第2話 帰宅部の俺、生徒会の長岡さん

 長岡さんと共に生徒会室から戻ると、堰を切ったようにクラスメイトがこちらへ質問してくる。まあ全部長岡さんに向けてだけど。


「長岡さん! さっきの何だったの!?」

「もしかして告白??」

「えぇぇ嘘だろ?! 長岡さんが!?」

「あはは、待って待って。一度に言われてもわからないよ」


 長岡さんは先程とは打って変わって普段通りの仮面で対応する。さっきまでの何か色々惑わしてきそうなな彼女はもうどこにもいない。


 俺は長岡さんを尻目に自分の席へ帰る。着席すると、見計らったようなタイミングで声をかけられた。


「なあ悟! お前何話してたんだよー! 良いなぁ!」


 バンバンと俺の背中を叩きながらそう口にする、朝の挨拶サッカー部。名前は覚えてないや。てか威力強っ。


「いや。別に」


 取り合うつもりはなく、心だけ読む。



 ──ああ、だよな。そういうことだと思ったよ。



(いつも独りのくせに何だよコイツ)


 表には出していないだけましだけど。やっぱり思うところはある。

 窓には反射して彼の表情も映っていた。人当たりの良さそうな笑顔の中に見える、苦々しい、悔しそうな顔。少しばかりの罪悪感を覚えた。


 いや、今のは傲慢な感情かな。君じゃなくて俺が呼び出されたから、なんて。内容が内容だから下手に話せないのがもどかしい。


 正面のサッカー部の彼にはバレないように細く息を吐く。

 よし、これで落ち着いた。こんな感情はいつまでも引っ張っておくものじゃないし。


「宮田くん!」

「えっ?」


 色々と考えていたからかな。意識の外から呼びかけられた。綺麗で澄んだ声はさっきまでずっと聞いていたもの。 

 気付けば長岡さんは俺の隣の席に座り、にこにこと満面の笑みを浮かべていた。


「んふふ」


 黄色いたんぽぽのような、柔らかい笑顔。悪戯っぽい雰囲気は妙にくすぐったい。


(急に話しかけられてビックリしたかな?)

(……長岡さん、まるで子どもみたいだ。可愛らしいけど)

(そうかな。ありがと)

(えっあっそうか俺の思ってること読まれちゃうのか。恥ずかしいな……)

(嬉しいよ! ただジッと目を見つめてくるのは照れるけど……あっ違う! 何も無い!)

(……長岡さんでもそんなこと思うんだ)


 長岡さんは表情を変えずに唇だけ隠した。心が筒抜けだからわかることだが、羞恥を滲ませた様子は思わず俺を破顔させた。


(あっ! 何笑ってるの宮田くん! しっつれい〜)

(ごめん。つい)

「……あの、お二人さん? 何でずっと見つめ合ってんの?」

「「えっ?」」


 サッカー部に言われ俺と長岡さんは同時に声を上げる。

 そうか、この会話方法だと周りにはそう見えるのか……。考えてみればそりゃそうだな。


「あ……、えへへ」

「ちょっ」


 その笑い方は誤解生まない? はにかむ長岡さんは照れ隠しのように左手を頬に添えた。


「ま、まさか付き合ってんのか!?」


 誰かのその一言により、クラスはわっと沸き立つ。嘘だろ!? と悲壮感漂う驚愕を浮かべる者もいれば色恋沙汰に目が無い女子達の甲高い声と様々。


「ち、違うから! 別に俺と長岡さんはそんなんじゃないから! ほ、ほら長岡さんも何とか言って……」

(私は別に付き合っても良いんだけどなー?)

「誤解されること言うなって!」

「……別に長岡さんは何も言ってなくね? あれか? 目と目で通じ合う以心伝心、的な?」

「「「きゃー!!!」」」


 あっ、今のテレパシーか……! ちゃんと口元見てないと紛らわしいってか、本当に何考えてるんだ長岡さん!? いや何考えてるかは読み取れるんだけども!


「ふふ、ごめんね宮田くん? みんなもごめん、本当はそんなんじゃないよ。実は生徒会の勧誘してたんだ」

「ん? 生徒ムグッ!」


 言いかけたところで、長岡さんに口を抑えられる。生徒会……?


