第4話 急展開
それからは、ゴットハルトやエリスの部下からの報告が無いまま1日を終えた。
そしてウォーレスとエリスの2人はそれぞれやるべき事をする為に、秋貴に礼をしてから部屋を離れていった。
秋貴はどうしたかといえば、2人から無闇に外には出ないで欲しいという事で大人しくしている。
といっても、部屋には子蜘蛛のシィルがいるので大人しくとは言えなかったが。
「はぁ、疲れた」
シィルの悪戯に晒されつつも何とか対処し、悪戯少女が天井へと帰ったのに安堵した秋貴は1人、備え付けられてあるベッドに身を沈めながら呟く。
ここにくるまで状況が目まぐるしく動いていたので、こうしてゆっくり落ち着くのが、短い時間だったのに随分と久しぶりのように思えてしまう。
そして、落ち着いた時間を確保した事で色々と考えてしまうのも当然のことだった。
「とりあえず、ここは俺の知っている世界じゃない」
これはもう覆すことのできない事実だ。
「あと、何故か『FANTASY OF WAR』のキャラとか建物とかと一緒に異世界にきてるし」
本当によく分からない。なんでそうなってるんだと彼は思ってしまう。
いや、こういう事になったのは、あのゲームが発端なのだから一概に分からないとは言えないのだが。
「しかも、ファンタジーの定番でもある魔法が見れたけど、あれは吃驚したなぁ。本当にゲームの世界みたいだ。いや、実際にやってたゲームなんだけど」
まさに、秋貴がウォーレスからエリスを待つ間に教えてもらった魔法はゲームのものと同じだった。
魔法の種類も、系統も知っているものばかりだったのだ。
それ以外にもスキルや進化、突然変異などもあるようで、もしかしたらこれは自分が逆にゲームの世界に入り込んでしまったのでは無いのかとも思ってしまったほどだ。
だが、ゲームとは違う部分もあった。
まず、先にも挙げた魔法やスキルだ。
種類や系統などが一緒ではあったのだが、実は違う部分もあった。それは、魔法やスキルの威力が変わっているという事だ。
ゲームではキャラが魔法やスキルを使用すると、神聖魔法で全回復したり、五千の敵兵の半分を削るほどの威力をもっていたりする程だった。
だがこの異世界では、どうもそれらの力が弱くなってしまっているらしい。スキルでも最大では数十人、魔法では百人程度が限度の威力しかないと言われた。
これはウォーレスやエリスが魔法やスキルを使った際に気づいたことなので、その原因はまだ分かっていないらしい。
他には、キャラの人格だ。
ネットに接続しないオフラインのゲームならNPCの仲間に人格が備わっているのは分かるが、RTS《リアルタイムストラテジー》のゲームではそれは不要なものだ。いや、ある程度はあるのかもしれないが。
しかし、現実に存在するようになったから人格が備わったのかどうかは分からないが、そのどれもが秋貴にまるで違和感を抱かせないほど、それぞれのキャラの人格がぴったりと合っている。
次に、アルスラグナ皇国という国だ。
まるで中世後期に出てきた家屋や城などは、これもまたゲームとは全く違った。
グラフィックと現実の差が現れただけなのかもしれないが、それでも明らかにゲームで作っていた時のウルスラグナより規模が大きいように思える。
またその中に住んでいるであろう国民たちは、様々な種族が入り乱れていた。それも、ゲームで表していたらどう考えても処理落ちしてしまうだろう程の数だ。
RTSをしているものがいれば分かるが、ゲームでは一々なんの効果も影響も及ばさない国民を
だからこそ、秋貴は城までくる道中で色々なところに目を奪われていた訳だが。
次から次へと出てくる疑問が後を絶たずに浮かび上がってくる。
「うん、考えても仕方がないか。今は兎に角目先の事だけをしっかりとやっていかないと……」
だが、これ以上そうしても答えがあるわけでも無いので、上半身を起こして秋貴は切り替えるように軽く首を振る。
こういう状況で時間があるといのも問題だな、などと思いつつ、秋貴は立ち上がると窓へと近づいて外を眺めた。
天気は悪くとも城郭内の街は見渡せる。
特徴的な建物はいくつかあるが、それでもやはり同じ家が並んでいるのが目立つ。
「とりあえずは、ここにいる人達を守れるようにしないとだよなぁ」
