第5話 紫蝶病発症

 黒江が八田神村に滞在し、数日が経った頃のことだった。

 夜も更け、次第に村も眠りにつこうかという時、事件は起きる。

 

 村一番の旧家、九条家の一人娘である九条千鶴に紫蝶病が発症したのだ。

 紫蝶病自体、この村で発症したのは40年前であり、村で紫蝶病を見たことがある者はほとんどいなかった。

 しかし、その40年前の紫蝶病患者というのが、千鶴の祖母にあたる九条チネであり、まさに九十九がこの村で最初に治療した紫蝶病患者であった。そのため、九条家の者は千鶴の蝶のようなあざが紫蝶病だとすぐ分かった。


 九条家の一族はすぐさま治療を乞うため黒江を探した。

 宿泊先の旅館をあたったがそこにはおらず、旅館の女将も連れ立って、思い当たる場所全て当たった。ようやく、黒江は秘湯と呼ばれる「龍神温泉」へ向かっていたことが判明した。

 紫蝶病と判明したのが早かったことが幸いし、まだ時間はたっぷりある。

 九条家の使用人の一人が急いでその龍神温泉に向かい、黒江の元へ訪れた。そして、湯船につかり、くつろいでいる黒江に事情を伝えた。


 よかった、これで助かる……九条家の一同はそう思った。

 しかし、帰って来た使用人はたった一人、横に黒江の姿はなかった。


 主人である九条一之助は、眼を大きく見開いて叫んだ。 

「どういうことだ? 黒江様は? 一緒じゃなかったのか?」

「それが……」


 使用人が黒江に事情を伝えた後、返って来た言葉はこうだった。


「すまんのう、今、レジャー中なんでな」


 *


 九条千鶴はみるみるうちに体調を崩し、そのまま息を引き取った。


 旅館の女将は「命の保証ができない」という理由で、黒江貫三郎を未明のうちに、村から発つよう促した。

 皆に愛されていた千鶴の死を悼む一方、次第に村人達のその怒りの矛先は黒江へと向かった。


 ……あの人殺しが……


 村で大きな影響力を持っていた九条家は警察に働きかけ、黒江を相手取って書類送検させることに成功した。

 こうして始まったのが、現在巷を賑わせている「紫蝶病裁判」である。

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