第17話 閑話 長岡愛哩
私、長岡愛哩は昔から色んな期待を背負って来た。両親からは自慢の娘だと何度も褒められ、先生からは文武両道の鏡だと言われ、同級生からはいつも頼りにされる。
しかし、そこには必ずエゴが存在した。
両親は他の子の親への優越感、先生は優等生を育てたという自負、同級生は厄介事の押しつけ。
知りたくもないことでさえ全部わかってしまうのは、ひとえに私に存在する相手の心を読むという能力のせい。勿論コミュニケーションにおいては本当に便利だと感じるけれど、知らなくていいことまで知ってしまうのは嫌なものだ。
例えば朝礼前の教室。私は人気者だから沢山の人に挨拶される。
「おはよう、長岡!」
白い歯を覗かせながら声を掛けてくる彼は確か島本くん。サッカー部員で確かレギュラーだったかな。二年生でレギュラーは二人しかいなくて、その内の一人なんだと自慢された覚えがある。
意味ないのにね、そんなアピール。
「おはよう島本くん」
形式的に、それでいて表情を上手く作りながら挨拶を返す。島本くんの目には人当たりの良い笑顔を浮かべた私が映っていることだろう。
(今日も長岡可愛いなぁ……。嬉しそうな顔も、もしかしたら俺に気があるかもしれないし)
……まあ、あんまり八方美人してるとこんな感じで勘違いされることもよくあるんだけどね。心が透けて見えるのはこういう弊害もある。これこそ知らなくてもいいことで、また余計な気を回さなくちゃいけない。
ほら、愛ちゃんと舞ちゃんもこっち見てるし。女の子同士は些細なことで関係が壊れたりするんだって。
舞ちゃんなんて、ほら。
(長岡さん相手だったら愛ちゃんに勝ち目なんてないのに……。愛ちゃんが諦めるか長岡さんとくっつくか、早く決着つかないかなぁ)
連日愛ちゃんから恋の相談を受けている舞ちゃんは辟易としている。それに愛ちゃんも。
(良いなぁ長岡さん、島本くんに話しかけられて……。付き合っちゃったりとかするのかな……)
そんな心配しなくても良いんだけどね。私が誰かと付き合うなんて有り得ないし。
実際私の目にはみんな別のナニかに見えている。それは私のお気に入りであるみゃーちゃんやカリスマの塊のような会長も同じ。
どれだけ良い人でも醜い部分は必ず存在する。十年以上それを見続けてきた私はいつの間にかそう割り切っていた。
別に私が特別って言ってるわけじゃないよ? 基本的に私にも醜い部分はそりゃあるし。というかこの思考自体がそうかも。
でも『心が見える』という点で、明らかに私とみんなは違う。そりゃ人間の出来上がり方は変わってくるよね。
「な、長岡さん!」
今度は後ろから声をかけられる。男の子だけどうちのクラスじゃないし……、誰? というかなんで他クラスの教室に居るんだろ?
「きょ、今日の放課後屋上に来てくれませんか?!」
勇気を振り絞った彼の一言は、一気にクラス中を色めき立たせた。おおーという声が色んなところから上がる。
……はぁ、面倒臭い。噂になっちゃうんだろうなぁ。長岡さんがまた誰々を振った〜って。意味わからないところからヘイト飛んでくるのとか本当に迷惑。
ただ、それでも誠実に対応してあげるのが“長岡愛哩”だ。嫌な顔なんて絶対しない。
「放課後に屋上ですね? えっと……」
「ぼ、僕の名前ですか? 僕は──」
そこから始まる自己紹介を私は右から左へ聞き流し、だが笑顔は崩さない。
まあ、そうしてるとまた別の問題が出てくるんだけど。
(長岡さん笑ってるし、意外と良い感じ……? もしかしたらもしかする……?)
