第4話 立花さんが無視されるワケ

 自慢じゃないけどあずはいつもクラスのトップにいる。それはあずが可愛いからで、すぐに男子と仲良くなるから自然と女子も群がってくるのだ。

 高校生になって三週間。四月も終わりに差し掛かった頃、あずのいるグループはある話題で盛り上がっていた。


「地味子マジ地味だよね〜」

「ホントそれ。筆箱とか超ダサいし」

「いつも独りとか寂しそー」


 あずはグループの会話を聞き流しながら適当に相槌を打つ。聞いてるだけで不快になるそれは否応なしにあずをイラつかせた。

 昼休みになるといつもこうなんだよね。メシウマ? だっけ? 何か違う気がしなくもない。


「ねぇあずー。いつも思ってたんだけどあずって興味無い話には全然乗っからないよねー」

「そう? 別にそんなつもりはないんだけどなぁ」

「そうだよー。あっ、もしかして地味子のことなんかそもそも口に出したくないとか?」

「あはは! それあるかも! 地味が移るー、とかあず言いそう!」

「かもねー」


 さっきと同じように適当にあしらう。あんなデカい声出してたらその地味子ちゃんって子にも聞こえるっていうのに。多分聞かせてるんだろうけどさ。

 女子のグループは完全な縦社会だ。派手地味、陽キャ陰キャ、一軍二軍。言い方は色々あるけれど、横並びということはまず有り得ない。

 あずのグループはその中でもトップカースト。だけどまだ高校が始まって一ヶ月弱。こうやって他者を下に見て相対的に上であろうとする子が盛んになる時期だ。


「……」


 地味子ちゃん(名前はまだ覚えてないや。ごめんね)は顔に影を落としながら本を読んでいる。彼女の横顔は気にしていないように見えてどこか辛そうだ。もしかしたら本が今そんなシーンなのかもしれない。


 ……そんなわけないんだろうけど。


「それより次の授業なんだっけ? あず眠たくなってきたから国語希望〜」

「えっと、確か英語? あっ単語テストの勉強してない!」

「うっそマジ? はい再テスト決定〜」

「いや行ける気しかしないから! 見てなよー?」


 あずに出来るのは、こうやって話題を変えることくらい。別に地味子ちゃんが可哀想だとは、まあちょっとしか思っていない。あずはそんな風に考えられるほど良い子じゃないし。

 けれど見てて気分の良いものでもないから。見たくないものを見ないようにするのは、別に偽善でも何でもない。ただのワガママ。




 そんな感じで四月は乗り切ったんだけど、五月初旬のある日。あずがトイレから教室へ帰ろうとする途中、人気ひとけのない階段の踊り場であずのグループ三人と地味子が向かい合っていた。あずは思わず廊下に身を隠す。


