第5話 出陣


秋貴達は、直ぐに出陣のための準備を始める。といっても秋貴自身は何をすることもない。

準備するのはウォーレスやエリス、その他のまだ会ってもいない将軍たちだ。

取り敢えず、ウォーレスからは将軍たちに会う際には顔を見られないようにしようと言われて、ある宝石を渡された。

白く輝くそれは宝石というよりも綺麗にかたどられた石のように見えてしまう。

ウォーレスが言うには、これは宝石を持つと周りからの認識を阻害してくれるという効果を持っているそうだ。

その効果を聞いて、そういえばゲームにもそんなアイテムがあったなぁ、などと秋貴は思い出した。

ゲームでは、敵の陣地に潜入して情報を探るときに使う消耗品のアイテムだった。それが、ここでは自分の任意の場所を隠す為に使う事になるとは思いもしなかった秋貴である。

しかし、これほど便利なアイテムもない。ゲームでは消耗品であるからここでも使い捨てに違いないが、それでも認識を妨害できるのなら自分の情けない顔などを見られなくて済みそうだと安堵する。


「とにかく、後はウォーレスが呼ぶのを待つしかないか……」


そう呟き、秋貴は準備が整った報告を待つ。

今この時にでも、ヒオウのグランディア帝国はどこかで争っているのかもしれない。

そんな事を考えてしまってソワソワと落ち着きのないように歩き回ってしまう。

と、そこで天井から何かが下がってくるのが分かった。


「……シィルか?」

「シシシシッ!」


前回と同じように驚かそうと逆さまにぶら下がりながら登場する子蜘蛛のシィルに、いい加減驚かなくなった秋貴。

だが、それでもシィルは笑いながらユラユラ揺れている。どうもこの子蜘蛛は構っても構わなくても変わらないようだ。

それを見て先ほどまで落ち着かない気持ちでいた秋貴は、今は気を揉んでいてもどうしようもない事に気づかされる。

軽く深呼吸して気を落ち着かせると、彼は気合を入れるように頬を両手でたたく。

シィルが一瞬吃驚したようだが、秋貴が笑いかけると何が面白かったのか嬉しそうにはしゃぎ出した。


(不安なのは仕方がない。だけど、今は落ち着いて冷静に考えないと)


シィルのおかげで、幾分か気が晴れた秋貴はソファに座る。

それが今、自分にできる最善のこと。

不思議と、それ以降秋貴はウォーレスが来るまで静かに待つことができた。



―――――――――――――――――



「帝、いくさの準備が整いました故、お迎えに上がりました」

「うん、ありがとう」


秋貴が待つこと1時間。

戦支度が整ったという事でウォーレスが迎えに来た。

普段と恰好が変わらないウォーレスだが、その纏う雰囲気は普段とは一変している。

そんな彼に頼もしさを感じつつ秋貴は頷くと、ウォーレスが案内してくれるという事でついていくことにする。

天井からぶら下がっているシィルだが、どうもついてこないらしく、笑いながら手を振っていたのでそれに手を振り返してから部屋を出た。


「外には帝の到着を待つように、共に出陣する十将軍の数名が待機しておられます」

「えっと、誰が一緒に行くことになっているんだ?」


城の通路を歩きながら話す二人。

秋貴が聞くには、十将軍たちの人数を分けて共に出陣する者と城塞都市の防衛に回る者に分かれており、その中で共についてくる将軍たちが来るのを待っているらしい。

そして、その付いてくる将軍が誰なのかを知りたくて尋ねた秋貴に、ウォーレスは淀みなく答える。


「この出陣に帯同する将軍は、獣人エンテイ、エルフ兄妹であるカーライルとカロライン、アラクネのキヨヒメ、鬼人のアメノウズメの五名となります」

「そうなんだ」


それを聞いた秋貴は、その将軍たちの名前を聞いてそれぞれどんな外見をしていたか思い返していた。

獣人エンテイは、巨大な猿という言葉が当てはまるくらいの大きさをもつ獣人だ。3m近くあるその巨体で鉄の棍棒を振り回し、前線にて敵を粉砕するというゲームキャラだった。巨体の為に攻撃範囲が広くて攻勢にでるのに結構重宝していた。

エルフの兄妹であるカーライルとカロラインでは、兄のカーライルが弓兵を束ねる将軍、妹のカロラインが魔法兵を束ねる将軍だ。どちらも、ゲームイラスト通りならエルフ特有の耳長の美男美女になっているであろう。

アラクネのキヨヒメはその名の通りシィルと同じ蜘蛛型のモンスターである。また、秋貴がゲームを始めた頃の初期キャラの一人だ。待ち伏せや奇襲などが得意で、そういう戦闘では大いにアラクネの特徴が役に立った。

最後の鬼人のアメノウズメだが、日本武士の鎧を付けた女武将という出で立ちのキャラで、長巻ながまきという柄が刀身と同じくらいの長さの刀を持っている。結構どんな戦闘にも使えることからよく動かしていた記憶がある。

そして、その五人に加えてウォーレスとエリス、ゴットハルトが加わるようだ。

結構豪勢ともいえるが、それくらいこの状況での戦いが重要だと思っているのかもしれない。

そうして二人が城の外に出ると、それを待っていたかのように目の前にはひざまづいている者たちがいた。

それは、先ほどウォーレスから聞かされていた5人の将軍たちだった。

その誰もが跪きながらも異彩を放っているのが秋貴でも分かった。

この中の誰か一人でも逆らえば、秋貴は踏みつぶされる蟻のように簡単に殺されてしまうだろう。

そのくらいの力の差を、争いとは無縁の場所にいた秋貴にも感じ取れた。


(本当に、異様な光景だな)


