第12話 罰ゲーム

 朝の立花さんを中心に巡った一件が終わってからの放課後、俺は荷物を纏めて帰る準備をしていた。


「あれ? どこ行くの宮田くん」

「当然のように声掛けてくるなよ……」


 不思議そうな顔をされても俺は生徒会じゃないからな。立花さんのあれが一段落したんだから俺が生徒会にいる理由はなくなった。

 それにただでさえ未弥ちゃんや立花さん(長岡さんは例外)と少し仲良くなってしまっているのだ。もしもまたあの頃のように離れていってしまったらと考えると、これ以上近付くのは躊躇われる。


「今の口調は安心してる時だね。ちょっと言葉強かったよ?」

「そんなつもりはないんだけどな」

「何でも良いけどさ。それより何で帰ろうとしてるの? 生徒会は?」

「立花さんの問題は決着が着いただろ? だからもう俺がいる意味はなくなったんじゃないかな」


 それに結局のところ俺は何も出来ていない。南さんが自分から白状することもなければ、場を収めたのも俺ではない。元々居た意味さえ危うく感じる。


「そんなことないよ」

「っ!」

「そんなことない。宮田くんはちゃんと役に立ってたと思う」

「……相変わらず慣れないな。でもそれだって本心じゃ……」

(私は本気でそう思ってるからね。詳しくは……ほら。丁度来てる)


 長岡さんの強い眼差しが俺から教室のドアへと移る。そこには立花さんと、どういう風の吹き回しか南さんも一緒に居た。

 俺と長岡さんはカバンを持ってそこへと向かう。男女の組み合わせなので少しだけクラスの注目を受けた。


「とりあえず場所変えよっか」


 不特定多数の前だと話せることも話せない。長岡さんは誰が何かを口にする前に素早く提案した。

 この気遣い能力は本当見習いたいものだ。単に心を読めるだけではああは上手くいかない。それは他でもない俺が実証済みだ。


「ここなら大丈夫かな。立花さんも南さんも大丈夫?」

「あずはおっけーですよ!」

「私も、大丈夫です……」


 着いたそこは高い柵に覆われた学校の屋上。昼間はお弁当を食べに来る人も割と居るのだが、放課後のこの時間にはわざわざ来る人も少ない。ちなみになぜ昼にここが賑わうのか知っている理由はぼっち飯プレイスを探していたから。それ以上でもそれ以下でもない。


「二人が俺と長岡さんに会いに来たってことは、今朝の件についてだよね?」


 俺がそう切り出すと、立花さんは軽く頷いた。


「宮田先輩、長岡先輩。色々ありがとうございました」


 ペコりと頭を下げる彼女。こういうことには淡白そうだと考えていた手前、少し驚いた。


「お陰様で、あずはクラスでみんなと話せるようになりました。まだぎこちない感じはありますけどね?」

「私は本当に何もしていないよ。頑張ったのは宮田くん」

「正直俺も何も出来てない。客観的に見ても、立花さんは自分で解決してたって思えるよ」


 結局俺の出来たことなんて最後に少し肩を押せたことくらいで、本当に何もしていない。南さんと話したことだって結局無意味に終わったわけだし。


「問題解決だけならそうかもしれませんね。でも南ちゃんと話せるようになったのは先輩方のお陰です! 特に宮田先輩!」

「えっ?」


 南さん?


「……改めて、ごめんなさい!」


 南さんはバッと頭を下げる。割に大きな声だったので屋上中に響いた。


「あの後、私どうしても謝らなきゃって。金曜日に宮田先輩に諭してもらってから色々考えて、やっぱりダメなことだから朝謝ろうって」

「……だけど気付いたら自分で言う前に話が広がっていた?」

「……はい。それに立花さんは一人で上手に場を収めたんだから、私なんてもう話しかけること自体ただの自己満足にしかならないかなって」

「そっか」

「それでもちゃんと謝れたのは、宮田先輩が立花さんはそうじゃなかったって教えてくれていたからです」


 そう、とはつまりイジメに加担していなかったってことだろう。いくら呼び出しの経緯で庇われたとしても、言われなかったらまだ色眼鏡で見ていたかもしれないな。


 ──なんて、自分で自分を正当化する客観視とか気持ち悪いだけだけどさ。


「とにかくありがとうございました! そ、それでは!」

「あっ待ってよ南ちゃん! では先輩方、ここら辺で失礼します!」


 人の良さそうな笑顔を浮かべた立花さんは、そう言うと突然俺の方へ滲みよってきて何かをズボンのポケットに入れた。クシャリと音が鳴る。


「よろしくお願いしますね!」

(夜辺りにでもメッセ届いたら良いな〜)


