第11話 想定外

 南さんと話してから初めての月曜日。登校中の朝日は眩しくて目が霞む。この時間の憂鬱さは朝布団を出る事の次にランクインするな。

 そんなことをだらだらと考えていると、軽く肩を叩かれる。振り返ると最近では馴染みの顔になった長岡さんがにこにこしていた。


「おはよう、宮田くん!」


 百点の笑顔を貼り付けて、いつもより少し早い挨拶をする長岡さん。そう言えば生徒会で絡む前まではこの時間に一緒になることなんてなかったな。もっぱら教室でおはようを言っていた。


「おはよう長岡さん」


 いつも通り普通に返す。長岡さんも特に気にする様子はない。


「今日だね。南さんが自白する日」

「自白って……、いや言ってみたら自白か」


 自分がやってしまったことを告白すること。本当の自白と一つだけ違うのはその問題が別に犯人探しをしていないという事だが。


「ていうか長岡さん、今日は遅いな。俺は土曜の夜更かしのせいでリズム狂ったからこんな時間になったんだけどさ」

「私もそんな感じかなー」

(本当は待ってたんだけどね)

「……何かごめん? 待たせちゃって」

「あっ! 今読んだでしょ! 女の子の心は勝手に読んじゃダメって言ってるのに」


 何度目になるかわからない言葉。どうせ長岡さんも俺の心を読むんだし……ってのも、また何度目になるかわからないけどね。


「で、待ってた理由は?」

「単に宮田くんと朝登校してみたかっただけだよ?」

「光栄だね」

「……ふふ。本当は南さんが自白するかについてどう考えてるか訊きたかっただけ。イジワルだなぁ」


 イジワルだなんて微塵も思ってないくせに。本当の長岡さんは飄々としていて掴みどころがない。


「まあ、多分南さんは言うんじゃないかな」

「根拠は?」

「少なからず良心の呵責があるだろうしね」


 実際問題立花さんへの実害が出ているのだ。毎日同じクラスメイトとして間近で見ていたのだから、それが全くのゼロだとは考えられない。


「これ外したら罰ゲームだからね」

「……ごめんちょっと待って、真剣に考える」

「んふふっ、素直でよろしい」


 今度は思うようにからかえたからかご満悦といった表情だ。こういう顔も様になるのが長岡さんのような美形のずるいところだ。


「……いやでも、やっぱり言うと思うよ。一度普段の立花さんを見に行った時も、部外者の俺でさえ可哀想に感じたんだから」

「なるほどねー。でも宮田くん、一つだけ見落としてるんじゃないかな」

「見落としてる?」

「当たり前なんだけど、やましいことを打ち明けるのには勇気がいるんだよ。パッと思いつかないってことは、実は宮田くんって相当勇気があるのかもね」


 別にそんなことはないと思うけど……、にしても勇気か。元々内気そうな南さんだ。しかも自白する相手はスクールカーストのトップである女の子達。言えなくても納得は出来る。

 ただ、それでも。


「結局俺は言うと思うけどね」


 そういったマイナスの感情も含め、俺はそうすると思う。単なる希望的観測かもしれないけどさ。


「じゃあ確かめに行こっか!」

「へ?」

「ほら、そろそろ学校に着くでしょ? それで私達のクラスに行く前に一年一組に確認に行くんだよ」

「……まあ、気にならないって言えば嘘になるか」


 俺は長岡さんの言葉に素直に従い、一年一組へと向かった。立花さんがあの三人組と仲良く話せていれば大団円なんだけど……。




 くだんの教室前は、何やら人だかりが出来ていた。何かあったのだろう、なんて言うまでもないか。

 クラスの中は……、うわ。完全に三対一の構図だな。三は立花さんの元居たグループで、一は勿論南さん。


「ねえごめん、何があったのか教えてくれる?」


 長岡さんは教室のドア近くにいた一組であろう男子に話しかける。急に話しかけられてビックリしていた。

 初めは訝しんでいた彼だったが、やがて話し始めた。


「確か土曜日の夜、グループにメッセージが届いたんですよ。立花の尻軽疑惑はデマだって」

「「え?」」


 何の話だ? デマ?


「いや、うちのクラスの女子が変な噂を流されて無視されてたんですけどね。そいつと同じ中学だったやつから話を聞いたやつが居て、それでその情報が回ってきたんです」


 いたって真剣な面持ちの彼。嘘をついている様子ではなく、信じざるを得ない。


「……ちょっと待て、じゃあ何だ? 南さんがあの三人に何か言ったってことはないのか?」

「え? ええ、南は教室に入ってきてそのまま詰め寄られましたよ。それにしてもあいつがそんな嘘を流すなんて、って感じです……」

「三人が南さんにそのことを言った時、南さんはなんて?」

「小さい声でごめんなさいって言っただけですね。それが逆に火に油を注いだ感じになっちゃいましたが」


 ……整理すると、南さんが彼女達に打ち明ける前に嘘が露見して、それで今針のむしろに立たされているというわけか。


 正直なところ、この展開を予想しなかったわけじゃない。もうそんな噂から何日も経つが、そろそろ今の高校の有名人をかつての友人へ話題として出す者や、単にその情報の裏を取る者が現れたって不思議ではない。