どれだけの人がいるのかなんて知らない。
だが、こうして実際に守ると意識して見ていれば今は無くとも、そういう気持ちがいずれ出てくるのかもしれない。
今はただ、身近にいる親身になってくれたウォーレスやエリスの2人の為にと思っていても、いつかは。
秋貴は、そう思いつつ暫く外の景色を眺め続けていた。
―――――――――――――――――――
それから更に1日が過ぎて、秋貴が異世界へと来てから3日目。
朝から部屋で籠ることしかできず彼は時間を持て余していた。
というのも、現在秋貴の相手をしてくれているのは子蜘蛛のシィルだけ。
上手くコミュニケーションを取ろうとした秋貴だったが、言葉を喋ることができない、悪戯をしてくる、入り口には蜘蛛の糸を設置していくなど初日と同じでやりたい放題だった。
最終的には飽きたのか天井を楽しく這い回っているだけになって構われなくなって時間が余るようになってしまったわけだが。
それが何と無く寂しいと思ってしまったのが少し納得がいかない秋貴である。
だが、そんな彼の元に来客が現れた。ウォーレスだ。
入り口にあった蜘蛛の巣を手で払って入ってくる男に、天井から若干不満気な視線を浴びせている存在がいるが、ウォーレスは特に気にすることもなく秋貴に礼をとって挨拶を述べる。
「帝、こちらに訪れるのが遅くなってしまい申し訳ありませぬ」
「あ、あぁ。構わない、よ」
1日が開いたことで若干敬語気味に話しそうになって慌てたせいか、まだどもった様に返事をしてしまう。
そうした慣れないながらも頷く秋貴に、ウォーレスはあえて指摘することなく訪れた理由を切り出した。
「ゴットハルトとエリスの部下が探索を終えて戻り、情報を持ち帰ってきましたのでご報告に参りました」
「うん」
秋貴自身、ウォーレスが来たということはそういう事なんだろうと思っていたので、そこは頷いて続きを促す。
報告にきた男もそれは分かっているのか直ぐに探索について話し始めるために、いつの間にか手に持っていた紙を取り出して広げた。
「あれ? それって地図?もうできたの?」
秋貴が聞くように、それには何やら絵が描かれている。
「部下に早急に作らせたもの故、簡易的なものではありますが、今まで集めた情報をもとに作成しております」
ウォーレスの言う通り、正確とは言えないがそこにはウルスラグナ皇国の城郭都市であるシグルドリーヴァを中心に地図が作られていた。
山の頂上に出来ている城郭都市は麓まで森で囲われており、北西には森の中に凸のマークがついている。
聞くところによると、これは砦の事を指しているようだ。
他にも、森を挟んだ北側には山脈があり、東側には湖も描かれており、どうやら今まで聞いていた情報をそこに描き起こしたみたいだ。
そして、まだ秋貴が知らない場所までも作られているのが見て分かった。
「まず、エリスの部下の2人が探索した結果を申し上げます。どうやら東側にも一つ、砦が見つかったようです。周りを湖に囲まれた城だそうで、あまり近くには行けなかったようですが、見たところでは砦の正面と裏側にしか橋がなく、また整備された道がそこへと伸びており、荷を積んだ馬車の行き来がある事から、もしかしたら要衝のような役割を持っているのでは無いかと」
「要衝、ということは結構重要な場所ということになるのかな?」
「砦の警戒をしている者の数が遠目にも多い事が確認できたと言っておりました。かなり厳重に見回っていることからも、そうだと思われます」
ウォーレスのいう様に、よほど厳重なら交通、産業、軍事の面のいずれか、またはその全てが当てはまる重要な砦と言える。
「そして、兵を見たところでは人種族しか姿を確認できなかったそうであります。他の種族は最後まで一人として見当たらずに終わったようです」
「え、一人もいなかったの?」
「左様であります」
それを聞いて秋貴は、腕を組んで考え始める。
(うーん、人種族しか見当たらないってちょっと厳しくなりそうだな。ただでさえ、この国は色んな種族が入り乱れてるのに)
もし秋貴の転移してきたこの異世界が、人種族しかいないところであったなら、かなり危ない状況だと言わざるを得ない。
それにはウォーレスも危惧しているのか、まるで慎重に口を開く。
