第3話 皇帝としての覚悟
ウルスラグナ皇国の皇帝となる事を決意した秋貴は、それからはウォーレスと他愛のない話をしていた。
といっても、ゲームとの整合性の確認というものだったが。
また、その間に天井に張り付いていた子蜘蛛のシィルはというと、割って入ってきては頭に乗ってきたり、糸を使って驚かしてきたりと遊びに余念がない。
最初に頭の上に乗られた秋貴が声にならない悲鳴を上げて、シィルを喜ばせたのが原因かもしれない。
それはそれとして、秋貴とウォーレスは待っていた。
待っていた、という事は既にその待つことになった要因の一つが来たからである。
だが、その要因である人物、右大将軍の「竜種」エリス・ドラゴニアは秋貴たちのところへと来て早々、何故か切れていた。
「おい、サムライ。どういう事だ」
「おっと、そういえば忘れていたな。面目ない!」
「貴様……」
(ええー、なんでいきなり切れてんのこの人!?)
あまりの怒り様に金髪が揺らめいている様な錯覚を起こさせる。しかも、手には刃の部分が大きなハルバードという武器を持っている。まさに臨戦状態。
シィルもさっきまで秋貴を驚かすのに楽しんでいた筈が、エリスが来た瞬間に天井の隅(すみ)に張り付いて出てこなくなった。蜘蛛ならではの素早さである。
「奴を私のところに寄こしたのは貴様だろう?」
「まぁ、この状況であるからな。あ奴であれば我が空いた穴を埋められると思って支援に向かわせた」
「奴と私を一緒にする時点でこうなる事は分かっていた筈だぞ?」
「そこは分かっていてもしなければいけない場面だったという事だ」
「…………もういい、面倒だ」
ウォーレスとエリスの言い合いは、唐突に終わった。
エリスは諦めたかのようにため息をつく。これ以上話しても意味がないという感じになり、面倒になったようだった。
エリスは手に持っていたハルバードを放り投げると、近くにあったソファへと身体を投げるように座る。
投げられたハルバードは、秋貴がギョッとしている間に粒子となって消えてしまっていた。
どうやら、魔法によって作られた武器だったらしい。それを見た秋貴は、魔法半端ねぇなどとつぶやく。
だが、それに感心している場合ではないと思ったのか、秋貴が二人の会話に出てくるもう一人の人物が気になってこっそりとウォーレスに聞いた。
「あの、一体誰の事を言ってるんですか?」
「ああ、これは申し訳ありませぬ。我らが話していたのは十将軍の一人、ゴットハルト・ノイラートという者です」
その名前を聞いて浮かんだのは、ある人種族の魔法騎士だ。
典型的な魔法騎士として育てたが、人種族の特性である万能性を活かした性能をも持っている。
そういう事で、様々な武器や基本的ではあるが魔法をも扱えるという中々使い勝手の良いキャラとなっているのが先ほど話に出ていたゴットハルト・ノイラートである。
十将軍とは、序列として左右大将軍の次の
そして、十将軍という名前からしても分かるようにその魔法騎士は十人の将軍の一人だ。
だが、そのゴットハルトが関係しているだけで何故こうも険悪な雰囲気となるのか良く分かっていない秋貴。ゲームでは人格や人間関係などを設定する項目などなかったから余計にだ。
「えっと、そのゴットハルトさんとエリスさんって仲が悪いんですか?」
「仲が悪いと申しますか……一方的にゴットハルトがエリスを目の敵にしているのです」
「どうしてそんなことに」
「まぁ、原因はエリスが右大将軍になった事でしょうな」
「……あ」
それを聞いて秋貴はつい声に出してしまった。
(そうだ。そういえば、エリスが仲間になる前はゴットハルトを右大将軍として使っていたんだった)
そう、ゴットハルトは当初万能型で能力も軒並み高く、ウォーレスとの連携も良かったので右大将軍として使っていたのだ。
それが、エリスを仲間にして能力を見ると、「慢心」のバッドステータスを補って余るくらいのものであり、攻撃力に関してはウルスラグナ皇国でトップだった。
そのため、右大将軍をエリスに付けた。右大将軍が剣の役割、左大将軍が盾の役割として考えていただけに即決していた。
「右大将軍としての地位は、ゴットハルトにとって帝から頂いた誇りあるものとよく言っておられましたからな。その地位をエリスに奪われたのが許せないのでしょう。それ故、ゴットハルトは何かとエリスに対して……まぁ、良く絡むことが多いのです」
(うわぁ、右大将軍を変えただけでそうなるの? え? これってもしかして俺のせい?)
