第7話 似たもの同士

 翌日の昼休み、俺は一人で一年一組に来ていた。理由は勿論立花さんのクラスでの扱いを知るため。長岡さんは先生の手伝いでここには居ない。昨日といい人任せなものだ。


 立花さんは……、あそこか。窓際真ん中だからここからだとちょっと遠い。彼女は一人で弁当を食べ終え、カバンにしまっているところだった。

 ちなみに俺は菓子パンの早食い。まあ一緒に食べる友達も居ないから特に問題は無い。


 チラ、と立花さんは周囲を盗み見る。その中で開いたドアの外にいる俺にも気付いたのだろう。再度俺を一瞥してから。


(宮田先輩来てる……。誰かに話しかけたりした方が良いのかな)


 彼女はクラス中を見渡す。俺、もしかして悪いことしたかな。ちゃんと教室に行くことを前日に知らせておくべきだった。

 やがて立花さんは三人で話す派手目な女子グループに近付く。あそこが元いたグループなのかな。


「ねえあかりん!」

「えっ? あっ、あず……」


 普段はもう話さないのだろう。談笑していた三人は立花さんの顔を見るなり気まずそうな表情になった。


(無視してるの気付いてないわけないよね……?)

(えっあず何で話しかけてきたの? 怖いんだけど)

(また元に戻りたいのかな)


 ……三人一気に読むのは疲れるけれど、一応全員分聞き取れた。一人だけ当たりが優しいのはあの子が良い子だからなのか。

 それとも、同調圧力に負けて一緒に無視しているからか。


「あかりんが前に言ってたブランドなんだけどさ〜」

「……ごめんね、行こ? ほら、ひかり、ひなちゃん」

「うん」

「……ごめんね、あず」


 明らかに立花さんを避けている。三人は俺の居るドアの方から教室を出た。流石に可哀想と感じたのだろう、教室内の空気も少し異質だ。


 それにしても、やはり“ひなちゃん”だけは違うらしい。教室を出る、すなわち俺の前を過ぎる間際。


(……やっぱりダメだと思うんだけどな、こういうの)


 そんな良心の呵責が聞こえてきた。他二人はそうでもなかったが、やはり彼女は立花さんを悪く思っていないようだ。


 この情報は使えそうだ。場合によっては解決の糸口になり得る。正直一年一組に来ること自体は面倒だと思っていたけれど、収穫があって良かった。


「宮田先輩!」

「あ、立花さん」


 ドアから離れたところで一人思索に耽ていると、いつの間にか目の前に来ていた立花さんに名前を呼ばれる。


「どうしたんですかぁ? もしかして、あずに会いに来たとか?」

(あっ今の超可愛く言えた! あずやっぱ可愛い!)

「うん、まあ長岡さんに頼まれたからね」


 辛さは微塵も感じさせない物言いで、それだけならともかく内心も辛そうではない。割り切ると言えどそんなにすんなり行くものなのだろうか。


「じゃあさっきのは見てましたか?」

「うん。思ってたよりあからさまなんだね」

「ですねー。あそこまでされるとちょっと凹みます!」

「凹んでる子はそんな元気に言わないでしょ……」

「あははっ、確かにです! あず案外落ち込んでないのかもしれませんねー」

(てかそもそもどうでも良いもん。あずの噂流さなかったら)

「……一応、長岡さんから事のあらましは聞いてるよ。噂流されてるんだってね」


 俺のその一言で、立花さんは目を丸くする。女子の中だけで話したことにはやはり理由があったようだ。考えてもみたら、その噂を知られることで変にアプローチを受ける可能性も出てくる。




 ──だからだろう、立花さんの目の奥が一気に冷えていく。今までの緩い雰囲気が一気に凍っていく。




「宮田先輩」

「っ!」


 何の感情も宿っていないような目付き。思わずたじろぐ。


「信じましたか?」

「いや」

「嘘」

「嘘じゃないって」

(見え透いてるんだから、男子の心なんて)


 ……なるほどなぁ。昔からモテたって言ってたもんね。だから男の気持ちは手に取るようにわかる、ってことか。


 俺がテレパシーを使えなかったらどうだったかわからない。もしかしたら噂に踊らされるかもしれないし、ともすれば変なアタックだって仕掛けているかもしれない。

 しかし、今の俺はテレパシーも含めて俺なので。


「俺は他の男子とは違うよ」


 立花さんの欲しい言葉なんて、確かな意味で見え透いてる。


「え?」

「そんな噂に踊らされるのは本当の立花さんを知らないやつらだけだ。時期が悪かったんだよ」


 よりにもよってろくな交友関係も固まっていない入学一ヶ月になんて。意図的にしろ意図的でないにしろ、タチが悪い。


「みんなまだ立花さんを知らないから」

「……じゃあ宮田先輩はあずのことを知ってるんですか? 出会ってたった一日なのに」

「他の人よりは知ってると思うよ」

「何でですか?」

「似てるからね、俺と立花さん」


 そう思える直接の理由は勿論テレパシーだ。しかし俺には彼女と似たような経験がある。心境は理解し難いけれど、真の意味で共感出来るのは他の誰でもなく俺だろう。


「あず的にはそんなこと思わないんですけど」

「イジメって言うと語弊生むかもだけどさ、あったんだよ。俺も」

「!」

「クラス全員総無視。ただみんなの考えてることがすぐ分かるだけでそれとか酷いだろ?」

(考えてることが……、男子があずに思うのがわかるのと一緒かな)

「うん、立花さんのそれと似たようなものだね」


 まあ彼女のは経験則に裏付けされたやつだろうけど。ただ改めて考えてみると昔からモテるせいで、とか凄い理由だな。


「……凄いですね、宮田先輩。ドンピシャですよ」

「気持ち悪いってよく言われるけどね」

「あー、まあその気持ちもわかります。ドキってしますもん」

「とにかく、立花さん」


 そこで切り、彼女の意識をちゃんと俺に向ける。伝えたいことはしっかりと伝えなきゃ。


「俺は君のことを理解してるから」

「……はい、ありがとうございます」


 立花さんのイメージとは合わない、照れたような仕草。髪をくるくるといじる姿はいじらしい。


「じゃあ俺はそろそろ……、あれ?」

「どうしたんですか?」

「いや、こっち見てるあの男子なんだけどさ」


 昨日放課後のここで話した子だな。やはり心配しているのだろうか。


「ああ、あずのこと好きな男子の一人ですね」

「えっ?」

「目がそういう人達と一緒って言うか、いつも話しかけてきますし?」

「それだけじゃ……、いや、立花さんが言うならそうなんだろうね」

「ですです」


 普通なら自意識過剰と言われてもおなしくないが、発言主は立花さんだ。そう考えたら疑うまでもない。


(……あっ、あず今変に思われたかも。宮田先輩話しやすいからあずがモテるーとか何でも言っちゃう)


 ピクッと眉が上がる立花さん。言うつもりのなかった本音を口走ってしまったから顔に出たのかな。

 それと話しやすい、って言うのはさっきの冷たい本心を見せたからだろうね。この人ならそういう気を遣わなくても大丈夫だ、態度は変わらないっていう。人と一定の距離を保とうとする俺とは相性が良い。


「あ、そうだ。名前聞いときたかったんだ」

「え? あずは梓紗ですよー。立花梓紗」

「ごめん、立花さんじゃなくてさ」


 話を聞く中で、一人だけまだノーマークの人間が居る。


「君がイジメから解放した子の名前、教えてくれない?」

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