天使の少女はクリスマスに街を歩く 外伝

露木 天葉

少女にクリスマスを教えたのは

あの子が普通の女の子と同じように泣いていたら、あのとき私はあんな行動には出なかったかもしれない。

「ブース!ブース!」中学校の帰り道のことだった。テスト週間でたまたま早く帰っていて、たまたま、小学生の下校時刻と重なった。そこで、まあ、私の時にもよく聞かれる男の子たちの女の子をいじめる声。あー、男子はみんなやるんだなあ、と今となってはむしろかわいげさえ感じる。そんな感想が生まれた時点で私も大人になっちゃった?その歳になったらわかるってお姉ちゃんたちの言葉、本当だったんだなあ。無責任な感想を抱きながら、その場を1度は素通りして角を曲がったのに、なんだかそのまま進むことができなかった。他人事のように自分を納得させようとしたけれど、なんだかもやもやが残る。「…」いいのか、と自分に語りかけられているように感じる。

でも、確かに私は昔は本気で男の子たちの心ない言葉にきずついたはずじゃなかったのか、そうだ、たいしたことないと笑う大人を恨んでもいたはずだ。納得しきれない自分がいた。ごまかされない自分がいた。大人になりきれていなかったのかもしれないし、私は中学せいにしては人より正義感が強かったのかもしれない。

「むう…」とりあえず、声が聞こえる方へと向かう。なにか具体的な策が会ったわけではなく、ただなんとなく、ほおっておききれないだけだ。たぶん、そこによくある光景が広がっていたなら、あの女の子でなければ、確認して、もやもやして、それでも飛び出すほどの決断力はなく立ち去っていただろう。もしかしたらにらむくらいはしたかもしれない。でも、翌日には学校の友達に話して、あー、よくいるよねえなんて無責任な感想を言い合って、無責任さを共有して、なんとか納得して飲み込めただろう。そしてそのうち忘れたんだろう。でも、そうはできなかった。そこには、三つ編みを1本にした、地味な服を着た女の子がいた。その子は必死にまとめただけという感じの三つ編みに、服なんてどうでもいい、という感じの機能的な服装だった。けれど、ダサさや安っぽさを感じないところにいくらかのプライドを感じた。かわいい子だな、と思った。きっとどんどん美人になる。少し様子を見ると、男の子たちは必死な顔でブスとかバカとか叫んでいた。うあー、あの頃はなんで男子はこんなに女子をいじめるのかなって思ってたけど、端から見るとこんな必死に気をひこうとしてるのモロバレだったんだ。こりゃあ、完全に女の子のこと好きだな。この年頃の男子の思考は、女の子がやめてとかきゃあとか叫んで自分の行動に反応してくれるのが、嬉しいらしい。無視されるのがつらいから必死にどんな手を使っても気をひこうとする。

