心が見えるのは俺だけだと思っていたら、クラスのヒロインも同じだった件について
しゃけ式
プロローグ
第1話 心が見えてしまう俺、心を見ることが出来る長岡さん
がやがやと賑わう朝の教室。窓際の席のため差す陽気が眠気を誘う。
五月ともなれば、挨拶する相手はもう固定される頃だ。大体はそのグループのリーダー格の席へ集まり、おはようを皮切りに昨日の番組や共通の趣味等他愛ないことを話しだす。
俺はそんな彼らを遠巻きに見ながら、独りでため息をつく。
独りが辛いとか、そんなんじゃない。ただ彼らの
俺はテレパシーが使える。平たく言えば、他人の心が読める。
例えば教室のドア付近で話してる女子二人組。あの二人なんて、口にする言葉と内心の思いの乖離が特に顕著だ。
「おはよう愛ちゃん!」
「舞ちゃんおはよっ。昨日のドラマ見た〜?」
彼女らは顔を合わせてにこにこしている。一見よくある挨拶だけど、これが心を読めるとなると。
(愛ちゃん今日も化粧濃いな〜。てかドラマより言うことあるんじゃない?)
(うっわ舞ちゃんこれ見よがしに髪の毛切っちゃってる。褒めてほしいんだろうなぁ)
……これなんだよなぁ。本当に人間って、思ってることと言ってることが違いすぎる。てか高校生になってから余計に皆怖くなってるんだよね。もう二年生になったけど、やっぱりまだまだ慣れない。
何度目になるかわからない悩みに辟易としていると、不意にドアが開かれる。さっきの二人もビックリして前を開けるけど、入ってきた生徒を見て態度をコロッと変えた。
「あっ、おはよう長岡さん!」
「今日も長岡さん綺麗〜」
「あはは。もう、そんなに褒めないでよー」
黒くて綺麗な長い髪をハーフアップにした、白百合のように清楚な女の子。身長は一七二センチの俺より頭半個分低いから、多分一六〇よりは高いくらい。
「あっ! 舞ちゃん髪の毛切ってるね! 似合ってるよ!」
「えっホント! 実は昨日ね〜」
あんな感じで、長岡さんは他人の欲しい言葉を一発で選びとる。それが多分人気の一因なんだろうね。そのお陰か生徒はおろか先生にも人気で、よく授業中にも当てられてる。才色兼備っていうのは、多分あんな人のことを言うんだろうな。
さて、気を張りつめろ。少しでも仲良くなろうとは思うな。
「おはよう、宮田くん!」
ドアから真っ直ぐ歩いて窓際一番奥の席、つまり俺の居る場所。このクラスに宮田は俺しかいないので、挨拶は俺に向けられている。
「おはよう長岡さん」
俺はそれだけ口にすると、すぐに視線を長岡さんから窓の外へやる。挨拶終了の合図。彼女もその意味を理解してくれているようで、それ以上話しかけてこない。まるで流れ作業のように自分の席へと歩いていく。
……そう言えば、長岡さんって俺にはわざわざ挨拶しに来てくれるけど何でなんだろう。他の人には……って、別に優越感とかそんなんはないけどね?
半ば反射的に、俺は長岡さんの心の内を読む。
読める範囲は視界内にいる、せいぜい三人まで。それ以上だとごちゃごちゃになってわからなくなる。
まあ普通の会話だって一気に四人以上と話すとか聖徳太子でもない限り難しいから、当たり前と言ったら当たり前なんだけど。
閑話休題。長岡さんは何を思っているのだろうか。
(それにしても、さっきは愛ちゃんナイスだったなぁ。舞ちゃんが髪切ったって言ってくれなきゃ全然気付かなかったもん)
え、割と大きな変化だったと思うけど、そんなもんなのかな。俺が見てもわかるレベルなのに、やっぱり女子は薄情だ。まあ男子も似たようなもんだけど。
……あれ? そう言えば長岡さんが来てからあの愛さんって人、舞さんが髪切ってるなんて話してたっけ?
