第6話
武官に伴われ、『雀蜂』たちは広間のあった館を出た。
そのまま武官に付き従い、向かった先は守備隊の詰め所。
武官は兵士の敬礼を受けると、そのまま詰め所の中に入る。
「お? 『雀蜂』じゃないか? 『薬屋』も! そうか、西門を守ったのはお前たちだったのか」
そう声をかけてきたのは東門にいた衛兵だ。
「無事だったんだね!」
『薬屋』が嬉しそうに応える。
衛兵は頷くと膝を軽く撫でた。
「俺は東の担当だったからな。西にいた奴は災難だった」
「そうですか……」
「いや、それでもお前たちのおかげで街への被害は少なくて済んだ。礼を言うよ」
「何をしているのです?」
武官の声に『雀蜂』は片手を上げる。衛兵も片手を上げて歩み去る。
一行は詰め所の中へと入っていく。
詰め所の中の通路を抜け、奥まった部屋に武官は入る。そして全員が入るのを待って、その扉を閉めた。
真ん中に大きなテーブルのある、それなりに広い部屋。
高いところにある窓からの光で部屋の中は明るい。
「さて、早速だが仕事の話に入ろう」
武官は一番奥でテーブルに手をかけると一行を見渡す。
部屋の中に椅子はなく、全員が立ったままでテーブルを囲む。
武官の右側には『雀蜂』と『薬屋』が、左側には『名無し』が立った。
「まず確認だが、この隊の代表はあなたでいいのかな?」
そういって武官が目を向けたのは『雀蜂』だった。
武官の視線に『雀蜂』は首を横に振る。
「違うわ。そもそもあたしたち、隊ってわけじゃなかったんだもの。この子は弟だけどね」
そう言われた『薬屋』が弾むように頭を下げる。
武官は少し口元を緩め、それから小さく咳払いをした。そして『雀蜂』に視線を戻す。
「あなたが『雀蜂』、弟君が『薬屋』でまちがいないか?」
ふたりが頷いて見せる。
「そしてあなたが……ええと……『名無し』?」
『名無し』が頷く。
「変わった通名だな」
武官の言葉に『名無し』は無言で武官に顔を向ける。
「まぁいい。とりあえず代表者を決めておきたい」
「あなたでよろしいんじゃないですか? 武官殿?」
『雀蜂』が告げる。
しかし武官は首をひねり眉間にしわを寄せた。
「うん……どうしてもといわれれば引き受けるのはやぶさかではないが、あまりいい選択とは思えないな」
その言葉に『雀蜂』は目を見開き、それから少し目を細めて改めて武官を凝視する。
「なぜです?」
「わたしは目付として派遣された。監視役の目付が隊を指揮しては意味がない。それにわたしは軍の指揮経験はあるが冒険者の隊を指揮したことはない。あなたたちに軍隊式を押し付けてもうまくいくとは思えない」
「へぇ……」
『雀蜂』は息を軽く吐いて微笑む。
「何かおかしいか?」
「いいえ。中央の武官なんてもっと頭の堅い方かと思ってたもので」
「いや、わたしの頭は堅いぞ」
そう答える武官の口元が、しかしわずかに緩む。
「ただ堅いは堅いなりにどうすればうまく任務を遂行できるか考える。それが職務だからな」
「職務ね。でもそう割り切ってもらえるのは助かるわ」
『雀蜂』は微笑みながら頷いた。
「そういうことなら武官殿に決めてもらえばいいんじゃないかな」
『薬屋』が告げる。その言葉に『雀蜂』も頷く。
「そういわれてもあなたたちのことを良く知らん」
「仮ってことで適当でいいんじゃないかしら」
『雀蜂』の言葉に武官は小さく息を吐いた。
「適当、適当か。なかなか難しいことを言う。適当は丁度良く合うことだぞ? まぁ違う意味で適当と言ったのは理解しているがな」
それから武官は三人を見渡し、その視線を『名無し』に止めた。
「あなたがやってみるか?」
その言葉に『名無し』のいつもは固く閉じれれている口が、かすかに開いた。
「報告では西門でサイクロプスを含む敵を押しとどめ、その攻撃にことごとく耐え抜いたのがあなただとなっているが、間違いないか?」
『名無し』は少し首を傾げ、それから『雀蜂』と『薬屋』に顔を向ける。
「間違いないわ」
「本当にすごかったんです!」