あーあ、駆け引きとか優しさとか、結構簡単なことでその願いは叶うのに、絶対にそれを悟る男子っていないんだよなあ。何度も言うように、それだけのことだったら、よくあることだとか思って素通りしていたかもしれない。そんなもんだよとか、適当に言い訳して、わかるのが大人だなんて言って。それが、そんなことが大人だとしたら、大人になるということは単に言い訳が上手くなるということなのかもしれない。首を突っ込んで深刻な問題にするのを怖がったかもしれない、泣いている女の子に、泣いてるのがおかしいんだよなんて理屈を通すのがどうして許されるというのだろうか。私がそのときその理屈を通せなかったのは、それがよくある光景ではなかったからだった。異質だったのは、いじめられている女の子の表情だった。泣いてもいなければ、叫んでもいない。全くの無視。男の子がそろそろ泣きそうになるくらいの無視だった。強い子もいるな、では済ませられるなかった。私には、とても異質な状態に見えた。心を押し殺すように、全くなにも届いていなかった。男の子の考えに気づいて無視しているわけでもないようだった。本当に、どうでもいいかのように無表情だったのだ。私には、それは本当に泣いているように見えた。本当に、心の底から、助けてって言ってるように思えた。すぅと息を吸う。「辞めなさい!!!」自分でも驚くくらい、大きくて威圧的な声が出た。男の子たちも女の子も、びっくりした顔をしていて、私は少しだけ嬉しくなった。男の子たちを怖がらせたことではなく、女の子をびっくりさせられたことに。よかった、表情変わるんじゃん、声、聞こえてるじゃん。だったら、なにも届かないみたいな顔、するなよ。つかつか歩み寄り、男の子たちがなにかを言う前に女の子の手を取って走り出した。ついでに振り向きざまに男の子たちに仕返しをしておく。「あのね、かわいい女の子の気を引きたかったら優しくするんだよ!」ぐわっという効果音が着きそうな勢いで男の子たちの表情が変わった。図星を疲れて恥ずかしいのか、腹が立つのか、その全部がぐわっと顔に飛び出して、なんとか吐き出そうとするも、小学生男子にはうまい切り返しなど思いつかず、またうるせえ!ブースブース!と繰り返していた。「あははっ」そのまま、男の子たちが見えないところまで走った。角を曲がってさらに進んだところで立ち止まり、女の子の方を振り返る。女の子はうつむいていたまま肩をふるわせ始めた。私はとても動揺した。ちょっと、どうだ!みたいな気分で振り返っていたので面食らった。泣いたのか…と手を伸ばそうとしたら「ふっ…ふふっあはは!あはは!」女の子は大笑いしていて、それを見て私も嬉しくなって、つられて私もまたわらいだした。ふたりでたっぷり大笑いした。一生このまま笑ってるかもなんて思うくらいに。


