第2話 紫蝶病

 紫蝶病が初めて報告されたのは1965年の夏。東京オリンピックが終わり、高度経済成長に日本が向かおうとしていた、そんな矢先だった。


 とある原因不明の病が次々と報告される。

 老若男女問わず、突然背部と胸部の肋骨に沿って、紫斑と呼ばれるあざのような染みが現れ、どんな処置を施そうとも全員2時間以内に死亡する。

 そのあざがまるで蝶のように見えることから人はそれを紫蝶病しちょうびょう、もしくは死蝶病しちょうびょうと呼んだ。

 現在の医学では全く手の施しようのない突如現れたその疾患に、世界中に戦慄が走った。


 しかし、闇あれば光あり。

 突如その紫蝶病を治癒する者が現れる。

 

 紫蝶病の報告からおよそ1年後、このおぞましい病を治せるという者が現れたのだ。

 紫蝶病を発症しても、その者が手をかざすと、何故か一瞬にして紫蝶病が治癒するというのだ。

 最初は何らかの間違いかと皆は思った、単なる注目集めだろうと。

 しかし、実際に何人もの紫蝶病患者が救われる現実を目の当たりにして、次第に世間もその者の実力を信じるようになった。

 彼は紫蝶祈祷師しちょうきとうしと呼ばれ、次第に重宝されるようになってきた。その後、続々とその能力を持った者が現れる。


 紫蝶病の高い致死率から、政府も重い腰を上げた。紫蝶祈祷師を国家戦略として確保し始めたのだった。

 どうやら紫蝶祈祷師は決まって右、もしくは左の手のひらに薄く蝶の染みのようなものを持って生まれてくる。出生した新生児にそのような兆候を持つ者をスクリーニングし、紫蝶祈祷師として確保し始めたのだった。

 そして、実際に紫蝶病を治癒できた者に紫蝶祈祷師としての国家資格を与えた。


 また、「紫蝶病予防法」が成立した。

 これは日本における人の住む地域全てに義務付けられたもので、2時間以内に移動できる範囲に必ず一人紫蝶祈祷師を置かなければならないというものだった。


 これで紫蝶病で悲しむ人はいなくなる……誰もがそう思った。

 しかし、現実は新たな問題を突きつけた。

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