「ほら、宮田くんって帰宅部じゃん? 今人員不足で大変だから、手伝ってくれないかなーって」

「何だよ、そういうことか。ビックリさせんなよ宮田ー!」

「えー、せっかく長岡さんとも恋バナ出来ると思ったのにー」

「あはは。それはまたの機会に、だね!」


 それでクラスメイトは興味を失ったようで、昼休み終わり間際ということもあり自分の席に戻って行った。長岡さんも占領していた他人の椅子から立ち上がる。


「じゃあね、宮田くん」


 最後に一瞥して微笑みかける長岡さん。俺は頭だけ軽く下げて返事した。


 ……それにしても、生徒会かぁ。まあ今のは多分その場しのぎの嘘だったんだろうけど、自分が何かに所属するなんて考えたこと無かったな。少なくとも、中学の頃に拒絶されたあの日からは。


 つくづく、長岡さんと俺は違う。多分彼女ならばどんな集団であっても上手にやっていけるんだろう。







「宮田くん、行くよ!」

「……はい?」


 退屈な午後の授業と終礼を終え、帰り支度をしているとまたも長岡さんに声をかけられた。


「一応訊いておくけど、どこに?」

「どこにってそんなの、生徒会室に決まってるよ! お昼のこと忘れたの?」

(あれ本気だったのか……)

「本気だよー」

「っ!」


 俺も昔は元友達に同じことしてたんだろうけど、やっぱこれ慣れないなぁ……。一々ビクってなる。


「行かないって選択肢は?」

「出来れば来て欲しいけど、強制はしないよ」

(あ、行かなくても良いんだ)

(来てくれなきゃこれまで以上に絡みに行くけどね)

「……わかった、行くよ」


 脅し方が斬新だな。俺相手だとこれ以上ないものだけどさ。

 俺はカバンに物を詰め終えると、まるで中年男性のような気だるさで立ち上がった。長岡さんはその仕草に特に触れず、口を開くことなく教室を出る。


「はぁ……」


 一体何をされるのだろう。生徒会室への道中はずっとそれについて考えていた。


 長岡さんは生徒会室の前に立つと、今度は鍵を開けることなくドアをスライドさせた。解錠されてるってことは、もう既に中に人がいるんだろう。


「こんにちは〜」

「愛哩先輩。こんにちはです……わっ!? だ、誰ですかその人……。相談者ですか……?」

「あっ、えっと……こんにちは」


 生徒会室の中の椅子に座って書類と思われる紙束を整えていた女の子は、怯えながら長岡さんへ質問した。

 小柄な身体に似合うくりっとした目に困り眉が庇護欲をそそり、反して身体つきはまず大きな胸に視線が行く。しかし太っているという印象は受けず、ただひたすらにスタイルが良いと感じる。


 有り体に言うと、何かエロい。


「……宮田くん?」

「? ……あっ」


 ジト目で俺を睨む長岡さん。やばっ、もしかして今の読まれてた……?


「どうせ私はみゃーちゃんみたいに大きくないですよー」

「いや、あの長岡さん。別にそんなことは」

「へっ? わ、わたしが大きい……? あとわたしみゃーじゃなくて未耶みやです!」

「みゃー?」

「だっ、だからみゃーじゃなくて未耶です!」


 むぅぅなんて声が聞こえてきそうな怒り方。こちらを睨む目は愛らしさを思わせた。


「この子、米原未耶よねはらみやって言うの。生徒会の書記ちゃん」

「……米原未耶です。みゃーではありません」


 俺はペコリと頭を下げる。しかし警戒されているようで、今度は未耶ちゃんが俺をジト目で睨んでいた。


「えと、宮田悟です。よろしく、未耶ちゃん」

「……はい。よろしくお願いします」


 おそらく不審に思われてはいるだろうが、ひとまず挨拶は返してくれた。何だろう、男が苦手とかそんなのかな。


「……」

「長岡さん?」


 何か言いたげな顔でこちらを見る。少し尖った口は故意なのか、それとも。


 ……何か言いたげな顔、か。聞くまでもなく、テレパシーでその何か・・がどんなことかわかるんだけどね。


(私は長岡さんなのに、みゃーちゃんは未耶ちゃんなんだ)

