2章 高槻操二の恋愛模様

第18話 イケメンチャラ男と新たな依頼

 三時間目の体育。梅雨も半ばの一雨降りそうな暗い雲の下、俺のクラスの男子はサッカーの試合をひたすら行っていた。


「ほら、宮田!」


 少し前方にパスされたボールを右脚を伸ばして取る。俺は別段運動神経が悪い方ではないので、こうしてクラスで独りであっても案外パスは回ってくるのだ。

 周囲のパス出来そうな相手を探しつつ軽くドリブルをする。お、奥の方に一人発見。


「サッカー部でもないのに抜かせるかよ!!」


 敵チームの島本が怒声を響かせる。別に止められても良いけど……ってか何か機嫌悪いな。

 あ、ほら。島本側のチームのやつも噂してる。


「何か島本機嫌悪くね?」

「あれだろ、サッカー部退部のやつ。折角これから大会だってのに二年のレギュラーが辞めたらしいぜ」


 二年の、それもレギュラーの一人が退部か。それは確かに大問題だ。勝ちに行く人程怒りの具合は大きいだろう。


 そんなことを考えていたからだろうか。直後俺の身体は島本のチャージによって地面に倒された。かなりの強さだったし絶対ファールだろこれ……。


「ストップストップ! 宮田、大丈夫か?」


 試合を制止して慌てて駆け寄る体育の先生。派手に転んだけど、怪我は特に……。


「痛っ!?」


 怪我の箇所を認識すると途端にジンジンと痛む。どうやら左の膝から出血しているようだ。これなら消毒と止血さえすれば何とかなるだろうけど……。


「あー、その足だと一人で保健室まで行くのは辛そうだな。誰か肩を貸してやってくれないか?」

「じゃあ俺が行きます。俺のせいで悟が怪我をしたんですし」

「お、なら島本に頼むか。他のやつらはコートに戻れ! 試合を再会するぞー!」


 俺が何一つ口を挟むことなく、瞬く間に決まって行く。俺は島本へ軽く会釈すると、笑って肩を貸してくれた。


「ごめんな、ちょっと熱くなってたわ」

「いや、別に大丈夫だよ」

「……やっぱサッカーすると熱くなる」


 『熱くなる』を復唱する。それ自体はスポーツにおいて悪いことではないが、はたして本当にサッカーをしたから熱くなったのか。


(高槻の野郎……、この大切な時期に辞めやがって……。しかもあんな理由で……!)


 やっぱりさっき聞いた噂の通りか。高槻ってのは多分その辞めた部員だろうね。

 それと『あんな理由』。気にはなったが俺には関係のない話だ。特に追求することなく保健室へ歩を進める。


 ……あんな理由かぁ。何だろう、勉強に集中したいからとか? まさか野球がしたいからなんてことはないだろうし……。


 保健室に着き、俺は常駐している先生に話を通す。やはり水で洗い流して消毒をすれば大丈夫なようだ。


「ごめん、ありがとう」

「いやいや俺が悪かったからさ。こっちこそごめんな」


 島本は頭を下げて保健室から出ていく。あと二〇分くらいあるし、戻ればまだ出られるだろう。頭も冷えたようだし今度は安全にプレーしてほしいものだ。


 一通りの治療を終える。この消毒液を傷口に当てられるときの痛みは今でも慣れないな……。


「えっと、宮田君?」

「はい?」


 保健室の先生が改まって俺を呼びかける。何だろう?


「先生これから保健室出なきゃいけないのよ。代理の先生呼んでくるから、その間だけここで待っててもらえない?」

「え? いや、良いですけど……」


 どうせ体育はこのまま戻らないつもりだったし。


「ごめんね、その間ベッドで寝てても良いから!」


 そう言い残して保健室から出ていく。

 ベッドで寝てて良いなら俺いらなくない……? とも思ったけどそうして良いならそうさせてもらおう。俺はいそいそとカーテンのあるベッドへ向かった。

 ……何で学校のベッドって眠くならないんだろう。眠気が一向に来ない。


 そうやって五分くらい経っただろうか、ドアの開く音が聞こえた。代理の先生が来たのだろうか。


「ねーえー操二そうじー。イイじゃん遊ぼうよー」

「だからオレは彼女出来たんだって。遊んでる暇はねーの。……って先生いないし。どうすっかなぁ」

「だから遊びでイイんだってばー!」


 ……え、何? 痴話喧嘩? 痴情のもつれ? 明らかに代理の先生ではないよな……。


「オレもうそういうのはやめんの。不特定多数と遊ぶより真実の恋を見つけたみたいな?」

「えーケチー。でもだからって部活辞めることはなくない? 隣のクラスの……あれなんだっけ。あの人めっちゃ怒ってたよ?」

「ああー、まあ別に良いんじゃない? 部活なんかやってたら時間無くなるし」

「操二ってばマジ最悪ー」


 何かどこかで聞いたような話……、いやまさかね。流石にそれは出来すぎてる……よな?