 ……てことはこれアドレスか。生憎もうこの子達とは距離を置きたいからメッセージを送ることはないんだろうけどさ。


 立花さんと南さんが屋上から校舎へと戻り、繋がるドアがギイと音を立てて閉まる。残された俺と長岡さんは少しの間目を見合わせてから。


「……メッセージくらいは送ってあげなよ?」

「また勝手にテレパシーを……」

「お互い様。あっ! それより宮田くん!」


 長岡さんはふと何かを思い出したと言わんばかりにパッと顔を綻ばせる。

 何だか嫌な予感しかないな……。


「結局あの時南さんは自白しなかったよ!」

「あの時……あっ」


 知らない間に噂がデマだと流れたせいで、最終的には南さんから言うことは無かった。


 そしてそれは今朝の登校中での罰ゲームの話に繋がる。


「……罰ゲーム、だよな?」

「うん。だって言ってないんだしね」

「だよなぁ……」

「宮田くん、正式に生徒会に入ってよ」


 単刀直入も良いところの直接勧誘。俺が呆気に取られた隙に、長岡さんはさらに質問を畳み掛ける。


「そう言えば宮田くんっていつからそれテレパシー使えるの?」

「いつからか……。確か小六辺りだった気がする」


 それまでは俺も普通に過ごしていた。人の考えていることがわからなければ、裏なんて読めるはずもない。


 でも、何で今それを──




「──私は四歳からだよ」




「っ!」

「そんな小さな頃から大人の黒い部分や同級生の嫉妬とか僻みを受けてたー、ってね。宮田くんはちょくちょく私のことを気遣いの出来る人がテレパシーを持ったって考えてるでしょ?」

「……それは事実じゃないか」

「違うよ。単なる年季に過ぎない。それはテレパシーに慣れたら誰だって出来ること」


 長岡さんの言葉には、少なくとも嘘は含まれていない。本心からそう思っている。他の誰でもない俺だからわかること。


「だからさ、私が君を近くで見るみたいに君も私を見てよ。どうやったら上手に人と付き合えるか」

「……人と付き合う必要なんてないだろ」

「あるよ。だって君人のことが好きでしょ?」


 長岡さんはさも当然のように告げる。

 でも俺が人のことを、なんて。


「好きだったら距離なんて取らない」

「好きだったから裏切られてそんなにも傷付いたんだよ」

「違う」

「違わない」


 俺が否定しても、長岡さんは曲げない。何が彼女をそうさせるのか。


(じゃあ心で話そっか。私は本当に思ってるよ。君が人を好きだって)

(……そんなことは)

(思い込んでるだけ。……まあ本音を言うとさ。私は本当に宮田くんに興味があるの。同じ能力でこんなにも違うなんて不思議じゃない? それこそ年季の入り方は違えどね)


 じっと俺の目を見つめる長岡さんの瞳は本当に綺麗だ。整った顔に凛とした目が俺をドキッとさせる。


(……ちょっと、真面目な話してるのに変なこと考えないでよ)

「あっ! えと、ごめん!」

「んふふっ、まあ良いけどね。嬉しいし。それにこれは罰ゲームとして命令・・してるだけだからね? そもそも君に拒否権なんてないの」


 満点の笑顔。今朝方にも見たが、今度は偽りのない本心からのもの。

 心を読めるからこそ、初めてわかる純度百パーセントの喜び。


「入ろうよ、生徒会」


 ──もしも俺がここで入ったとして、彼女を楽しませることが出来るのだろうか。もしも俺が彼女と触れる機会が今より増えても、俺自身は変わらないんじゃないか。


 そんな考えが渦巻く。雁字搦めにされた俺はその場から動けなくなる。


「……そうやって色々言い訳を作ってること自体が、もう君の本心答えなんじゃない?」


 そして、解放される。


 ……確かに、ね。言われてみるとそうかもしれない。


「今更余計な言葉は要らないね」

「心の中だって読めちゃうからね、私は」

「……お願いしようかな、生徒会入り」


 俺は右手を差し出す。一瞬キョトンとした長岡さんだったが。


「よろしくお願い、出来るかな?」

「ふふっ、勿論だよ。これからよろしくね? 宮田くん!」


 握られた右手は温かく、それは俺が久しく感じていない温もりだった。

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