変なところで違和感を覚えるな。まあ多分言ってたんだろうけど。
と、そんな思考は一旦中断させられる。理由はさっきと同じ、俺への挨拶。だが相手は当然長岡さんではなく、サッカー部の男子だ。
「おはよっ、悟!」
「……うん、おはよう」
快活な笑顔を浮かべる好青年。百人に訊けば九五人は同意するはずだ。別に名前呼びされる程仲が良いわけではない(むしろこの高校にそんな仲の相手はいない)が、それも彼の距離の詰め方なのだろう。
だが、こいつの本音は俺と仲良くなりたいとか、そんな高尚なものでは無い。
(長岡、今日は見てるかな……)
俺の事は一切眼中に無く、長岡さんからの見え方ばかり考えている。さしずめ俺もお前と一緒で独りのやつに話しかける優しさがあるぜ、とかかな。白々しい。
しかし当の長岡さんは一切こっちを見ておらず、それに気付いたこいつもすごすごと自分の席へ戻って行った。
まあ、良い気はしない。ただそれなら心を読まなければ良いだけなのだが、一度読めるようになってしまうとそうもいかない。
言うなればテレパシーは鼻呼吸みたいなものだ。別に口呼吸でも生きていくことは可能だが、鼻で息が出来るのなら無意識にそちらを選択する。テレパシーも、使わなくても生きていけるが使えるのなら日常的に使ってしまうのだ。
だから俺は、必要以上に人と関わらない。下手に仲良くなるとどうなるか、中学の頃実際に体験させられたしね。
あんな思いをするくらいなら、友達なんて要らない。
午前の退屈な授業が終わり、昼食を終えたクラスメイトがまた騒ぎ出す昼休み。耳障りな喧騒に心の中で舌打ちする。
自分が喧騒の内側に居た頃はそんなこと露ほども思わなかったのにね。随分調子の良い奴だ。
「ねえ、宮田くん」
それにしても、みんなこれだけ大きな声が出るのに授業となると途端に小さな声になるんだよな。恥ずかしがってる方が恥ずかしいって、何で分からないんだろう。
「宮田くん? あれ、聞こえてる?」
先生も先生だけどね。流石に聞こえるだろって声でも聞き逃すのは聞く気がないからだとしか思えない。そんなことを指摘したら逆上するんだろうけど──
「完全に聞いてないや……。おーい! 宮田悟くーん!!」
「──っうわぁ!? 俺?!」
ガタガタッ!!
気付けばいつの間にか前に立っていた長岡さんに、俺は盛大に驚いて椅子とともに後ずさった。
そんな俺の様子を見て、彼女は楽しそうにくすくすと微笑む。
「ど、どうしたの?」
「ちょっと話があるんだ。お昼なら生徒会室が空いてるし、一緒に来てくれないかな?」
あっ、そう言えば長岡さんは確か生徒会役員だったっけ……じゃなくて!
長岡さんが俺に話? 思い当たることは何もなく、俺は考えるより早くテレパシーを使っていた。
(あー、緊張するなぁ。早く宮田くんに伝えたかったんだよね。やっぱりビックリするのかな)
……ん? もしかして告白されるのかな?
なんて戯言は置いといて、とりあえず今は何の要件かわからないな。別にテレパシーも万能じゃないしね。その時思ってることしか理解出来ない。
「……手短に頼むよ」
「わかってる」
褒められて少し舞い上がったが、自分の基本スタンスを忘れてはいけない。必要以上に人と仲良くはなるな。
人は理解されることを望むが、度が過ぎればそれは不信に変わる。
長岡さんは俺が椅子から立ち上がるなり教室を出る。慌てて追いかけると、教室のどよめきが膨れ上がった。廊下から聞こえる声はどれも何故長岡さんが俺みたいなやつに、という内容ばかりである。
生徒会室はうちの教室から少し歩く。二人で歩く廊下はいつもより新鮮に思えた。
歩きながらも、長岡さんの視線は隣で同じように歩を進める俺へ向いている。
果たして、一体何の話だろうか。朝の挨拶以外繋がりはないはずだが。
「要件は着いたら話すよ」
「っ!!」
長岡さんの俺への視線は進行方向へと移る。
今のも他人の欲しい言葉を一発で言うあれだろうか。それにしても、あまりのドンピシャ具合に少し驚いた。一体俺のどこを見てそれを求めているとわかったのか、訊けるものなら訊いてみたい。
長岡さんは予め持っていた生徒会室の鍵を使って解錠する。中は縦長の部屋で真ん中には大きな長机、そして椅子が四つ置いてあった。窓の外に大きな木があるため生徒会室の半分程は影になっている。
「ごめんね、こんなところまで来てもらって」
「いや、大丈夫だよ」
申し訳なさそうに小さな笑顔を浮かべる。つられて俺も笑顔で対応してしまうが、好意的な態度はダメだと思い直して真顔に戻す。
「どうしても、その、ね。二人で話したいことがあって」
ゴクリ。
……やっぱり告白かな? だって二人で話したくて、それにちょっと言い淀んだりしてるんだよ? 答えは決まってるけど、それでもちょっと期待してしまう、かも。
「あはは! ごめんごめん、告白じゃないや。確かにこれだと紛らわしいかな?」
「っ、また……!」
口に出していないことに対しての返答。さっきに続いて二度目だ。
流石に偶然にしてはタイミングが良すぎる。かと言って俺の表情や仕草を見ただけでここまで的中させることが出来るのか?
