第5話
太い木の柱。
高い天井。
奥行きの深い広間。
柱にはそれぞれ松明が掲げられている。
広間の中にはテーブルも椅子もなく、ただ床には豪奢な作りの絨毯が敷き詰められていた。
『雀蜂』たちはその中を部屋の奥へと進む。
部屋の両脇には兵士が立ち、奥には身なりの良い人物も見られる。
広間の奥、一段高くなったところに背もたれの高い椅子があり、そこにこの場で一番身なりの良い男が座る。
椅子の脇には豪奢な鎧を着た男が立っていた。
椅子の座っているのがこの街の領主だ。
そして脇に立つ鎧の男に『雀蜂』たちは見覚えがあった。
たしか中央から来たという人物。
「お召しに預かりまかりこしました」
『雀蜂』とその一行は領主の前に傅くと首を垂れる。
「来たか。ご苦労」
領主は椅子にもたれかけたまま、『雀蜂』一行を一瞥する。
「しかし冒険者はいつみてもむさくるしい格好をしているな」
『雀蜂』が言葉を発するよりも先に、領主が手を差し出してそれを制した。
「無論貴様たちの【平装御免】の特権は知っている。冒険者が多い街なのでな。咎め立てするつもりも毛頭ない。しかしその特権と個人的感想は別だろう」
「あたしたちの服装はお気に召しませんか?」
『雀蜂』は顔を上げると領主を見つめ、微笑む。
領主は小さく鼻を鳴らした。
「まぁいい。詮無きことなのは認めよう」
領主が少し視線を脇へと反らし小さく頷くと。控えていた役人が静かに進み出て革袋を『雀蜂』の前に置いた。重々しい金属の擦れる音が微かに響く。
「まずは西門での活躍大義。報奨を取らせる」
「確かに」
『雀蜂』は革袋を手に取ると、そのまま後ろにいる『薬屋』に渡した。
「それではあたしたちはこれで」
再び首を垂れ、立ち上がった三人に対し、領主が手を上げた。
「いや、しばしまて」
「なにか?」
向き直る『雀蜂』。
「仕事を頼みたい」
「仕事?」
「うむ」
領主は小さくうなずき、脇に立つ人物を見た。
「将軍がお前たちに任せるのが良かろうというのでな」
領主の言葉に中央から来たという人物が鷹揚にうなずく。
「しかし本当にこの者たちで大丈夫なのでしょうか?」
「領主殿の懸念もわかる」
その人物、将軍は頷いた。
中央から来たというのが確かなら、中央直属なのだろう。
そして中央直属の将軍ともなれば、形式的には領主の下だが、実質的には地方都市の領主より上にある。
ゆえに領主も将軍の言葉は無下にはできない。
「確かに冒険者は胡乱な輩の集まりではある。しかし出自と技量は別に評価すべきですぞ。そしてこやつらの技量に関しては間違いない。技量ある者はだれであれ活用するのが上に立つ者の力量というもの」
「ですが、多数の兵を動員して一気に押しつぶしてしまった方が良くはないですか?」
「何事も適材適所。羽虫を潰すのにバリスタを撃ってもうまくはいくまい?」
「なるほど」
「もうしわけありません」
ふたりの会話に『雀蜂』が割って入る。
「話が全く見えてきません」
「うむ、そうだな」
領主は小さく咳を払う。
「詳しくはわしから話そう」
将軍が一歩前に歩み出し、領主に目を向ける。
領主は頷いた。
「先のオークの襲撃だが、奴らに入れ知恵をしたやつがいたのだ。そこまではつかんでいた」
「つかんでいた?」
『雀蜂』は聞き返す。少し引っかかることがあったからだ。
将軍は少し顔を歪め、それから頷いた。
「察しが良いな。まぁいい。はっきり言えばオークごと、そ奴を潰すのが目的であったのだ」
「で、取り逃した?」
「はっきり言うな。不敬だが嫌いではない」
「それでその尻拭いをしろというわけですね?」
「奴が遺跡を根城にしているのはつかんでいる。どぶさらいはおぬしたちの十八番であろう?」
言い放つ将軍。
その態度は尊大の一言に尽き、その言葉もあからさまに冒険者を卑下していたが、不思議とその色に侮蔑的なものは感じられず、どこか温かみさえもあった。
「報酬は無論弾む。否やは認めぬがな」
その言葉には『雀蜂』も肩をすくめるよりほかなかった。
「おっとそれからな」
「まだなにか?」
「うむ。目付を同行させる」
将軍の言葉に人影がひとり、居並ぶ兵士の奥から歩み出た。
背の高い軽装の兵士。
その身なりから兵卒ではなく武官であることがうかがえる。
腰には簡素ながら質のいい装飾の施された細剣。
小さなひさしのついた円筒形の帽子。
金色の髪はきれいに纏められ、帽子の中へと押し込まれている。
うなじには納まりきらなかった髪がかかっていた。
武官は将軍に向くと右手を胸に当て礼を取る。
それから領主に向かい頭を下げ、『雀蜂』一行に顔を向けた。
黒目の小さい鋭い眼差し。
「仔細はその者に伝えてある。では任せたぞ」
「おまかせを」
良く通る少し低い声で武官は再び礼を取る。
将軍は大きくうなずくと、領主に顔を向け小さく首を縦に振った。
領主もそれに応えて頷く。
そして椅子から立ち上がると『雀蜂』一行を見る。
「大儀。もう下がってよい」
そう告げると領主は将軍を伴って広間から退出した。
「よし、ついてこい」
領主たちを見送った武官がそう告げると一行の間を抜けて広間を出口へと進む。
『雀蜂』と『薬屋』は顔を見合わせると『名無し』を見る。
『名無し』は無言でその視線を武官へと向けると、ゆっくりと顔を戻す。
ただその肩が、感情に乏しい『名無し』にしては珍しく、小さく上に持ち上げられた。
「どうした!」
声を上げる武官。
三人は頷くと、すこし足早に武官の後を追った。
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