「ありがとうございました。」ひとしきり笑った後、女の子は私に丁寧にお礼を言った。さっき笑っている姿は小学生らしかったのに、今はなんだか年相応には見えなかったのが不満だった。「ねえ、この近くに駄菓子屋があるの。よっていかない?」この女の子ともっと話がしたくてなんとか提案した。女の子は少し不思議そうに考え込んでいて、私はこの女の子の気をひくにはどうしたらいいか必死で考える。小学生の女の子に伝わる言い回し…私はなんでこの子とこんなに一緒にいたいと思っているんだろう。「ね。一緒に、遊ばない?」女の子はまた少し考え込んで、やっと少し納得したような様子をしてから頷いた。ふたりで駄菓子屋に入って、お菓子とジュースを買って近くの女の子の案内で裏手の公園へいき買ったものをでひろげる。その裏手に公園があることを私は知らなかった。そこで、ふたりでおしゃべりした。というより私が一方的に質問した。どんなお菓子が好き?どんな絵本が好き?どんな教科が好き?女の子は注意深く考えながらそのひとつひとつに答えてくれて、その答え方が誠実さの表れのように感じて私はとても気に入った。さらに私は質問を続けた。家族はどんな人?家でなにをしてるのが好き?女の子は少し困ったように笑って、それには答えず、「中学校ってどんな感じですか?」「中学校?」女の子は頷いて、すごく憧れているものがそこにはあるんじゃないかと、夢を見るような瞳で続けた「なんだかすごく、大人って感じがする。いろんなことができるようになるの?」私はその憧れの瞳になんだか照れくさくなって「全然、大人なんかじゃないよ。小学校と変わらない」「そんなの?」「うん。できることっていうか、やらなくちゃいけないことが増える。ルールはたくさんだし、勉強は難しくなるし、考えなくちゃいけないことがたくさんになるだけ。」「そっかあ」「高校生なら、ルールが減ってやっていいことが増えるんだけど、中学校はそんなことないし。」じゃあ、なにが楽しいんだろう。これじゃ小学校と高校の嫌なところを詰め込んだだけみたい。こんな答えでは女の子がかわいそうになって、私は必死で考えた。「ううんとね…あー、友達かな?あと、部活?大変だけど、得られたらたぶん、大きいものが、あるんだと思う。」あまり自信のある解答ではなかったけど、女の子はその答えが満足だったらしい。「そっかあ…友達、私1人しかいないんだけど、でも、お姉さんの話聞いてると大人になるのに必要な気がしてくる。」「1人?どんな子?」「あ、1人じゃない。1匹。猫だから。」女の子の唯一の友達である猫の話を聞いた。女の子はその猫がいかにかわいいか、どんな予測もつかない行動をするか語ってくれ、とても楽しそうな姿を見て私に私も楽しくなった。「その猫、名前はつけてないの?」「つけてない、呼ばなくても来るし。」「うーん、でもつけた方がいいんじゃない?たぶん、つけてもらったらその子喜ぶよ」別に深く考えて言ったわけではない。その猫にとってこの女の子が大切でも、名前なんか必要としていないかもしれない。でも女の子は猫が喜ぶ、と聞いて考えなければ、と思ったらしい。「どうしよう…」悩んでいる姿が、かわいくて、そんなに思ってもらえる猫は幸せだなあなんて思って「ねえ、その友達に私も入れてくれない?1人と、1匹。」つい、そう聞いていた。女の子は目を輝かせて「いいの?中学生なのに」と聞いた。「うん。私あなたと友達になりたい。中学生でもかまわないよ。」でも、女の子はそれを聞いて落ち込んだような顔になった。「どうしたの?」女の子はしばらく悩み、決意したように顔を上げた。「あのね、さっきお姉さんが聞いたことなんだけど」それから、私はさっきの質問の、答えを聞いた。彼女の父親がどんな人なのか。ところどころで口をはさんで質問し、女の子が駄菓子屋でお菓子やたこ焼きで食いつないでこの公園で過ごしていたことも聞いた。女の子は、友達だからごまかさずに伝えようと思ったらしい。けれど、絶対に誰にも言わないでと誓わされた。「どうして?」「え?」「大人、とかに相談すれば、解決するかもしれないよ。」ハッとした。もしかしたらこれまでにも大人に相談したことがあるのかもしれない。だとしたら、無神経なことを言ってしまった。けれど、そういうわけではないらしい。「じゃあ、どうするの?」これは、後から考えれば選択を迫る問いかけだったかもしれない。「えーと、」女の子は深く考え込む。「でも、それって解決、するの?」「わからないけど…」でも、なにもしないよりマシではないのか。でも、彼女が言いたかったのはそんなことではなかったらしい。「ええと、なんか、大人の人たちって法律とかで解決するんじゃない?」「え?まあ、そりゃあ」「それ、解決かなあ?」…?やっと、ここで私にも女の子の言いたいことが飲み込めてきた。つまり、この子は父親と仲良くなりたいのだ。それを理想とし、最終目標とする、現状からの脱出は、この子にとっては解決では、ないのだ。なにを甘いことを、という気持ちもあったけれど、私は本当の意味で、彼女の意味で解決する代案をした。それで本当に解決するかはわからないけど、それなら今度こそ大人に相談すればいいと安直に考えた。「じゃあ、お父さんと仲良くなるために、いい方法があるよ。うまくいくかは、わからないけど」「ほんとっ!?」「いいイベントがあるじゃない、クリスマス。」女の子は不思議そうに首をかしげた。「クリスマスってサンタさんがプレゼント配るっていうやつ?」ひどい受け答えだと思った。七夕のような扱いだ。この子はクリスマスを経験したことがないのかもしれないと思った。そう考えるとやっぱり父親と引き離すべきではないか、と思ったけれど、もう後戻りはできない。私は女の子に一般的なクリスマスを教え、少し間違った一般の認識も正した。「あのね、本当のクリスマスは、サンタさんは後で加わったエピソードなの」「えぴそーど?」「クリスマスの本当の由来は、サンタさんじゃないってこと。イエス様っていう、昔に人間を救ってくださった神様の子供がいるんだけど…」「だから、クリスマスには贈り物をしあう日ってことになったの。家族が楽しく過ごす日なんだよ」長くかかったがなんとか説明し終えた。「クリスマス…家族の日…」女の子は今度こそその提案を受けいれるつもりになったようだった。クリスマスは、プレゼントを配って遊ぶわけではない。大切な人への贈り物と、愛を伝える日。家族のための日なんだ。

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