第5話 聞き込み

 閑散としている廊下。この様子だと一年一組にはいそうにないな。


 リノリウムの床はキュッキュと鳴る。少しの音は余計に静けさを際立たせ、思わず溜め息をつきたくなった。


「失礼します」


 ガラガラと扉をスライドさせる。鍵が開いてるから中に人はいるんだろう。

 案の定四人組の男子グループが一つの机の周りでたむろっており、見慣れない俺の顔に誰だろうと疑問を抱いているようだった。


「あの、一組の子かな?」

「ええ、そうですが」


 四人組の一人がそう答える。敬語ってことは二年ってバレてるのかな。


「聞きたいことがあるんだけど、良い?」

「え……まあ、オレらに答えれることがあるなら別に」

「ありがとう。早速なんだけどさ、立花梓紗ちゃんって知ってるかな?」

「っ」


 立花さんの名前を出した途端、彼らの表情が強ばった。やはりクラスで彼女のことは有名なんだろうか。

 とりあえず、彼の心も確認しておこう。テレパシーは口にしにくいことも知れるから便利だ。こういう時は本当に役に立つ。今まではそんな使い方したことなかったな。


(立花の無視のやつ……そんなに有名なのか。まああれだけあからさまに無視されてたら、噂にもなりそうだけど)

「そんなに酷い無視なのか?」

「っ! ……えっと、そうですね。オレらが思うぐらいには。だよな?」


 彼の呼びかけにおう、まあな、等と口々に賛同する残りの三人。やはり日常生活に支障をきたすレベルで無視されているのだろう。


「……その、先輩、ですよね? 先輩は相談されたんですか?」

「先輩だよ。うん、まあ俺というか生徒会にだけどさ」

「ああ、生徒会……。確か大体の相談は解決してくれるって有名ですよね」

「らしいね。まあ俺は見学扱い……いや、雑用扱いだけど。ただ話を聞く限りは結構辛そうだったよ」


 辛そうってのは立花さんの心も読んだ上での感想だけど、それは言わないでも良いか。テレパシーなんてどうせ信じてもらえない。


「オレらはまあ見た通り男子なんで詳しくは知らないんですけど、噂では同じグループのやつがハブったってのが始まりらしいです」

「理由は知ってる?」

「ん……、いや、知らないです」

(イジメの標的が変わっただけ……だろうけど、言わない方が良いよな)

「……なるほどね。ありがとう」

「あ、はい。どういたしまして」


 聞きたいことは聞けた。俺は会釈をして教室を出る。彼ら四人は俺が出ていくまで会話を交わさなかった。


 にしても、イジメの標的ね。下を見て上を確立する。まして自分よりも上のやつがいれば陥れてやりたいと考えるのは、そういうことをする人にとったら当たり前のことだろう。


 くだらない。


 嫌な気分にさせてくれるよホント。それと今のまま帰ってもまだ長岡さん達の話が終わっていないかもしれない。そんな時に帰れば折角の気遣いが無駄になる。

 ひとまず、適当に時間でも潰そうか。俺は生徒会室とは反対の方へ歩き出した。




 靴を履き替えてグラウンドを遠巻きに覗く。野球部やサッカー部が掛け声を伴いながら練習に励む姿は青春そのものだ。


「一年生遅れてるぞー!」

「「「ウッス!」」」


 あれ? あの一年生を怒ったサッカー部ってもしかして朝挨拶しに来るアイツかな? 遠くてしっかりとは見えないから自信はないけど、多分そうだと思う。アイツもアイツで頑張ってるんだな。


「はぁ……やっぱり島本君カッコイイなぁ」

「もう、見るのは良いけどそろそろ帰らない? 愛ちゃんホント好きだねー」

「もうちょっと! あとちょっとだから!」

(何回目よ……。てかどうせ島本君は愛哩ちゃんのことが好きなのに)


 やっぱり朝のアイツか。てか島本っていうんだね。名前覚えてなかったから丁度良かった。

 あと彼女達も同じクラスの子だよな。朝にドア付近で話していた二人。腹黒な挨拶を交わしていたはずだ。


「ねぇ行こうよー」

(もう舞ちゃんうるさいなぁ……。別に先に帰ってくれても良いのに)


 愛さん(だっけ? 苗字は覚えてないや)は気付かれない程度に面倒臭そうな目で舞さん(こちらも名前が合ってる確証はない)を一瞥する。お互いに嫌だと感じているなら離れたら良いのに。向こうも嫌だって思ってる保障がないから離れようにも離れられないんだろうけどね。


 ……何か、これ以上は見たくないな。喧嘩は無さそうだけど気が滅入る。


 俺は極力足音を立てずにその場から離れる。もうそろそろ長岡さん達も良いだろう。長岡さんには早く標的の変化ってのを伝えなきゃ。




「ただいま」

「おかえりー」


 生徒会室に着くと、何故か未耶ちゃんと立花さんは姿を消していた。カバンもないってことは帰ったのか?