答えるふたりを見て、『名無し』は小さくうなずく。
その様子に武官は首をひねるが、それでも頷いて返した。
「護手なら矢面に立つことも多くなるし、その判断を自分でできるのも良いだろう。冒険者としての経歴も長いようだし、今更年功序列を言い立てるつもりもないが、それを判断材料から外す言われもない」
再び二人に目を向ける『名無し』。
ふたりが静かにうなずくと、『名無し』も静かにうなずく。
「わかった」
「主体性の無さが少し気になるが、独走するよりは良いか」
武官はそう告げると大きくうなずいた。
「よし、代表も決まったところで本題に入ろう」
「ちょっとまってください」
武官の声に『薬屋』の声が重なる。
「なんだ? 何か不服か?」
武官の言葉に『薬屋』は首を横に振り、そうしてから縦に振った。
「僕たち、あなたの名前も聞いてませんよ?」
「ん?」
少し眼を見開いて武官が『薬屋』を見る。
それから三人を見渡して、帽子を脱いだ。
「これは失礼した。どうもわたしは自分のことをおざなりにしてしまうたちでな」
武官は姿勢を正す。
「わたしの名は……」
そこで言葉を切り、そして少し口元を歪めた。
「いや……そうだな。ここはあなたたちに倣うとしよう」
その言葉に三人は顔を見合わせ、そして再び武官に顔を向ける。
口元を歪め、小さく咳払いをする武官。
「『名無し』『雀蜂』『薬屋』これらはあなたたちの通名で本名じゃない」
「でも本名以上のものよ」
『雀蜂』の言葉に武官は頷く。
「そしてそれは仲間に付けてもらうものだそうだな?」
「そうですね」
『薬屋』も頷く。
「ならそれに倣ってわたしも好きに呼んでくれて構わない。一時的とはいえ、わたしも冒険者の仲間となるのだからな」
そして口元を大きく歪めて三人を見渡した。
「なんでもいいぞ? 『武官』でも『軍人』でも、なんなら駆け出しの冒険者同様『おまえ』でも構わんぞ?」
再び見渡す武官。歪めた口元が楽し気に弾む。
『雀蜂』は肩をすくめ、『名無し』は相変わらずの無言。
そこに『薬屋』の明るい声が飛び出した。
「じゃあ『レディ』はどうでしょう?」
「『レディ』?」
武官は少しはにかみながら首をひねった。
「なんとも光栄な通名だが、なぜ?」
「えっと、武官殿は貴族ですよね?」
『薬屋』の問いに武官はさらに首をひねり、そして静かにうなずいた。
「確かに下級ではあるが爵位を有する家系ではある。しかし一介の武官に過ぎぬわたしが貴族などとどうして思った?」
「なんとなく雰囲気で……」
『薬屋』は頭を掻きながら、少し歯切れ悪くそう答えた。
「まぁいいじゃないですか『レディ』」
『雀蜂』が『薬屋』の頭を叩きながら後を継ぐ。
「弟はその仕事柄目端が利くんです。それに結構いい通名だと思いますよ?」
「まぁ、確かにそうだな」
武官もその言葉にうなずいた。
「わたしなどにはもったいないぐらいの通名だが、皆が良ければそう呼んでもらおうか」
見渡す武官に対し、三人はそれぞれに頷いて見せる。
「では、『レディ』だ。これからよろしく頼む」
そういうと『レディ』は手に持っていた帽子をかぶり直した。
「さて、改めて本題に入ろう」
そういうと『レディ』は部屋の隅に立ててあった丸めた地図をテーブルに広げた。
「おっと、『名無し』、場所を変わろう。貴殿が代表だ」
「いや、このままでも」
そう告げる『名無し』を無視するように『レディ』は『名無し』の場所へと移動し、名無しを自身がいたテーブルの上座へと押しやった。
「些細なことかもしれないが、形というのは結構重要だ。いや、この考えも軍隊式か。余計なことだったか?」
「まぁ良いんじゃないかしら」
「問題ないです」
ふたりが同意を示すと『レディ』は頷いた。
「では説明させていただく。よろしいか? 『名無し』」
「……始めてくれ」
『名無し』はゆっくりと頷いて見せた。
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