第9話 核心を突く

 文芸部の部室は文科系の部室棟一階にあり、生徒会室からはそう遠くない。

 ドアは教室や生徒会室のものとは違い少し古びている。長岡さんがノックを三度軽くすると、中からどうぞという女の子の声が返ってきた。


「失礼します。生徒会の長岡愛哩ですが」

「あっ!」


 思わず声が漏れたのだろう、三つ編みに眼鏡をかけたいかにも地味な子(恐らく南さんだ)は慌てて口を押えていた。三人ほどいた他の部員は何のことかわからず俺や長岡さんのことを盗み見ている。


(あの人……どうしてここに……。もう良いって言ってたのに)


 多分あの子、長岡さんには出来たらもう会いたくないんだろうなぁ。本心が表情にまで滲み出てる。その長岡さんも心を読めるから隠す意味もないんだけどさ。


「南さん、良い?」

「……はい」

「ありがとう。じゃあ行こっか」


 いつもの外向きの笑顔を張り付けながら手を差し出す長岡さん。しかし南さんはその手を受け取らずに、一人で立ち上がって先に部室を出ていく。長岡さんは失礼しますと残して後を追いかけ、俺も会釈だけして二人の後をついていく。


 南さんが立ち止まった先は人気ひとけのない体育会系の部室棟の裏。この時間は練習なので人の往来はない。


「あの、そちらの方は……」

「生徒会の宮田悟くん。二年生で同じクラスなんだよ」

「どうも。……あ、いや俺生徒会じゃなないけどさ」

「まだ、ね?」

「は、はぁ……」


 少し困惑した様子で頷く南さん。

 それにしても、こんな人畜無害そうな子が噂を流す、ねえ。本人を目の前にすると自信がなくなってきた。俺でこう思うんだから、肯定的だった未耶ちゃんなんて余計に思うんだろうな。こじれそうだから来てなくて良かった。


「じゃあ宮田くん、あとはお願い」

「え、丸投げ?」

(私の思いついた方法と同じことを考えるのか、それとも全く別の方法を思いつくか気になるんだよ)

(そういうこと)


 多分長岡さんと同じことは思いつかないと思うんだけどね。彼女と俺じゃ何もかも違いすぎる。それこそ能力しか共通項はないんじゃないかと思うほどだ。


「じゃあ、南さん」

「は、はい」

「立花さんの噂を流したのは君?」

「ぷっ、直球すぎじゃない?」

「……それもそうか」


 いや、でも口にしてしまったことは変えられない。俺は南さんの答えを待った。


 正しくは、彼女の思考を待った、かな。


(なんでそのことを……、あの長岡って人から……? でも私言ってないし……)

「えっと、辿ったんだよ。噂の元まで」


 勿論これははったりだけど。


「じゃあ何でこんな噂を流したか、に行き着くんだけど」

「……」


 無言は肯定とみなして良いのだろう。俺は話を続ける。


「正直そこまではわからなかった。納得のいく理由があれば良いんだけど、どうかな?」

「……」

(私が何言ったって、納得のいく理由にはならないくせに)

「……あ、そうか」


 確かに俺が南さんなら同じことを考えそうだな。


「納得のいくって言っても別に正義のもとにやれなんて言うつもりはないんだよ。要は善悪関係なしに筋が通っていたら良い。たとえば立花さんが気にいらないだとか、極論愉快犯だったとしてもそれはそれで納得する」

「愉快犯でも……」

「ただし本人からやめてほしいと苦情が来てる。やるべきことはしてもらうつもりだから」

(ああ言ったら山崎君が立花さんに幻滅すると思ったから……でもそんなこと許してもらえるのかな……)


 ……多分長岡さんならここで今南さんが考えたことをズバリ言い放つんだろうな。中三までの頃の俺みたいに——




 ——おかしくないか?




 さっき確かに南さんが怯えていたのは事実だし、その対象も長岡さんだった。怯える理由も考えること全てを見透かされたからだろう。そこまでは良い。


 だけどそのラインを誰よりも理解しているからこそ、長岡さんはこんな能力テレパシーがあっても人気者になれたんだろう? だとしたら南さんにそんなことをした説明がつかなくないか?


「あの……、先輩?」

「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」


 その言葉を口にすると同時に長岡さんの方へ視線をやる。長岡さんは口元に笑みを浮かべながら。


(私が解決しちゃったら宮田くんがどうするか見れないじゃん? それにヒントくらいは気持ちとしてさ)


 ……やっぱり確信犯か。まあ選択肢はある方が良いんだけどね。


「そうそう、山崎君のことなんだけど」

「っ!」

「やっぱり知ってるんだ」


 心を読んだ時に名前が出てきていただけだけど、多分南さんの好きな相手の名前なんだろうな。わかりやすく動揺してるし、間違いなさそうだ。


「……知ってるならもう良いです。山崎君が立花さんのこと好きだから、ああいうのを流せば好きじゃなくなるかなって」

「それが理由ね。ありがとう」


 言質は取った。後はどう収拾をつけるかだけど。


「まず誰に流したの?」


 聞くところによるとクラスではいつも一人らしい。話せる相手は限られているはずだ。


「……立花さんといつも一緒にいる三人です。一回呼び出したんですけど、その時に」

「呼び出した理由は?」

「立花さんのグループが私の陰口を大きな声で言うので、それをやめてくれるように頼むためです」


 てことは立花さんが南さん達四人を見つける前にその話をしてたのか。ニアミスもいいところだな。


「……ひとまず理解したよ。じゃあ俺がどうしてほしいか、わかる?」

「え……、いや、その……」

(嘘をついたなんて言ったらまたイジメられるかもしれないし……)

「やられたからやりかえそう。もしやられたのが本当だったら俺もこんな裏で手を回したりしない。でも立花さんは南さんのことをグループの三人と一緒に中傷してた? 思い出してみて」


 南さんは斜め下へと視線をスライドさせる。縮こまった身体は少し可哀想に思えた。


「……言われてみると、していませんでした」

「ならどっちが悪いかは一目瞭然で、君がしなきゃダメなこともわかるでしょ?」

「でも、私三人の連絡先持っていません……」

「今日は金曜日だから、三日後の月曜日の朝にその三人に言うしかないね」

「でも……」


 そうなったら最後、南さんは立花さんを貶めるために嘘をついた人というレッテル貼られるだろう。でもそれは当然の尻拭いであり、そこまで関与するつもりはない。


「考える時間は充分ある。休みの間考えてよ」


 俺のその言葉で南さんは意気消沈したのか、背中を丸めて俯いた。良心が痛まないでもないが、そこは考えだしたらきりがない。


「こっちからの話は終わったけど、南さんからは?」

「……大丈夫です……」

「ん、じゃあ俺と長岡さんは行くよ」


 歩き出すと、遅れて長岡さんもついてきた。彼女の顔は少しだけ不満そうだ。


「……何?」

「別にー。私と考えてる方法一緒じゃんとか考えてないしー」

「何もそんなに唇突き出さなくても」


 それにこういうのは当人の問題だ。外野が出来ることなんてたかが知れている。


「面白くないのー」


 つまらなさそうに歩く長岡さん。言葉に表情に仕草、どれをとっても楽しそうには見えない。


 しかし。


(多分私の思い通りにはいかないんだろうけどね)


 彼女の内心だけは少し弾んでいた。

 ……まあ、ここでこのまま予定調和に進みはしないのだろうという変な確信はあった。それが何を意味するのか、今の俺にはまだ分からないんだけど。

 












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