第6話 心を読めない電話の会話

 午後八時、俺はスマホを片手に自室のベッドの上で電話を待ち構えていた。連絡先を交換した時の電話をするという約束。帰宅して少しした後のメッセージには時間通りにするから待っててとあったのだ。

 ……緊張する。そりゃ中三までの俺だったら友達と電話くらいしてたけど、それも二年前、まして相手はクラスの人気者の長岡さんだ。変に思われるかもと考えると尻込みしてしまう。


 〜♪


「ッ!!」


 手の中のスマホがポップな音楽を伴って鳴動する。画面に表示されている名前は勿論長岡愛哩という文字。俺は意を決して通話に応答する。


「もしもし?」

『もしもし宮田くん? 声聞こえてるかな?』

「う、うん。聞こえてるよ」


 声近いな、なんて慣れてないこと丸出しな感想。変にドキドキするな……。


「それで、要件は?」

『要件? 強いて言うなら宮田くんと話したかった、かな』

「……」

『ん、どうしたの? もしかして照れちゃった?』

「いや、思い出してたんだよ」


 電話での、より具体的に言えば対面していない時の会話での弊害。長らく電話なんてしなかったから忘れていた。


『何を?』

「ほら、今の長岡さんの質問と同じことだよ。俺の考えてることわからないだろ?」

『ああ、それは確かにそうだね。ふふっ、変な感じ』

「テレパシー使えない人達は不便だなぁ。一々何でもかんでも聞かなきゃダメだし」


 使えない人達が圧倒的に多数派ってことは理解しているけれど。別に俺や長岡さんが特別なのだと優越感にひたっている訳では無いし、元々心を読めないのならそこには何かしら理由があるのだと個人的には考えている。特別や優越、そんな言葉よりは異常と表現する方がしっくり来るね。


『だねぇ』

「……本当に世間話がしたかったのか?」

『それもあるけど、本題は立花さんのことを伝えようと思ってたんだよ』

「ああ」


 俺が一年一組やグラウンドに行っている間生徒会室で話していたことか。


 でも。


「それって俺が聞いても大丈夫なやつ……?」


 あの時長岡さんは気を遣って俺を退席させたんだ。勿論立花さんのことを思って異性に出て行ってもらったのが一番だろうけどさ。


『だから電話なんだよ』

「ああ、なるほど。流石だね立花さん」

『ありがと』


 当然だと言わんばかりの手馴れた感謝の言葉。

 電話だと口にしなかった言葉は当然隠される。言った言葉がそのまま伝わるのだ。顔を突き合わせて話せば、俺の場合はどうしても心を読んでしまうから。

 テレパシーが使えるから長岡さんは気を遣えるんじゃなくて、元々気を遣える人がテレパシーを持ったからこんなに人気者になったんだろうな。俺じゃこうはならない。


『まず、やっぱりこれはイジメだよ。当の本人は何故かそれ程辛そうにはしていないけれど、普通だったらかなり堪えるはず』

「だろうね。俺が話した男子も当事者じゃないのに気の毒そうだったし」

『無視は宮田くんも言ってたよね。ただ他にも嫌がらせはあってさ』

「暴力とかじゃないよな?」

『うん。そこまでの度胸はなかったみたい。他って言うのは根も葉もない噂』


 それは結構辛いやつだな。あまりに荒唐無稽な内容だと否定すらも信憑性がなくなってしまう。これは経験談だ。

 俺の時は確か“キレたらヤバいやつ”だったかな。あれだけ仲が良かったくせに一度の対立で離散してしまう。それは宮田がブチ切れたから、だとか。一応違うとは説明したのに意味はなく、そのうち訂正することをやめてしまった。


「考えたくもないな」

『うん。中学時代は色んな相手と付き合っては別れてを繰り返してた、とか言われてるんだって』

「最悪男子から変なアプローチとか」

『充分有り得るよね。それにタチが悪いのが否定する材料がないこと』

「……ちなみに立花さんは過去に何人と付き合ってたの?」

『ゼロらしいよ。同い年は子どもに見えて嫌なんだって。良かったねー宮田くん』


 からかうような声。電話だから顔は見えないけれど、絶対あの小悪魔的な顔を浮かべているはずだ。


「別にそんな意図はないから。それよりその問題はどうするつもり?」

『う〜ん、それなんだけどねぇ……。とりあえず主犯を見つけて、もう金輪際させないようにすることくらい?』

「今まで吹聴して回ってた側が急に言わなくなったら、ってことか」

『それプラス、フォローさせるようにしたら解決じゃないかな』


 そうさせる手段、それに主犯を見つける方法はどうするつもりなんだろう。


『方法はテレパシーを使えば簡単だよ』

「えっ」

『?』

「いや……、え? 電話越しでもテレパシー使えるの?」

『使えないよ? ……あ、さっきの方法の話か。今のは単に気になってそうだなぁって思っただけ』


 なるほどな。流石長岡さんだ。クラスのみんなもこんな感覚なんだろうな。仲良くなればそれだけ通じ合ってるなんて優越感に浸れそうだ。


『あんまり長い時間話すのも面倒だと思うから、今日はこの辺で終わるよ』

「あ、そう? 俺は別に大丈夫だけど」

『んふふ、そう言ってもらえると嬉しいな。ありがと』


 ……言わなきゃよかったかな。変に恥ずかしい。


『明日もよろしくね?』

「あ、俺が手伝うのは確定なんだ」

『生徒会に入ってくれると嬉しいんだけど』

「入るつもりはないよ」

『うん、だからとりあえずこの件だけでもって。君をもっと近くで見たいんだよ』

「……告白に聞こえるからあんまり他所で言わないようにね」

『言わないよ』


 真面目な声音でそう告げる。顔が見えないため何を思っているか読めないから真意がわからない。一瞬高鳴った心音をバレないように平常へと落ち着ける。


「じゃあまた明日」

『うん。また明日』


 プッと音がなり、通話は切れた。スマホを耳から離してベッドの脇に置く。

 ……さて、明日も頑張らなきゃな。人と関わらないようにってのは変わらないけれど、それとイジメ解決は別だ。その辺の分別は弁えなきゃね。


 今はあれだし、全部が片付いてから未耶ちゃんと立花さんから距離を取ろう。長岡さんは同じクラスだし無理かもだけど、それでも近付き過ぎないようにはしよう。


 下手に仲良くなって離れられるのはもう嫌だ。

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