「ねえ地味子。アンタ今何て言ったの?」

「……」

「ねーえ。黙ってちゃ話にならないんだけど」


 威圧するような声音。地味子ちゃんは肩を縮こませながら、それでも。


「か、陰口をやめてほしぃ……です……」

「は? 私ら陰口なんか言ったっけ? 地味子」

「だから、その地味子って言うのを……」

「それって陰口じゃなくない? ホントのことじゃん」

「あはっ、確かに言えてる〜」


 三人で地味子ちゃんを囲むように立ち、ケラケラと嘲笑う。地味子ちゃんは下唇を噛んで俯いた。


 もういいや。言っちゃえ。


「ねぇ」


 あずは廊下からみんなのところへ行き、声をかける。


「あっあず! 聞いてよ今地味子がさ〜」

「言わなくても大丈夫」


 普段より低い声。あずのそんな声は聞いたことないんだろう。地味子ちゃんも含めて四人はビックリしてた。


「イジメ、だよね?」


 至極客観的に、あずは問い掛ける。すると三人は見るからに焦りだした。


「い、いや違うってあず! だって私ら地味子に呼び出されたんだし……」

「そうなの! あず、信じてよ!」

「本当に違うの! そんなつもりじゃないって!」


 一斉に弁解する三人。ただ、あずは今日だけのことを言ってるんじゃない。


「いつものアレ・・も?」


 あずが不快になる、地味子ちゃんの話題。下を見なきゃ、下を作らなきゃ気が済まないとかマジで笑える。


「いや、あれも別に陰口じゃ……」

「それ決めるのって言われた側だよね? 地味子ちゃんはどう思ったの?」

「あ……、えっと、その……」

「言っていいから。あずに遠慮とかしなくていいし」


 本当に遠慮している相手はあずじゃなくて前の三人なんだろうけど。


「……陰口に、聞こえました。別に皆さんの中で言うのは勝手ですけど……周りに聞こえるように話されるのは辛いです」

「だって」

「「「……」」」


 さっきとは一転、今度は三人が俯いて黙りこくる。ちょっと責めすぎたかな。


「……はい! じゃあこれでお終いにしよ? あず達はもう地味子ちゃんのことを話題にしないし、したとしても聞こえよがしにはしない。これで良いかな?」


 パン、と乾いた音が鳴る。叩いた両の手の平が少しジンジンした。


「それで大丈夫です……」

「うん! ならみんな、もうクラス帰ろ? そろそろ休み時間終わっちゃう」


 そう言って先んじて歩き出す。みんなも一応はぞろぞろと着いてきてくれるが、クラスに到着するまで彼女達は終始無言だった。



 ──そして次の日から、あずは女子全員から無視されるようになった。




§




「って感じです。大体伝わりましたか?」

「うん。ありがとう、立花さん」


 立花さんはふうと一息つく。テレパシーを使いながらだと、詳細がしっかりわかるから楽で良いね。その時の彼女の気持ちだって伝わってくるし。

 長岡さんは考えを整理しているのか、真剣な面持ちで人差し指を唇に当てていた。癖なのかもしれない。


「……とりあえず、その三人が普段どんな子なのか確認しなきゃだね」

「言ってくれたら別に教えますよ?」

「こういうのは実際に肉眼で見ることが大切なんだよ。ね? 宮田くん」


 多分テレパシーのことだろうな。確かに俺と長岡さんなら、人から聞くよりもこの目で見た方が格段に制度が高まる。俺はそうだねと返答した。


「そう言えば未耶ちゃんは知らないの? 同じ一年生だよね?」


 純粋に気になったことを未耶ちゃんに質問する。未耶ちゃんなら同級生として何か噂とか聞いているかもしれない。だが彼女は少し申し訳なそうに眉をハの字にした。


「ごめんなさい、わたしは別のクラスなので……」

(それに立花さんみたいなグループとは同じクラスだったとしても話さないだろうし……)

「……そっか。変な事聞いてごめんね」

「いえ、お役に立てずすみません」


 こんなことを思うのは失礼に当たるかもだけど、よく考えたら未耶ちゃんは立花さんとクラスでつるむイメージがない。仮に同じクラスだったとしてもそんな印象は持たないのだ、クラスが異なるのなら尚更事情なんてわからないか。


「よし、宮田くん! 今から立花さんの教室に行ってくれないかな?」

「へ?」


 急にそんな指示をされる。いや……、別に良いけど何で俺?


「まだ残ってる子がいるかもしれないし、もし良かったら話聞いてきて欲しいんだよ。あと女の子だけで話したいこともあるし」

(本格的な嫌がらせとかだったら男の子にはちょっと辛そうだしね)

「ああ……なるほど。ありがとう長岡さん」

「えっ? ……ちょっと、勝手に読まないでよ」


 ジト目で俺を睨む長岡さん。自分だって勝手に心読むくせに、どの口が言うんだか。


「女の子は別枠だよ」

「とか言って今も読んでただろ? お互い様だって」

「……えっち」

「え!? いやそれは違うって!」

「あの……愛哩先輩も悟先輩も何の話をしてるんですか? 読むって何のことです?」

「ね〜。何かお二人共通じ合ってる? って感じ?」

「「そういうのじゃないから」」


 変なところで被ったな。思わず長岡さんと目を見合わせる。


「……とりあえず行ってくるよ」

(何か恥ずかしいし)

(私だって恥ずかしいんだからね?)

(そんな風には見えないけどね)

(女の子はポーカーフェイスが得意なの)


 にしても、本当によく出来た笑顔だ。よく表情を固定して会話できるな。いや正確にはテレパシーでの会話だけどさ。


「今度は見つめ合いだしたね、みゃーちゃん」

「ですね。元々仲良かったのでしょうか。……あっ! わたしみゃーじゃありません!」


 未耶ちゃんと立花さんがひそひそと話しながらこちらを横目で確認する。本当にそんなんじゃないんだけどな……。テレパシーなんて言っても信じてもらえないだろうけど。


「じゃあ行ってくるよ。何組?」

「一組です!」

「わかった。ありがとう」


 お礼だけ言って、生徒会室から出ていく。誰かに話しを聞くって言ったって、人と話さなくなって二年の俺がちゃんと聞けるのかね。


 ……俺が出ていった途端生徒会室が賑わいだしたけど、別に寂しくなんてないから。疎外感とか感じてないから!

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