……これでは、まるで俺の──
「──俺のテレパシーと一緒じゃないか。うん、私もそう思うよ?」
……え? つまり、え?
「だから、私も宮田くんと同じでテレパシー使えるんだよ。まあ私はそんなカッコいい名前は付けてなかったけど」
男の子だからかな? なんて呑気に呟く。
理解が追いつかない。長岡さんが、テレパシー?
「……えっと、長岡さん」
辛うじて絞り出した言葉はただの呼び掛け。何の意味も持たない。
とりあえず長岡さんの考えていることを読み取らせてもらう。それで彼女の真意がわかるはずだ。
(あっ、テレパシー使った。ね? これで分かってくれた?)
口は三日月状に噤まれ、いつもの長岡さんからは見る事のないアルカイックスマイルを浮かべる。
声を出さず、心の中での返答。相互にテレパシーが使えると知っていなければ出来ない芸当。
「……本当に使えるんだね」
「嘘なんか吐かないよ。というか、嘘を吐いたとしても
まあ、そりゃそうだ。
「うんうん、そりゃそうだよ」
気付けば口調すら変わっている。これが本来の彼女の素で、教室では見せたことの無い顔。
「いや、待って。待ってよ長岡さん」
「どうしたの?」
「長岡さんもテレパシーを使えることは分かった。ただ」
瞬間、かつての苦い記憶が甦る。
『お前気持ち悪いわ。何で俺の考えてること全部わかるんだよ』
『周りのやつも皆言ってる。見透かされてるようだって、それが不気味だって』
『頼むから、もう俺らに近付かないでくれ』
「長岡さんは何で、そんな能力があっても人気者でいられるの?」
「逆にこっちが知りたいよ。何でこんなのを使えるのに独りなの?」
心底不思議だと言わんばかりの表情。全く理解出来ないと、本心でもそう思っている。
「だって皆の思ってることが分かるんだよ? ならその通りにしてあげたら良いだけじゃん。何も難しくない」
「でも、そんなの最後は拒絶されるだけだ。度が過ぎる気遣いは、何も知らない人にとったら恐怖の対象でしかない」
「それだけじゃないでしょ」
思わず口を噤む。その通りだ。俺は、その後が嫌なんだ。
「……なるほどね。拒絶された後の友達……、“元”友達の内心か。確かにそんなのは想像したくないや」
「それだけじゃない。今のクラスのみんなだって裏では色んなことを考えてる」
「そうだね。でもそれが何? そんなの無視したら良いじゃん」
底冷えする、目だけは笑っていない笑顔。長岡さんの瞳は吸い込まれるような黒で、まるで氷のように冷たかった。
「私と宮田くん以外はそもそも違う人種なんだよ。そういうもの」
「っ……、だとしても」
「いやぁ、でも面白いよね! 宮田くんって!」
「……え?」
「だってさ、同じ能力があるのに私達全く違う思考回路じゃん? うん、やっぱりもっと色んなこと話したいな」
無邪気にそう告げる彼女に嘘は全くない。本音で語り合う歪で究極の場は、俺とは異なる長岡さんの本心を如実に表していた。
「もっとわかり合おうよ。もっと色んなことを教えて」
代わりに私も色んなことを教えてあげる、と蠱惑的に零す長岡さん。裏表の存在しない笑顔に、俺は後ずさる。
「……そんなの、受け入れるわけないだろ」
「それは普通の相手だったらでしょ? 私だったら大丈夫だよ。だって私達
即座に言い返すことが出来ない。文字通り、俺と長岡さんはある種同じだから。
しかし、テレパシーを使えてしまうが故に独りぼっちの俺と、使えるために学校の人気者になった彼女。同じとは程遠い、あまりにも醜い対比。
そんな対照的な俺と長岡さんを暗示するかのように、窓から差した光は彼女のところまでしか届いていなかった。
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