内心おののきつつもゆっくりと見まわしていると、その中にいる一際体の大きい人物が声を発する。猿人えんじんのエンテイだ。


「皇帝陛下。今この場に不在であるゴットハルトの代わりにワシからご挨拶をさせて頂きます」

「あ、は……わ、わかった」


一瞬、秋貴がはいと言いそうになったのをウォーレスが凄い勢いで振り返ってきたので慌てて言い直す。

冷や汗を流す秋貴だが、下を向いていた五人の将軍たちにはどうやら気づかれていないようで安堵する。

そんなことはつゆ知らず、エンテイは他の4人を代表するように言葉をつづけた。


「ワシら十将軍、皇帝陛下と共に出陣できること身に余る光栄に思います。いついかなる時もワシらは覚悟ができております。どうぞ、存分にご命令下さい」

「あ、ああ」

(堅苦しいのは仕方ないにしても……お、重い)


予想はしていても、やはり目上の者としてうやまわれるのはまだまだ慣れない。

それに加えて期待とか気持ちが重い。

秋貴を皇帝と知っている者全て(シィルを除いて)がそんな状態なので諦めるしかなさそうではあるが。

それでも何とか体裁だけは整えようと秋貴は気を取り直して、目の前の将軍たちに声を掛ける。


「今、グランディア帝国の人たちが何処かの軍と争っている可能性があるのは皆もしっていると思う」


相変わらず下を向いたままの将軍たちだが、これは事前にウォーレスから顔を上げるのも恐れ多いからそうしているんだと聞いているので、今はそのまま話し続ける。


「だから、この戦いは敵を倒すことよりもグランディア帝国の人たちを助けることを優先するようにしてほしい」

「はっ!」


将軍全員が一斉に答え、それからは二言三言喋って秋貴はその場を離れた。

ここで長々と話している場合ではないし、将軍たち個人にとっても最終的な確認をしておきたいかもしれないという秋貴の気遣いがあった為だ。

他にも、喋る度にボロが出そうだという理由もあったわけだが。


「帝はこちらへ」


将軍たちから離れてウォーレスと共に向かった先は、白い馬と共にいるエリスのところだった。

秋貴たちが向かってくる事に気づいたエリスが、秋貴に臣下の礼をする。

どうやら事前にここに来ることをウォーレスから聞かされていたのか、驚くこともなく近くにいる白馬の鼻筋を撫でながら口を開いた。


「主よ。これが主が乗る馬だ。普段は大人しいが、戦いの場となれば主人を守るために駆けてくれるだろう」

「これが、俺の馬?」


自分が乗る馬だと言われて白馬を見る。毛並みは綺麗で優雅なたたずまいをしているが、筋肉の付き方もしっかりしており、ちゃんと軍馬として調教されているように見える。

それが、エリスによって鉄の馬鎧を付けられる。

面と鬣(たてがみ)を守るため覆うように作られた兜に、胸部にも部分鎧が付けられている。またくらあぶみは当然として、後ろ足付近にも横からの攻撃に対処できるように鎧が付けられている。

見た目として重そうな気がするが、軍馬なだけあってそこは平気なのだろう。

そうして、見事な馬鎧を付けた軍馬が出来上がった。


「凄いな、まさに戦場の馬って感じだ」


感心するように呟く秋貴。そして、秋貴もそっと、軍馬となった白馬に近づいて撫でる。

白馬は撫でられて軽くいななくが、されるがままになっている事からも嫌ではなさそうだ。


「これなら大丈夫そうでありますな」

「そうだな。主に素直に従うだろう」


ウォーレスとエリスの二人が頷きながら太鼓判を押す様に言う。

秋貴としてもこの白馬なら乗っても振り落とされることはないかもと思ってから、ふと気づいた。


「そういえば、俺馬に自分で乗った事なかった」


乗ったと言えばウォーレスに相乗りしてもらったくらいでしかない。

これはヤバいかもと思った秋貴だったが、二人はそこは理解していたらしい。


「帝、我が相乗りしますので心配ありませぬ」

「最初に見たところ、そうだろうなとは思っていた。だから、主が一人でも乗れるようになるまではそうするようにしよう」

「あ、ありがとう」


なんとも情けなくなりそうなものだが、むしろ現代日本で馬に乗る事の方が珍しいのだから仕方がない。

素直にお礼を言って、相乗りしてもらう事にした。


「では、帝。そろそろ行きましょう」

「うん」


先にウォーレスが白馬に乗ってから手を差し出してきたのを掴んで、秋貴は相乗りする。

最初の時にも思ったが、やはり普段の視点とは全然違う。

だが、いつかは慣れなければいけないだろう。


「これからよろしくな」


長い間付き合う事になりそうだと思い、これから相棒ともなる白馬を撫でる。

白馬は、答えるように鳴いた気がした。


「それでは、行きましょう」

「主よ、準備はいいか?」

「うん、グランディア帝国を助けよう」


そして、秋貴の率いるアルスラグナ皇国軍は出陣する。

その兵数は7千。今現在のウルスラグナ皇国の総人口は約3万であり、およそ4分の1の人数が動員されることとなった。

目指すはグランディア帝国の者たちがいると思われる山脈。

秋貴の初陣の時がついに訪れた。




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