「とりあえずさー、オレもう遊ばねえから。保健室の先生に話あるからお前はもう帰れって」

「べっつにあたしも操二もトイレ扱いだから大丈夫だしー」

「帰れっつってんの」

「……はーい。じゃね」


 足音が一つ遠ざかって行く。女の子が出て行ったんだろう。


「……さて」


 コツコツ、と徐々にこちらへ近付いてくる靴の音。

 ……えっ、もしかしてベッドに来んの?

 シャーッとカーテンを開けられる。俺はその操二って人とバッチリ目が合い、たまらず視線を逸らした。


「ね」


 髪を金色に染め、左の耳たぶにピアスを開けている。身長は一八〇くらいありそうで顔も格好良い。


 つまるところ、操二って人はかなりのイケメンだった。


「今の話、ナイショで頼むな?」


 優しそうな表情で微笑む。別に好き好んで誰かには話さないけど……。


(保健室に来た理由とか聞かれても困るし)


 ……あ、そっち。女の子と遊ぶ云々は大丈夫なのか。イケメンの考えることはよくわからないな。


「……えっと」

「ん?」

「先生今保健室から出て行ったところで代理の先生探してるらしいんだ。だから多分すぐには戻ってこないと思う」

「あーマジで? じゃあ無駄足かぁー」

(放課後は来られないんだけどなぁ)

「……俺は怪我もあるからまだ居るけど、伝言預かろうか?」

「いや、別に良いよ。相談したかっただけだし」


 相談か。そう言えば保健室の先生って生徒の相談役とかも担ってたっけ。保健室登校なんて言葉もあるくらいだし。


「そんじゃね」


 操二と呼ばれた彼はそう言って保健室から出て行った。

 色々気になるけど、まあ関係ないか。俺は残りの授業時間を潰すために目を閉じた。




 生徒会の活動ももう慣れたもので一ヶ月。俺は各委員会の資料をまとめていた。


「最近暇ねー」


 音心が気だるそうに呟く。暇って言いながらも配布プリント作ってるくせに。


「相談のことですか?」


 未耶ちゃんが首を傾げて音心へ視線をむける。確かに立花さん以来は来てないな。


「そうそう。アタシが二年の頃なんてわんさか来てたのよ? それこそ手が回らないくらい」

「そうなんですか。でも何も問題が無いのは良いことですよ」


 長岡さんがそう窘めると、音心はわかってるわよといやいや感丸出しで頷いた。警察が暇な世の中が最も平和ってのと同じだね。


 コンコンとドアがノックされる。音心がどうぞとドアの奥の人間に声をかけると、やがて勢い良く扉が開かれた。

 あれは……島本?


「お、長岡に宮田」

「どうしたの島本くん? 何か相談?」

「そうそう、生徒会って人間関係の相談なら解決してくれるって聞いてさ」

「良いわ! 中に入りなさい!」


 ウキウキとした様子で音心は呼びかけた。島本は頭を軽く下げて生徒会室の中へ入り、長机の右側に座った。俺と長岡さん、そして未耶ちゃんはその反対側。音心は元の上座のまま話を進める。


「あのさ、俺サッカー部なのは知ってる?」

「うん、確かレギュラーなんだよね」

「そ、そうそう。それで二年はもう一人レギュラーが居たんだけどさ」


 これは体育の時間に聞いたやつだな。さしずめその相手を引き留めてくれってことだろうか。


「そいつ急に辞めたんだよ。理由は彼女が出来たからって。……でもおかしいって感じないか?」

「おかしい?」


 俺は何のことかわからず聞き返す。


「だって彼女居ても部活やってるやつなんて山ほど居るだろ? それなのに辞めるって、何か裏があると思うんだよ」

「確かに」

「だから知りたいんだ。本当の理由が何か」

「……驚いたな」


 そう呟いたのは長岡さん。人差し指を唇に当てる、彼女の癖が出ていた。


「退部を思い留まらせてやってくれ、じゃないんだね」

「それは俺の、というかサッカー部のやることだからさ。ただ情報を集めることは協力して欲しいって言うか……」

「私は賛成だよ。みんなは?」

「俺は別に良いよ」

「わたしもです」

「アタシだって勿論良いわ!」


 俺を皮切りに賛同してくる未耶ちゃんと音心。断る理由もないし、音心にいたってはそもそも相談そのものを待ち望んでいたしな。


「ありがとう! じゃあ、そいつのことなんだけど」


 島本の顔付きが真剣なものへと変貌する。一呼吸おいて、そして。




「高槻操二。二年二組のチャラいやつだ」




 ……やっぱりそんな気はしてたけどね?

 保健室でのこと、秘密に出来るままだと俺の心労も少ないんだけどなぁ。

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