「長岡さんだけ?」

「うん。話が終わったから帰ってもらったんだよ。みゃーちゃんも今日やらなきゃダメな仕事は終わらせたの」

「そっか。待ってくれててありがとね」

「別にそんなんじゃないよ。カバンが中に残ってたし、宮田くんだと鍵も返せないでしょ?」


 長岡さんが座る席の正面に俺も腰を下ろす。

 鍵は確かにそうだな。俺が返しに行くと何でお前がってなるし、そもそもカバンだけ放置は不用心だ。


「それで何かわかったことはあった? 宮田くん」

「男子グループが残ってたからそこの子達に聞いたけど」

「……大丈夫? キョドってない?」

「ちょ、今それ本心で心配しただろ。別にそれくらい余裕だからな?」

「んふふっ、ごめんごめん」


 いたずらっ子のように笑う長岡さん。可愛いのがまたずるい。


(……可愛いとか、恥ずかしいからやめてくれないかな)

「勝手に心読んで文句言うのは違うだろ」

「あっ、ちょっと読まないでよ!」

「お互い様。てかこの言い合い何回目だよ」


 思わず笑ってしまう。長岡さん相手だと色々気を遣わなくて良いから楽だ。


「あれだよね、宮田くんって私と話す時は口調変わる」

「え? 俺も?」

「俺もって……嘘、私もなの?」


 俺としてはむしろ長岡さんの方がって感じなんだけど……俺もなのか。何だろう、もしかして人と話さない間に気を遣う話し方が定着したとか? 今は割とリラックスしてるから素が出てるのかもしれない。


「……ま、これもお互い様ってことで」

「ふふっ、何か通じ合ってるみたい」

「それ未耶ちゃん達から言われたやつだろ? そんなつもりないくせに」

「どうだろうね? それより話変わっちゃってたけどどんな感じだったか教えてくれない?」

「ああ、立花さんの」


 出来れば思い出したくない嫌な話。俺は極力客観的に、感情的にならないよう話す。


 元々のイジメから標的を変えただけのこと。それに立花さんの話した内容を加えると、イジメに相当することを指摘されたから言った本人を今度は標的にしようという、本当にくだらない話。


 伝え終わると、長岡さんは微妙な顔をしていた。


「うん……、そっか。女子間でバレるのは当たり前だけど、男子であっても気付いてしまうレベルだったんだね」

「らしいよ」

「……怒ってる?」

「いや、別に。くだらないとは思ってるけど」


 もっと言えば浅ましい。そう思うのは自分と重ねてしまっているからかな。


「そう」


 それから俺と長岡さんは暫く無言だった。俺は昂った感情を落ち着けるためにゆっくりと息を吐く。


 静謐に包まれた生徒会室。長岡さんの呼吸音はいたって落ち着いたものだ。


「宮田くん」

「何?」

「連絡先、交換しよっか」

(今日の夜にでも電話したら驚くかな)

「ん。電話なら八時以降がいいかも」

(女子と電話とか初めてだな。変に緊張する)

「じゃあ私が初めての女の子だね!」


 お互いテレパシーを使いながら話を進める。傍から見たら話題全然繋がっていないんだろうな。

 俺はスマホを操作し、連絡先に長岡さんを追加する。二年ぶりの新しい連絡先は新鮮だった。


 去年と今年は頼まれても拒否してたからな。だからこそ今になってすんなり受け入れた俺に、自分ながら少し驚いた。内心では長岡さんと繋がりたいなんて考えているのかもしれない。


「光栄。私も宮田くんには興味あるよ」

「……こういうのまで読まれるのはちょっと恥ずかしいな」

「私だって同じことされてるからね?」


 それも含めてお互い様ってことか。こういうのにも慣れなきゃだな。


 もう一度スマホの連絡先を見る。新しい連絡先という欄には変わらず長岡さんの名前があった。

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