はぁ。私は心の中であと何回ため息をつけばいいんだろう。現実逃避をするかのように時計を見ては雑に応答していた。
いくら面倒でも時は流れる。気付けば放課後で、私は弱い風の吹く屋上で件の男の子と対面していた。勿論ギャラリーはゼロ。一対一だ。
「す、好きです! 僕と付き合ってください!」
「ごめんなさい」
「あ、え……」
ペコリと頭を下げる。断るのちょっと早かったかな? 告白してきた男の子はビックリして何も言えなくなってる。
「今は誰とも付き合う気がないんです。なので、すみません」
「そ、そうですか……。ですよね……」
口では穏やかな彼。しかし表情には後悔以外にうっすらと怒りが垣間見えた。
──ああ、見たくなかったなぁ。そのとげとげした心を見る方は傷付けられるんだからね? なんて。私以外の人間には絶対にわからないことだけど。
(何だよ、初めから付き合う気はありませんみたいな断り方。ちょっと見た目が良いからって調子に乗りやがって)
……もう、本当に嫌になる。だけど人間ってそういうものだもん。仕方が無いよ。
こんな能力を使える以上、そんな風に妥協点、折り合いをつけていくしかない。十年以上やってきたんだ。慣れたものだよ。
「本当にごめんなさい! 折角告白をして頂いたのに……」
視線は斜め下、両手は胸の前に置き身体を丸める。誰がどう見ても申し訳なくて縮こまっている様子の女の子。
「い、良いよ! 僕こそ告白なんかしてごめん! だから落ち込まないで!」
「告白なんかじゃありません。実際私は嬉しかったですよ? でも、その……」
「……うん。誰とも付き合う気はないんだよね」
こんな風に同情させてから相手を持ち上げると、さっきまでのとげとげした心は丸くなっていく。よく女の子は男の子が単純だとバカにするが、私にとっては等しく
「じゃあその、すみません。私生徒会がありますので……」
「う、うん! ごめんね、本当に」
(……本当に良い子なんだな、長岡さん。振られちゃったけど告白して良かった)
美談にしてくれるなら都合が良い。私は会釈して屋上から出ていく。
私は多分、誰かと対等に付き合いたいんだろうな。男の子でも女の子でも、同じ土俵で誰かと話したい。
……心を読める以上それは不可能なんだけどさ。私に求めることがわかってしまうから、そう振る舞ってあげれば相手は思い通りに動くし。
じゃあ心を読めない人だったら良いのかな? 何だろう、今よりもっと発達した人工知能とかだと心を読めないままにコミュニケーションを取れるかも? でもロボットと友達は何か違うかなぁ。彼氏なんてもってのほかだし。
そんな夢物語に思いを馳せながら教室に戻る。課題に必要な教科書を忘れてたことに屋上で気付いたんだよね。
教室に残っていたのは二人で、一人は朝のサッカー部の島本くん。
もう一人は……あっ、寝てるのか。あれは宮田くんだっけ? クラスではいつも独りで、私もまともに話したことがない相手。挨拶すらしたことないかも。
私に気付いた島本くんはいかにも好青年といった笑みを浮かべて近付いてきた。
「長岡! その、告白はどうだったんだ?」
「私は誰とも付き合わないよ」
「っ!」
今の言葉は質問への返答にプラスしてある種の牽制をした。私に告白しても意味ないよ、と。
下手に告白されて愛ちゃん達や島本くんの友達からとげとげを向けられるのは嫌だしね。手は打っておくべきだ。
「……そっか! てか聞いてくれよ。俺日直だから教室の鍵返さなきゃなんだけど、あいつ寝ててさぁ」
「ん……」
呼ばれたことに反応したのか、突っ伏していた机からのそりと顔を上げる。まだ眠たそうだ。
「……あれ、全然人居ない」
起きたばかりでいまいち状況を飲み込めていないのか、宮田くんはキョロキョロと周りを見渡す。視線が私と島本くんに当たると、そのまま逸らして帰り支度を始めた。
あんまり人と関わりたくないのかな。ちょっと不自然。
「なあ悟!」
「えっ?」
不意に話しかけられた宮田くんはビクッと肩を震わせる。そりゃ仲良くもないのに急に下の名前で呼ばれたら、ねえ?
……あ、しかも島本くんの動機不純だなぁ。良いところ見せたいだけじゃん。
(ボッチに話しかけられるのが俺の良いところだよなー。長岡どう思ってるかな)
(この人サッカー部の……。長岡さんのことが好きなのか。わかりやすい内心だな)
──と、私はそこで目を見開くことになる。え? 宮田くんの、今のは何? わかりやすい内心……?
……いや、今のは状況に鑑みて推測しただけ……? 予想外の出来事に胸が早鐘を打つ。
「俺日直で鍵当番だからさ、早く教室出ていってもらえない?」
(そうしたら長岡と二人きりになれるし。普通に悟邪魔だわ)
(……邪魔、か。二人きりになりたいんだったらそりゃ邪魔か)
「ごめん。今すぐ出ていくよ」
宮田くんはそう言ってカバンを持ち教室から出ていく。島本くんは満足気にその様子を眺めていた。
今、島本くんは邪魔だなんて口に出してないよね? 心の中で思っただけで。
「なあ長岡、俺さ──」
「ごめん島本くん。私行くね」
「え? あっ……おう。またな」
いつもより素っ気ない態度になったけれど、正直今の私にそんなことを気にしている余裕はない。心臓の音がけたたましく身体に響く。呼吸が浅くなる。
宮田くんも、心を読める……? でも、そんなことがありえるの?
胸中は疑念が渦巻いている。たまたまにしては出来すぎた宮田くんの内心だけど、私以外にも心を読める人間がいるの?
……いや、私が読めるんだから他の人だって読める可能性があるってことだよね。まだ様子見はしなきゃだけど、それでもある可能性が湧いてきて理性とは裏腹に期待が身体を染め上げる。
もしかすると、
……これは今日の生徒会活動は集中出来ないだろうなぁ。なんて言ったって長年の夢が叶うかもしれないんだもん。
とりあえず、明日の朝からは宮田くんに挨拶することにしようかな?
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