「もし人種族しかいないのであれば、我らという人ではない種族を隠し通し、関係を築こうとすることは出来ませぬ。築くからには、我らの存在を受け入れてくれる心がなければどうしようもありませんからな」
「まぁ、そうだろうね」
これには同意するように頷くしかない。
人とは未知のものに対して不安や恐怖を持つ生き物だ。
それなのに、いきなり角と尻尾の生えた少女や蜘蛛の下半身をした子供が目の前に現れたらパニックになるのは目に見えている。それこそ自分のように。
「できれば、他の種族もいてほしいんだけど……。今この段階だとそれも望み薄かな?」
「まだ可能性がないとは言い切れませぬが、そういう事も考えておかなければいけませんな」
「あー、そう……だよね」
流石に、まだ決めつけることはないのだがとりあえずは最悪の事態を想定しておく事にしようと、二人は話し合う。
まず、ウォーレスは北西と東にある、砦を指す凸マークを指さしながら説明し始めた。
「今現在、我が国は所属も分からぬ砦2つの間にある山に存在しております。地形的には守るのに適しておりますので我が国が有利ではありますが、補給という面で考えてしまうとそれが覆る事になるかもしれませぬ。城郭内にはいくつか農産物を作っておりますので大丈夫だとは思いますが、用心のためにはこれにも対策を講じなくては……」
「もし、その2つの砦から同時に攻めて来たら人も物も色々と不安になりそうだね。そうなると時間も必要かな」
「この国に攻める時には麓の森に入る事になるので、生い茂る
「じゃあ、攻められたとしてもある程度の猶予はありそうだね」
そうして考え込みながら秋貴は次々に質問していく。
自国の兵力、兵站、人口、扱っている農産物など。
その質問に淀みなく答えていくウォーレス。彼にとっては、そういったものは常に把握しているものなので問題なかった。
秋貴はというと、実はゲームで最後に覚えている数字と同じかどうかを整合する為に知りたかっただけで、何も知らないという訳ではなかった。
それから一通りそれが済んだのか、ウォーレスは次に進むように地図に描かれている北側の山脈を指さした。
「次に、ここは標高があまり高くありませぬが周りを見渡すには最適な場所のようなので、ゴットハルトはそこから更に北側を見るように命じたようでした。そして、我が国からは見えない北側を確認したところ、北東方面に都市が見えたようです」
「都市? じゃあ、砦よりはまだ行きやすいだろうね。情報もそこなら比較的簡単に手に入りそうだし」
「ですが、ここに行くには相当な時間がかかるとの報告があります。それほどまでの距離だとすると、今の状況では少し待たねばいけなくなります」
それは、まだこの時は出ないと暗に伝えてるのが秋貴には分かった。
秋貴自身に関しては比較的落ち着いたのだが、国全体でいうとそれはまだ彼自身見ていないので分からない。
なので、ウォーレスがそういうのであれば頷くしかない。
そうして二人は、一旦情報を整理する。結果的には遠くの都市よりも近くの砦について議論する方を選んだ。
近くに脅威となるかもしれないものがあるのに、それを無視して遠くの都市に足を運ぶのは状況を考えてもまずあり得ないからである。
相手の兵数、兵種、補給路などを調べる項目として挙げ、ではこちらはそれと並行して何をすればいいのかと話し合い、今後に備える。
まだまだ手探り状態ではあるが、少しでもこの国が有利になるようにと思いつつ、必死に頭を捻る。
そこで部屋の外から音がしたのに気づいた。
どうやら扉を叩いて来訪を知らせてきたようだった。
「誰か来たのかな?」
「我が出ます故、しばしお待ちを」
そういうなり、ウォーレスは素早く扉の近くまでいくと、秋貴が見えないように扉を開く。
秋貴からは見えないが、ウォーレスの話す様子からどうも部下のようだった。
内容は、耳打ちするように小声で話しているせいかはっきりとは聞こえない。
一体何を話しているんだろう。そう思った時だった。
一瞬、そこから咄嗟に逃げたくなる程ウォーレスから殺気が出るのを感じた。
だがそれは気のせいかと思う程すぐに消えていた。そして、部下を下げて振り返ったウォーレスはもはや錯覚だったのではと思わせるほど静かなたたずまいとなっている。
(な、なんだ?)