 ここでの問題は南さんがどうするかと、それと──


「おい山崎、あんまりこのこと広めんなよ」

「お、おおすまん。ではこれで」

「山崎!?」

「ふふっ、声大きっ」

「はっはい!! 何ですか?!」


 まさかこの子が南さんの想い人の……、ていうかよく見たら前に立花さんと話題に出したな。話してた時にちらちらこっち見てた子か。


「……こんなこと頼むのは酷かもしれないけどさ、もし良かったら何でも良いから南さんに話しかけてあげてくれないか? 誰か一人でも話してくれているっていうのと全くのゼロは、全然違うからさ」


 まして好きな人から話しかけて貰えるならば尚更心の在り方が違うだろう。そんなことまでは言えないけれど。


「わかりました」


 彼はそれだけ言って教室の中にいる友達のところへと歩いていった。良い人そうで何よりだ。


「あれ、宮田先輩?」

「立花さん。そういや中に居なかったか」

「中?」


 遅い登校の立花さんはカバンを下げたまま教室の中を覗く。その一瞬で彼女は状況を理解したようで。


「……なるほど、まさかの地味子ちゃんでしたか。言われてみたら心当たりはありますねー」

「えっ?」

「あの子あずのことが好きな男の子を好きなんですよ。だからあず変な噂を流されたんですね」

(なるほどなぁ。でもこうやってちゃんと目で見ると驚き)


 まるで他人事のように呟く立花さん。内心に辛いものを隠している訳でも無い。


「この状況は生徒会の皆さんが作ったんですか?」

「いや、何かクラスのグループにそんな情報が出回ったみたいだよ。だから勝手にバレたって感じかな」

「あー、あずそこ退会したんで知らなかったです」

「たくましいね」

「女の子に使う言葉じゃありませんよー」


 そうはツッコむものの、意識は完全に三対一の現場に向いている。あの諍いを止められるとしたら彼女しかいないが。


「……あず、どうしましょ?」


 俺の顔を見つめてこてんとこ首を傾げる。こんな時でもいつも通りだ。


 俺は何かを言うわけでもなく、ただ背中をトンと押した。少し驚いたのか立花さんは元々大きな目をさらに丸くする。


「わかりました。ただしあずはあずの方法で収集をつけますからね?」


 言い残して、立花さんは俺の返事を聞かずに教室へ足を踏み入れた。途端一斉にクラスがざわつく。


「あっあず! 聞いてよー! あずの変な噂、あれ地味子が流してたんだって!」

「ホント酷いよねー」

「あず大丈夫だった?」

「はーいうるさーい」


 ピシャリと。平坦に発された言葉は一年一組の空気を一瞬にして氷漬けにする。喧騒が静寂に変わり、誰もが彼女の二の句を待った。


「正直今更誰が噂を流したかなんてあずにはどうでも良いしー? もっと言うならそれを信じられたことが信じらんない」

「あ、あず……」

「挙句無視。これに関しては地味子関係なくない?」

「あ、あの……、地味子じゃなくて南です……」

「あっそ。あと別に根も葉もない噂を流したことが悪いことじゃないって訳でもないからね? そこ勘違いしないでよー、なんて」


 シンと静まり返る教室。誰もが立花さんを無視したこともしくはそのままにしておいた罪悪感を持っているのだろう。立花さんを除く全員が下を俯いていた。


「……じゃあもう無視しないでくれる? そしたらあず許してあげるけど」

「……」

「だ、ダメかな?」

(はい可愛い。強気で言ってたけど最後の最後で弱気になっちゃうあず超可愛い!)


 ……抜け目ないなぁ、立花さん。彼女にしか出来ない芸当だ。


「あず。ご、ごめんね……?」


 初めに口火を切ったのは三人組の一人。彼女は確か初めからそれ程立花さんを悪く思っていなかった子だ。


「私もごめん!」

「ホントごめんね! もう無視なんてしたりしないから!」


 続いて残りの二人が謝り、やがてそれは教室中に伝播していく。謝罪の雨となった一年一組はある種異様にも思えた。


 パン! そんな中一つの乾いた音が鳴り響く。

 音の主は立花さん。両手を思いっきり叩いていた。


「忘れちゃダメだけど、地味子ちゃん……、みなみちゃんも無視とかしたらダメだからね? まあしないとは思うけど」

「も、勿論じゃん! ね?」

「う、うん! そりゃそうだよ!」


 またも同意の嵐になるクラス。そんな光景を尻目に立花さんはその場を離れ、教室のドア、すなわち俺の方へ歩み寄ってきて。


「これで良いですか? シスコン先輩っ」


 ポン、と俺の肩に手を乗せてどこかへ歩いて行く。取り残された彼女のクラスメイト不自然なまでに南さんへと話しかけていた。その内容もごめんだとか仲良くしようだとか、さっきまで糾弾されていたとは思えない状態になっている。


「……んふふ」

「長岡さん。そういや全然話さなかったけど」

「良いよ、話さなくても解決はしたんだし。それより」

「?」


 長岡さんは右手を自身の口元に添えて、俺の耳へ近付け。




「シスコンなんだ?」

「……今は関係ないだろ。ていうか違うし」




 まあ、多分だけどさ。





 

 


 

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