あまりの事に引き攣った表情となる秋貴。冷や汗も出てきた。
ワンクリックで変更可能な左右大将軍の地位が、まさかこういう事になるとは思ってもいなかった次第である。
「おい、サムライ。私は
「おお、そうであったな。では早速、帝の置かれている状況を話そう」
そこでエリスが焦れたのか、ウォーレスに対して早く話せと催促する。
催促しているのだが、言葉とは裏腹にソファに座っているエリスの態度は気だるげだ。
本当にこれで話を聞こうと思っているのだろうかと疑問を抱かざるを得ない秋貴。
そう内心思いつつも、秋貴はウォーレスと一緒に先ほどまで話していた事をエリスに伝えた。
「ほう……
「そうだ。帝はそう決意された」
「はい。だからエリスさんにも力を貸してほしい」
ここでエリスにも助力を得られれば、更に心強い。ゲームとはいえ、彼女の力は知っているだけにウォーレス同様頼りになるのだ。
だが、真剣に伝えた筈なのに何故かエリスの機嫌が悪くなっている。
あれ、何かおかしなこと言ったか? などと一瞬思った秋貴だったが、その理由はすぐに分かった。
「……言葉」
「え?」
「その言葉遣いをやめてくれ、主よ。正直、私にとってそれはあまり良い気分にはなれない」
「おぉ、エリスもか。我も正直、帝に丁寧な言葉を掛けられるのは少々落ち着かない気分になる」
「え、でも……」
躊躇して、また戸惑う秋貴に、いつの間にかエリスは先ほどまでの気だるげな態度ではなく、真っ直ぐと彼を見ていた。
「いいか、主よ。皇帝を演じるのであれば、下の者に対してそれはしない方が良い。それだけで主が軽く見られ、ひいては国そのものも軽く見られる事になる。たかが言葉遣いと思わないで欲しい」
「……」
ウォーレスはともかくエリスの外見は少女とも言える容姿だ。
精神的に秋貴よりも成熟している二人に対して無意識に出た言葉遣いだったのだが、どうも二人にそれは受け入れられない事らしい。
しかし、エリスの軽く見られるという言葉に対して秋貴は納得する。
確かに、皇帝が臣民に対して
演じるという事を決意したのならそのことにも気を付けなければいけないのに気付いて、頭を抱える。
それでも、やると決めたのだ。
秋貴は暫くして二人に頷いた。
「わ、かった。……次からは気を付ける」
ぎこちないながらも頷いたのを確認したウォーレスとエリスは、その瞬間、どこか助かったとでもいうように息を吐いていた。
ここで拒否されてしまったら説得しなければならなかっただけに、すぐに理解して貰えて安心したようだった。
そして、一区切りついた所でウォーレスが咳払いをする。
「さて、帝の件は今はこのくらいにして……後はエリス、
「ん? あぁ、この国の周辺の情報か」
「そうだ」
再びソファへと気だるげにもたれ掛かるエリス。
ウォーレスに情報を聞かれて何か嫌そうに顔を歪ませたが、そうしながらも周辺についての情報を話し始めた。
「主とサムライが離れた後の事から話すとなると……そうだな、ルイとロイの二人にまず索敵をさせた」
(ルイとロイ? それってエリスの補佐役となるように副将軍として付けた人種族の男と女の名前だったような……)
いきなりその二人の名前が出て首を傾げる。
秋貴が疑問に思ったことを正確に理解したのだろう。エリスは肩を竦めた。
「まぁ、その二人については後で紹介するから今は話を続ける」
「あ、はい……じゃなかった、わかった」
一瞬、エリスの眼が座ったように見えて慌てて言い直す。
とりあえずは今ここが何処なのかが優先しなければいけない事なので、秋貴は素直に従う。
「結論からいうと、あの場所の近くに一つ砦があるのが分かった。場所から言うと、ここから北西の位置だ」
「やはり、今までと違うという事か。転移した後の近くに何処の国かもわからぬ砦があるのは初めてだからな」
(まぁ、オンライン対戦でそんな近くに敵の砦があったら即行戦争で、駆け引きとか楽しむ事なんてできないからなぁ)
二人の会話を静かに聞きながら頷く秋貴。だが、微妙に真剣味が足りていなかった。
考えるように腕を組むウォーレスは、続きを促す様にエリスを見る。
それに彼女は分かっているというように口を開く。