しかし、それが逆に怖くて仕方がない。
ゆっくりと近づいてくる男に若干気圧されながらも何を聞いたのかを知るために口を開くのを待つ。
そして、ウォーレスは告げた。
「帝、先ほど新たな情報がきました。ゴットハルトが探索に向かわせていた山脈の北西にて……グランディア帝国の兵を見つけたそうです」
「……え?」
何を言ってるんだとでもいう様に秋貴はウォーレスを見るが、彼は噛み締めるように再度口を開く。
「グランディア帝国の兵の亡骸が見つかったようです。それに、グランディア帝国ではない兵も複数あったとの報告が」
それは、秋貴がゲームで知り合ったフレンドである『ヒオウ』の国の名前。
ここ異世界に来る前の大型イベントで同盟を組み、行動していたあの国の名前が出て、すぐに言葉が出てこなかった。
それでも、震える体を総動員して聞かなければいけない。
「どういう、ことなんだ?」
「争っていたという事しか今は分かりませぬ。そこには生きている者はおらず、ただ
「そんな……」
もしかしたらヒオウもこの異世界にきているのかもしれない。いや、最悪ウォーレスの先ほどの報告にヒオウがいる可能性もあると嫌な想像をしてしまい、秋貴は信じたくないのか蒼白になる。
交流らしい交流はネットでのチャットのみで顔を見たことはないが、それでも親しくなった知り合いなのだ。
それが、先の報告で嫌が応にもヒオウの死体をイメージしてしまう。
(ダメだ、悪い方向に考えるな。まだそうと決まった訳じゃない!)
悪い予感を振り払うように首を振る秋貴。
そうしている秋貴に、ウォーレスは目を覚ますような言葉を発した。
「帝、まだ最悪な状況ではありませぬ」
「っ!!」
ハッとしたように顔を上げた秋貴に、目の前の男は頷いて答える。
「その亡骸がある場所から離れていく足跡が多数発見されたとも報告されております。もしかしたら、グランディア帝国の者たちはまだ生きている可能性があります」
「…………」
それを聞いた時、先ほどまで動揺していた秋貴は落ち着くように深く息を吐く。
そして、真剣な表情で目の前の西洋武士を見た。
それが何を意味しているのかを察したのかウォーレスは少し躊躇したようだったが、秋貴ははっきりと告げた。
「グランディア帝国を助けよう」
「帝、よろしいのですか?」
まるで反対するかのようなウォーレスのその言葉。
だが別にグランディア帝国を見捨てると思っているわけではない。
ただ、彼(か)の皇帝が覚悟もなく感情に左右された発言をしていると思ったからこその言及だった。
そんなウォーレスに対して秋貴はそう言われるのが分かっていたのか、一つ頷くと毅然と答えた。
「うん。グランディア帝国は、ウルスラグナ皇国とは今は同盟国となっている。まだここの周辺に対しての情報がないから不安があるけど、だからこそ帝国を助けて協力し合えばそれを取り除けるかもしれない。それに、国がこうして転移しているのなら、あっちの国もそうなっている可能性がある。交流できる国が元々同盟を組んでいる相手であれば今後を考えても助けにいった方がいいと思う」
「…………」
「俺は、だから……助けに行きたい」
秋貴は話すうちに俯いていき、最後には絞り出すような声でそういった。
彼の話す内容は、憶測にすぎない。
しかも理屈を考えながら理由を言ってるが、ウォーレスから見れば感情的に助けに行きたいのが丸分かりで、もっともな理由を付け、さも利益があるように言っているようにしか見えない。
だがそうと分かっていてもウォーレスは立ち上がり、臣下としての礼をする。
何をおいても守ると誓ったのだ。だからウォーレスは秋貴に覚悟を聞いた。
よろしいのですか、と。
その答えは出た。
ならば後は進むだけだ。
ウォーレスの守護する皇帝の為に、自らの力を使う為に、彼は熱の籠った声で告げた。
「その
それが意味することを理解した秋貴は、身震いした。
もう止められない。止めることは出来ない。
それでも、この気持ちに嘘など付けない。秋貴は強張ったような表情でうなづいた。
「……頼んだよ」
「御意」
こうしてグランディア帝国を助けるためにウルスラグナ皇国は動く事になる。
そしてこの行動が、後世に戦国時代と言われるほどの大陸戦争を招くことになるなど、この時はまだ誰も知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます