第8話 話し合い
「南さん、ね……」
昨日のことを思い出し、一人呟く。
立花さんに教えてもらったイジメの被害者の子。イジメを庇ってもらったにも関わらず、その後一度も話していないらしい。ただ生憎名前を聞いた時は教室にいなかったため、顔までは確認出来ていない。
「南さん?」
「ああいや、一年の子なんだけどさ」
不思議そうに未耶ちゃんが復唱する。俺は今生徒会室で未耶ちゃんと二人で居た。長岡さんはまた野暮用があるだとか言って遅れるそうだ。一体何をしているのやら。
「その子なら知ってますよ、立花さんと同じクラスですよね?」
「そうそう。立花さんが庇った……って言うか」
「虐められてた子?」
「うん」
未耶ちゃんが首を軽く傾げる。小柄で小動物みたいだからか、とても可愛く見えた。この子は本当に庇護欲をそそる……。
「今の立花さんの状況、その子も関係してるのかなって思って立花さんに話聞いたんだよ」
「なるほどです」
「結局関係はなさそうだったんだけどね。というか立花さん自身あまり知らないというか。まあ、庇ってもらった後も立花さんに一切話しかけないのはどうかと思うけど」
一年の、それもまだ一か月くらいしか経っていないからお互いがお互いを知らないのは当たり前ではある。
ただ別に恩知らずとまでは言わないけど、せめてありがとうの一言くらいはさ。そう思うのは俺の身勝手なのだろうか。
「……でも、わたしは気持ち、ちょっとわかります」
少し俯きながら、未耶ちゃんはボソッと零す。
「だってそれまでは一緒に言われてると思ってた相手ですもん。わたしなら戸惑うと思います」
(そうでなくとも話が合わなさそうだから。わたしは多分話しかけれないし……)
言われてみると、南さんは立花さんのことを何も知らなかったのか。それに趣味が合わないから今まで話さなかった。考えてみたら当たり前のことだ。
「……確かに、そういう風に感じてるのかも。その視点は足りてなかったよ。ありがとね」
「い、いえ! わたしなんかが出しゃばってしまい申し訳ありません」
「そんなことないよ」
本当にありがたい。視野が狭くなっていたところを広げてもらえて助かった。先入観が入っていては正常な判断が出来ないからね。
未耶ちゃんの表情を伺うと、丁度彼女もこちらに視線を送ったタイミングだったため両目がバッチリ合う。
「あ……、その……」
くりっとした大きく綺麗な目。変に見つめ合ったせいで未耶ちゃんは頬を少しだけ朱に染めていたが、しかしお互いの目は離れない。
しかし、そんな空気をぶち壊すかのようにドアが音を立てて開く。入って来たのは長岡さんだった。
「遅くなってごめんね! って、何? 何で二人見つめあってるの? ……もしかして邪魔した?」
「あ、いや、別にそんなんじゃないから! ね、みゃーちゃん!」
あっやべっ。早口になったせいで未耶って言うつもりがみゃーに。
「み、みゃーじゃありません! 未耶です!」
「えっと……、その、ごめん」
「……で? 結局否定はしない、と?」
「いやだから違うって! てかそんなことくらい
「え〜? でも、だって〜」
長岡さんはにやにやと小悪魔のように笑みを浮かべている。本当は本心から違うって言ってることはテレパシーを介して伝わっているはずなのに。まあ別にそれを咎めるつもりはないけど。
(宮田くんホント面白いなぁ。いじりがいがあるや)
「……誰がいじりがいあるって?」
「あっまた読んだ。女の子相手にはしちゃダメって前にも言ったよ?」
「それ鼻呼吸するなってのと同じ命令だからな?」
「んふふ、言い得て妙ってやつだね!」
楽しそうに笑いながら、俺と未耶ちゃんの向かいの椅子に座る。そう言えば昨日はこっち側に全員座ってたよな。
そしてその理由は立花さんが来るから。つまり。
「今日は立花さん来ないんだ」
「うん。あの子居なくても解決出来るっぽいから」
「え?」
「遅れた理由なんだけど、ある子とちょっと話してたんだよ。南さん……ってわかる? 立花さんが助けた子」
「「!」」
知ってるも何も、さっきまで話題にしてた子だ。俺と未耶ちゃんは勿論首肯し、続きを促す。
「多分あの子だよ。噂を流した犯人」
まるで当たり前だとでも言いたげな物言い。顔色一つ変えずに言い放った。
「え……?」
初めに反応したのは未耶ちゃんだった。彼女は南さんに移入したモノの見方を持っていたし、親近感でも持っていたのかもしれない。信じられないと言った目で長岡さんを見つめる。
……そして俺はというと、正直そんな気がしていた。
『だって私ら地味子に呼び出されたんだし……』
立花さんの元居たグループが陰口を言われていた南さんに呼び出された理由。判明していなかったからもやもやしていたんだけど、噂を流した張本人となると段々点と点が繋がってくる。
「で、でも理由がわかりません! 何で南さんが……」
(愛哩先輩の思い違いって可能性も……、多分って言ってたし……)
「南さん、好きな人がいるんだって。だから聞こえるように陰口を言ってほしくなかったらしくてさ」
その理屈はわかる。未耶ちゃんもそこは納得したようで、何も言わずに言葉を待っていた。
「でもその南さんの好きな相手は立花さんのことが好きなんだって」
「ああ……」
俺は思わずため息を漏らした。
要は想い人の好きな相手を貶めて自分に目を向けさせようってことだろ? 良い言い方をすれば健気だけど、やってることは立花さんへの名誉毀損以外の何物でもない。
「……宮田くんもお怒りかな?」
「また勝手に読んで……」
「未耶ちゃんは大丈夫?」
「……えと、一応理解はしました。」
口ではそう言っているが、それでも未耶ちゃんは思うところがあるらしい。口が少し尖っている。
(でもそういう乙女心だって)
「うん、でもねみゃーちゃん。乙女心だけで片付けたらダメなことだってあるんだよ」
「っ!!」
考えていたことを先回りして言い当てられ、未耶ちゃんは目を見開いて動揺した。嫌な既視感に一瞬目を逸らす。
「現に立花さんは女の子にとったら嫌な噂を流されてる。これは事実でしょ?」
「……はい。ごめんなさい、ちょっと冷静になれていませんでした」
「よろしい!」
「あっそれとみゃー……じゃなくて未耶ですから!」
「ふふっ」
自分で間違えてちゃカッコつかないな。俺もつられて噴き出す。
「悟先輩まで! もう!」
「あはは、ごめんごめん」
とりあえず形だけでも謝っておく。むううと唸る未耶ちゃんだけど、やっぱり絶望的に迫力がないな。可愛いしか出てこない。
「……ホント、宮田くんはみゃーちゃんのことがお気に入りだよね。五分に一回は可愛いって思ってるし」
「や、それは……」
否定しようと口を開くが、思うように言葉が出てこない。なんせ本心で思っていることを指摘されたのだ。
それにこれ、下手に否定するのもまずくないか? 失礼じゃない?
「……悟先輩、そんなこと考えてたんですか?」
「っ」
こちらを上目遣いで見上げる。これを天然でやってるんだからな、未耶ちゃん。末恐ろしい。いやまあ故意にしてくる立花さんも別の意味で恐ろしいけどさ。
「ほ、ほら。そんなことより長岡さん! そういえば遅れてきた理由聞いてないよ! 南さん関連じゃないの?」
「む……逃げたね。まあいいや」
俺のとっさの判断は功を奏したようで、長岡さんは意識をそちらに切り替えた。まあそっちも普通に気になるしね。
「さっきまで会ってたんだよ。それで色々聞きだしたの」
(正確には心の中を見ただけだけどね)
てことは、相手の南さんはさぞ嫌な気分になったことだろう。口にしていなくとも全部筒抜けになる。テレパシーをそんな風に使ったことはなかったけれど、なかなかにえぐい。
「未耶ちゃんと宮田くんも話してみる? 南さん文芸部だから、今の時間は部室にいると思うよ」
そう提案する長岡さんの表情からは何も読み取れない。
(宮田くんには直接話してほしいし)
……そういうことか。別にいいけどさ。長岡さんに嫌な思いをさせられただろうから、フォローも入れておきたかったしね。
「俺は行く」
「わたしは……ごめんなさい。どうしても客観的には見れなさそうなので」
「ん。じゃあ私と宮田くんの二人で行ってくるね」
「はい」
長岡さんは立ち上がり、俺へとアイコンタクトを送ってくる。
言われなくとも、もうテレパシーは使ってるよ。
(嫌な思いなんて、失礼しちゃうや)
(実際にされたらそんなことも思えなくなるよ)
(まあ正直何でもいいけどね。どうでもいいし)
(……冷たいな、長岡さんは)
(それもどうでもいい)
普段からは想像もつかないほどの物言い。思わず委縮してしまいそうだ。
そこらで俺も立ち上がり、長岡さんと共に生徒会室を出て行った。
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