「まあでも帰るところなんでしょ? だとしたら俺達からは何も言うことないよ」

「あーい。そのまま帰りますよー。七時半も回ってるしね」


 あ、もうそんな時間なのか。早いもんだな。


「じゃあなー、悟クン! あ、それとオレのことは操二で良いから!」

「……じゃあね、操二」

「あいよー」


 手をひらひらと振って高槻……、いや操二は歩き出す。俺と長岡さんはその姿を何となく立ち止まって目で追っていた。


「宮田くん。どう思う?」

「ん……現状だと何もわからないかな。ただ彼女を大切にしてるのは本当。もしくは」

「彼女自体をブラフに使っている。周りには同じ理由を使って一貫性を高めている、だよね?」

「そんなところじゃないかな。今言えそうなことは」


 要はまだハッキリしたことは何もわかっていない。

 ……これは明日尾行が要るなぁ。


 それにしても、何故操二はこんな時間まで制服なんだろう。制服デートって可能性も大いに有り得るんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る