「とりあえず、その砦には近寄らずに別の場所を探索するように命じた。まだ他にもあるかもしれないし、地図を作るのに地形を把握しなくてはいけないからな」
「まぁ、そうであろうな。今は様子見をしていく他あるまい。幸い、今天候がそこまで良くない
ウォーレスとエリスが二人してあれこれと話している中、秋貴は黙ってそれを聞いている。
むしろ、どう入っていいのかもわからない。戦争のイロハも知らない秋貴にとっては口を開いても見当違いな事を言うだけでしかないと本人がよく知っている。
だからこそ、二人の会話からなるべく状況を理解しようと集中して聞く様にしていた。
「他に、見つけた砦の森を挟んだ東側に湖があった。森には獣がいたが、魔獣の
「そうであるか。あ奴であれば問題はないであろうが、我と会った時にどんな顔をしてくるのか正直憂鬱ではあるな」
やれやれというように首を振るウォーレスに、エリスは冷たい目で一瞥をくれた。
自業自得だとその瞳が語っているのが良く分かる。
それを受けた男はすまんというように手を挙げた後、あっさりと流す様に話を進めた。
「地図については後で我の部下に先ほどの情報を伝えて作らせよう。そういう事で、帝はゴットハルトが持ってくる情報を聞いてから
「えっと、
急に話を振られて戸惑う秋貴だが、さらに命令してくれと言われて動揺するようにエリスとウォーレスを交互に見てしまう。
それを見かねたのか、エリスが少し姿勢を正してから口を開いた。
「今はむやみやたらと探索しているが、それは現状そういう手段しか使えないからだ。この後に詳しい情報が入り、どういう事をしてどう動くのか。また、砦があったがそれに対しての対応はどうするのか。その判断は主が行うことになる」
「左様、だから我らが帝へ渡す情報を
「ちょっ、そ、それは演じたばっかりだから、最初くらいはウォーレスかエリスのどっちかが決めちゃっても良いんじゃないのか?」
重すぎる例えに動揺しすぎてどもってしまった秋貴だが、エリスとウォーレスの二人ともが首を振って否定する。
「あくまで我らは提案しているだけ。決めることは出来ませぬ。決めるのは帝、貴方様だけであります」
「そうだな。主が下の者の言葉に流されてしまっては示しがつかない。そうしてしまえば、最後には誰もついてこなくなってしまう。だからこそ、主が自分で決めることに意義がある」
「…………」
直接的な二人の言葉に、秋貴は押し黙る。
そんな彼を前にしても、ウォーレスは言葉を止めなかった。
「演じると言って下さった矢先に、こういう責任を負わせてしまう事には申し訳なく思います。ですが、それが皇帝という立場なのです」
国を背負う者は誰もがその役割を演じてきた。想像も付かないほどの重圧を感じながらも、それを行ってきたのだ。
「…………うん、そうだよ、な」
秋貴は無理に笑ったのかその表情はぎこちない。
だが、それは表面だけでも取り繕おうとした結果だ。自分から皇帝を演じると言ったのだ。
覚悟のないままだが、ウォーレスたちの力になりたいと思って決めたのだ。
なら、今度はここで覚悟がないという甘い事を捨てるしかない。
背負いたくもない重圧から逃れたいと思っても、もう逃げられないだろう。
しかし、それでも、少しでもその決意が揺らがないように秋貴は、万感の思いを込めて口を開く。
「わかったよ。ちゃんとウォーレス達の事を考えて、決める」
「かたじけなく思います」
「感謝する、主よ」
二人は立ち上がると揃って臣下のように礼をとる。これがあるべき形なのだと見せている様にも見えて、秋貴は居住まいを正した。
これからどんな事が起きてもそれは全て秋貴の責任になる。
だからこそ、今は形だけでもそれらしく見せたかった。それが見栄でも構わなかった。
そして、顔を上げた二人が真摯に秋貴を見る。何だろうと思う間に二人は言葉を発した。
「主よ、安心してほしい。主の心配など杞憂のものであると私達が証明してみせよう」
「左様、帝が下知されたのならば我らは
それが二人なりの秋貴に対してのエールなのだと気づく。
そんな頼もしい二人の言葉に秋貴は、感謝の言葉を込めて目一杯の威厳を見せるように頷いてみせた。
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