第10話 休日デート(ただし妹)

「ぅ……今何時だ……」


 カーテンの隙間から差す日の光で目が覚める。土曜日は夜更かししたからな……、時間感覚がわからない。


「……一二時……? もう昼か……」


 スマホの画面に目を通し、目を擦りながら起き上がる。長い時間寝ていたからか身体がバキバキ言ってるや。


 俺の部屋は一軒家の二階にある。階段を降り洗面所で顔を洗い、トイレをしてリビングへ。両親は何故か居なかったが、しかし。


「おはようおにぃ。あっ、もうお昼だからおそようかな?」

「おはよう琴歌ことか


 快活な笑顔にポニーテールを揺らす少女。小学五年生にしては小柄で、今はソファから身を乗り出して話している。


「朝ご飯……じゃなくてお昼ご飯はテーブルの上だよ! あ、それとお母さん達はまたデートに行った」

「またか……」


 あの人達はまた年甲斐もなく……。もう四〇歳も半ばだろうに。

 テーブルの上には大盛りの焼きそばがラップされてあった。別に用意してくれなくて大丈夫なのに。まあ食べるけどさ、ありがたいし。


「琴歌は何してんの?」

「おにぃ待ってた」

「……何か約束あったっけ?」

「あったじゃん! 本屋さん連れて行ってくれるって!」

「あったなぁ……。一人で行けば良いのに……」


 本当にいつまで経っても兄離れの出来ない妹だ。

 余談だが、琴歌は殆ど裏表がない。家族だからかブラコン(自分で言うのもなんだが)だからか、言うこと全てが本音なのだ。ゆえに口に出す言葉と本心にズレがない。


「んじゃこれ食べたら行こっか。琴歌はもうご飯食べたのか?」

「うん、さっき食べたよー」

(本当は多かった分おにぃのお皿に入れたけど)

「だから俺の焼きそばが大盛りになってたのか……」

「うわっおにぃ何でわかるの!? 流石シスコンだね!」

「誰がシスコンだ」


 まあ、こうやって隠し事がある時はすぐにバレるけどな。




 本屋までは徒歩二五分といったところだ。自転車を使えばすぐなのだが、琴歌が何故かそれは嫌だと言って歩きを希望した。五月の陽気が辺りを包む昼下がりはぽかぽかして暖かい。


「人結構多いねー」

「まあ日曜日だしなぁ」


 仲睦まじく歩く家族や男女で手を繋ぐカップル、友達なのであろう男三人組など様々な人が行き交っていた。車道を走る自動車も普段に比べて数が多い。


「ねえおにぃ」

「ん?」

「琴歌とおにぃ、周りの人達にどう思われてるのかな?」

「兄妹でしょ。身長三〇センチくらい離れてるし」

「で、でも手繋いでるよ?」

「兄妹なら普通じゃないかな」


 繋ぎ方だって普通に指とかも絡めてないし。どこからどう見てもただの兄妹だ。親愛以上でも以下でもない。


(もう、おにぃの鈍感。乙女がこんなに言ってるのに……)


 ……ただし、それは俺からだけだが。

 琴歌のそれは兄妹間で持っちゃいけないモノなんだよなぁ……。いずれどうにかしなきゃなんだけど、タイミングとかも見つからないし……。

 とりあえず変な話題を誤魔化すために琴歌の手をぎゅっと握り直す。小さな手はびくっと驚いたが、遠慮がちに握り返された。


「えへへ……」


 琴歌は俺の顔を上目遣いで覗き込みながら、頬を軽く赤らめてはにかむ。

 ……兄離れ出来ないとか言うけど、多分俺も妹離れ出来てないんだよなぁ。だって琴歌は贔屓目なしに見ても可愛いし、まして裏表もないから唯一安心して話せる相手でもあるし。


 両親はあれだ、絶対に心の中を覗きたくないみたいな。鼻呼吸から口呼吸に変えることになったとしても、あのラブラブ夫婦の考えてることなんて知りたくない。

 一度心を見た時なんて本当に後悔したからね。お母さんが俺の顔を見て『あっ、やっぱり悟の目元はお父さんそっくりでカッコイイ』なんて思ってた時なんか絶望したよ。お父さんに似てるからとかではなくお母さんにそんな目を向けられてるって意味で。


 それから他愛のない話をしていると、程なくして目的地に到着した。最近出来た本屋なので外観は勿論内装も綺麗だ。


「じゃあおにぃ! 琴歌行ってくるから適当に見てて! あと着いてきちゃダメだからね!」

「言われなきゃ別に行かないって」


 手を振りながら琴歌を見送る。さて、琴歌を待っている間に何をしようか……と。

 目に入ったグレーのボーダーのトップスに白のチュールスカートの女の子。ふわふわした感じのコーデで見覚えのあるその子は。


「立花さん」

「宮田先輩! こんなところで奇遇ですね〜」


 立花さんはびっくりしたと思うと、すぐに俺の服装に上から下まで目を通す。何か品定めされてるみたいでむずむずするな。


「宮田先輩って結構オシャレさんなんですね。カジュアルなテーラードジャケットにデニム……、大人っぽくてあず好きです!」

「人並みには気を使う程度だよ。上下で五桁なんていかないくらいの安物だし」

「こういうのは値段じゃなくて着こなしてるかどうかですよ!」


 そう言ってもらえると嬉しいけど、今度は何か気恥ずかしいな。


「立花さんも似合ってるよ。春っぽくて良いと思う」

「えへへ、ありがとうございます! そう言えば先輩は何か買いに来たんですか?」

「いや、妹の付き添いでね。俺は特に何か買う予定は無いよ」

「へぇ〜、妹の付き添い」

(宮田先輩ってロリコンなのかな)

「妹好きはロリコンじゃなくてシスコンだから。いや別にシスコンじゃないけどさ」


 多分。


「えっ、何で考えてることわかったんですか! あず口に出してませんよ!」

「……ええっと。……いや、出てたよ? じゃないとわかりようがないし」

「嘘。だとしたら何かそれちょっと恥ずかしいです」

「そ、そうだね。それより立花さんは何でここに?」


 このままだとボロを出しかねないので、強引に話題転換をする。幸いそれ以上追求してくる様子はなく、立花さんはそちらへと意識を移した。


「雑誌を買いに来たんですよ。ファッション雑誌」

「ああ、なるほど。俺はそういうのあんまり読まないかな。最近はネットとかテレビとかその辺で」

「最近?」

「……まあ、昔は友達が居たからさ」


 中学の頃は友達と遊びに行く度によく点数付けあいっことかしてたっけ。一位になるために色々勉強したりとか、あの頃はそういうのも頑張ってたな。


「……何か、ごめんなさい?」

「ははっ、何で疑問形なのさ。別に謝らなくても良いけど」

「あっそうだ。昨日は生徒会室に呼び出されませんでしたけど大丈夫なんですか?」

「うん。早ければ多分明日解決すると思うから」


 それも噂を流した張本人の南さんが自白したらの話だけど。しかもするにしてもやり方が上手じゃないと……って、これ難易度かなり高いな。自己犠牲を厭わずに南さんは言えるんだろうか。


「そうですか。それなら良かったです」

「……まあ、出来たらで良いんだけどさ。結果誰かが独りになったら立花さんが話しかけてあげる、なんてことは?」

「その子次第ですね。ただ正直いつも居た三人の誰かが流したとは思ってないんですけど、そこはまあ明日のお楽しみってことで!」

(誰なんだろ。ちょっとワクワクする)


 ワクワクね……、立花さんは本当に、何というか猛々しいな。女の子に言う言葉じゃないのはわかってるけども。


「じゃああずはこの辺で……「あー!!!!!」……誰? 女の子?」

「琴歌……」


 本の入った袋を持ってこちらを指差す妹。うるさいったらありゃしない。


「ちょっとおにぃ! その人誰! う、うわ……、誰!!!」

「浮気? あずは宮田先輩と話してただけだよ?」

「うっ浮気じゃないもん! おにぃは琴歌のおにぃだから!」

「……ふーん? そうなんですね、お、に、い♡」

「からかわないでくれよ……」


 嬉しそうな顔をして俺の二の腕をつつく立花さん。それに琴歌も変なこと言うなって。


「じゃ、今度こそあずは行きますね! また明日です、宮田先輩!」

「うん、じゃあまたね。立花さん」


 満足げな表情の立花さんはそう言い残すと店の奥へ消えていった。自由気ままで猫みたいだ。

 きゅっと服の袖が引っ張られる。


「どうした琴歌ー。嫉妬?」

「しっ! 嫉妬じゃないもん! バカ!」

「そっかそっか、ごめんな」


 わしゃわしゃと頭を撫でてやる。琴歌はこうされるのが好きで、いつも何かあるとせがんでくるのだ。


「……良いけど」

(おにぃはホントずるい……。人の心弄んでさ……)


 ……まあ、弄んでるつもりはないけどね。



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