「あっ」


 そう言えば流れで未耶ちゃんなんて呼んだけど、初対面の女の子を下の名前で呼ぶのは失礼だったかも。言われるまで(正確には心を読んだだけだけど)気付かなかった。


「ごめん、未耶ちゃ……米原さん。失礼だったよね」

「失礼?」

「その、下の名前で呼んだこと」

「……いえ、大丈夫です。むしろみゃーと呼ばないことに対しては……その。好感度が高いというか、えと……」


 もじもじと照れ臭そうに人差し指同士をつんつんとさせる。

 好感度が高い、か。そうは見えない態度だったけど……、まあ顔に出ないタイプなのかな。というかそんなにみゃーって呼ばれるのが嫌なんだ。


「みゃーちゃんは子どもっぽいって思われるのが嫌なんだよね」

「ああ、なるほど」


 確かにみゃーって聞くと子どもみたいなイメージは受けるか。可愛らしいあだ名だけど、大人に憧れているであろう米原さんはそれが不服なんだろう。


 あ、もしかして今心読まれた? かなり良いタイミングで補足くれたけど。


「せーかい♪」

「やっぱり……」


 まあ人のことは言えないけど。俺もさっき下の名前云々は読んだし。


「……と、ともかく。わたしのことは未耶で大丈夫です。みゃーって呼んだらダメですからね……?」

「わかった。じゃあ改めて、よろしくね。未耶ちゃん」

「こちらこそ、よろしくお願いします。悟先輩。あと立ちっぱなしも何ですし好きなところに掛けてください」

「うん。ありがとう」


 少しだけ距離が近付いたのか、さっきよりスムーズによろしくを言えた。言われた通りに好きなところ、パッと目に入ったのが未耶ちゃんの隣の奥にある椅子だったのでそこへ座る。


「ほら、長岡さんも座りなよ」

「そうですよ愛哩先輩。いつまで立ってるんですか」

「おかしい……何で私がゲストみたいな立ち位置なの……ていうかみゃーちゃんもしれっと悟先輩なんて呼んでるし……」


 ブツブツ言いながらも俺とは未耶ちゃんを挟んで反対の席に座る長岡さん。何故か少し不服そうだったけど、声の小ささとあと単純に遠いので聞き取れなかった。別に大したことなさそうだったから良いんだけどさ。


「……っと、よく考えたらバランス悪いか」


 長椅子の片側に長岡さん、未耶ちゃん、俺と並んで正面には誰もいない。せめて俺だけでも向こう側に移ろうとするが、しかし。


「良いの宮田くん。そこに座ってて」

「いや、でも」

「今日は相談に来る子がいるから、このままで大丈夫なんだよ」


 そう言えばうちの高校の生徒会はたまに相談室を開いてるんだっけ。何でも人間関係の相談なら殆ど解決できると評判の……。


(テレパシーか)


 わざとらしく長岡さんの方へ目を向けてそう思考する。それだけでお互いの意図することは伝わるはずだ。


(まあね。仲違いの原因とか直ぐに分かっちゃうし、何なら謝って欲しいか謝りたいかだってわかるから)

(なるほど。テレパシーの有効活用だね)


 そんなことは考えたこともなかった。それならば問題も楽々解決できるだろう。


 ただし。


「俺生徒会じゃないんだけど?」

「今日は体験入部みたいなものだから」

「……今日だけだからね」


 下手に出て行くのも忍びない。長岡さんはともかく未耶ちゃんが気にするかもしれないしね。


 少ししてドアが三度ノックされる。長岡さんがどうぞと言うと一人の女の子が入ってきた。


 一言で言うと、その子はとても女の子女の子していた。


「失礼しますー! 相談に来たんですけど、ここで大丈夫ですよね? あずってよく道とか間違えちゃうから不安でぇ」

(まあプレートに生徒会室ってあったから合ってるだろうけど。てかやば、さっきのあず超可愛かったんですけど!)


 ……本当に、女の子女の子しているなぁ。

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