ごめんな、シャルロッテ

高山 響

ごめんな、シャルロッテ

 「シャルロッテ、大事な話があるんだ」

喫茶店の隅で僕は付き合ってもうすぐ4年となる彼女の眼を見る。

「大事な話?なに?結婚のあいさつの話?」

「実はシャルロッテ……僕は他に好きな人が出来てしまったんだ」

「え……嘘でしょ?だって…あなたこの間結婚しようって言ってくれたじゃない」

シャルロッテのカップを持つ手が震えている。

「君のことは愛していた。だけど、他に好きな人が出来てしまったんだ。君にはもっといい人がいるはずだ。僕のことなんて忘れて他の人と幸せになってくれ」

その言葉を言い終えるとガシャンという音が鳴り響く。遅れて熱い液体が僕の体にかかったことを感じる。

「…もういいわ……あなたの事なんて好きになるんじゃなかった。もうその顔を見せないで」

彼女は僕に勢いよく言葉を吐き、荷物を纏め喫茶店から出る。

「ごめんな……シャルロッテ……」

僕は大丈夫かと聞いてくる店員に謝罪をし、金を払い家に向かう。


__________


「あなたはもうすぐ死んでしまうと思います」

彼女にプロポーズをした次の日僕は病院でその言葉を聞いた。なんの冗談だ。もうすぐ死ぬ?冗談でもそんなこと言わないでくれ。胸中ではそんな言葉が渦巻く中、確信に近い考えが僕の中にはあった。

「先生、僕の体は健康そのものです。もうすぐ死ぬなんてありえないですよ」

「いいですか?あなたの病気は癌のようなものでも、今ある病気にも当てはまりません」

「では、なんで死ぬなんて分かるんですか?」

「あなたは普通の人より体が老いるのがとても速い。老いているように見えるというわけではなく。事実上現在のあなたの体の中身は六十台のものなんです」

「……そんな話……信じれるわけないでしょ……」

「詳しい話は色々纏めて後日お話します。今日は家に帰られたほうがいい」

医師に促されるまま僕は荷物を纏める。

「最後にいいですか?先生……」

「何でしょうか?」

「僕はあと何日生きることが出来ますか?」

「……わかりません。あなたが何歳まで生きることが出来るかは神様しか知らないでしょうから……ただ……一年……一先ず多く見積もっても一年ぐらいあれば良いほうでしょう……」

「そう……ですか……」

一年……僕はその言葉を頭の中で反芻しながら病院を後にした。


__________


病院で寿命のことを告げられてから数日たった。シャルロッテがしばらくこの家に帰ってこないために僕の生活は悪化していった。

「チッ……また無くなった……」

今まで吸ったことのなかった煙草を吸うようになり、酒を飲むことを繰り返し、家はいつの間にか酒の空き缶とタバコの箱が散乱していた。

「……シャルロッテ……」

冷蔵庫に貼ってある一枚の写真を見る。僕とシャルロッテが付き合って二年頃の写真だ。僕とシャルロッテは記念日に旅行に行くことが多かった。二年目の記念日、彼女は僕にサクラを見るために日本に行こうと言った。彼女は花が好きな人だったから直接見たかったのだろう。確かに、彼女と見たサクラはとても綺麗だった。

「もう一度……見に行けたらな……」

身体がふらつく。死に一歩また一歩と近づいているのを感じる。

「……シャルロッテ……ごめんな……」

彼女を僕から離れさせるためにデートをしようとメールを送る。彼女に嘘を吐きたくはないが、これでいいんだと僕は自分に言い聞かせながら……。


__________


「これでよかったんだ……僕が死ぬことで悲しませるより……最低な男として忘れさせたほうがいいんだ……」

彼女に嘘を吐き、これでいいと自分に言い聞かせ続けていると体から力が抜ける。

『あぁ……これで僕は死ぬのか……』

意識が薄れる中僕はシャルロッテのことを思い続けた。


__________


ピッ……ピッ……

耳に病院でよく聞く機械音を感じる。

「先生!この人は助かるんですか!?」

『この声は……』

聞き覚えのある声に意識を引き戻される。薄っすらと目を開けるとそこにはシャルロッテがいた。

『あぁ……なんで君がここにいるんだ……』

喉が渇き、声という声が出ない。ただ、あんな別れ方をしたのになんで君がいるのか疑問だけが頭の中でぐるぐる回る。

「わかりました。あなたがこの方と結婚を前提として付き合っていたのは聞いていました。お話ししましょう。××さんはもう助かりません。明日を迎えることが出来たらいいほうでしょう……」

シャルロッテは泣き崩れる。

『君には……僕のことで悲しんで欲しくなかった……』

身体は動かない、声も出ない。ただ、彼女を見続けることしかできなかった。


__________


夜も更け、僕は変な夢を見た。

『夜が明けるまで、君最愛の人に、言いたいことがあるんじゃないか?』

誰が問いかけてきたのかわからない。ただ、その言葉は間違っていない。

『なら、あと少しだけ時間をあげよう。だから、悲しい別れ方だけはするんじゃないよ?』

その言葉が耳に届くと同時に意識は夢から覚める。


 「ぁ……」

目が覚め、夢の言葉を思い出しながら声を出す。普段の声に比べたら聞けたものじゃないがなんとか話せる。

「シャルロッテ……」

彼女は泣き疲れた少女のように、ベットに伏せて寝息を立てている。

「ごめんな、シャルロッテ、君のことを僕は傷つけた。僕のことで君に悲しんで欲しくなかった。こんな僕を許してほしい……」

「いいのよ、それよりも、そんな大事なことを黙られていたことに怒ってるわ」

シャルロッテはいつ目を覚ましたのか、体を起こす。

「ねぇ、××……あなたはもう死んでしまうの……?」

「そうだね……僕に残されてる時間はあと少しだ……」

彼女は不安そうな顔をするなか僕は彼女の頭を撫でる。

「シャルロッテ、僕は君のそばにいる。死んでも君のことを見守っている。だから……すぐじゃなくていい。死ぬまでに幸せになってくれ。君の幸せになった所を見ないと僕はオチオチ眠れないから」

僕は軽く笑いながら言う。

「……わかったわ……でも忘れないで?いつまでたっても私の一番は貴方なんだから」

「あぁ、分かったよ、僕の一番もずっと君だ」

夜が明け始める。僕の意識が薄れていくのを感じる。

「あぁ……もう時間のようだ……」

「そうなのね……おやすみなさい……××……」

彼女が涙を流しながら僕に告げる。

「あぁ……おやすみ、シャルロッテ……」

その言葉と共に僕の意識は身体から離れた。


__________


「ちゃんと告げられたかい?」

「あぁ……ありがとうな、神様」

本能的にこの人は神様なのだろうと分かった。

「これから、どうするんだい?」

「そりゃ、彼女のことを見守り続けるよ」


                       Fin

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ごめんな、シャルロッテ 高山 響 @hibiki_takayama

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