4-2
第一〇六八コロニー外へと通じる連絡通路も、当然の事ながらパラディオン・システィマは用意している。
そうでなくては、外へとドローンを送り出すことも出来ない。
そこから、白亜の機械巨人が外界に送り出される。
「
そう言うパラディオンの姿は、常とは異なるものだった。
大きく突き出た膝や、胸、肩の前部には追加装甲――正確には、そのように見える、電磁フィールドの発生装置。
脚部側面や、腰部背面には追加の大型スラスター。
肩部側面に、ミサイルランチャー。
さらに、肩部背面に、
しかし、一番の変化は背中だろう。
パラディオンの全長を超える四角柱状の長物――それも、二つに折り畳んでいるにも関わらず、そんな長さをしている――を、ハードポイントに装備しているのだ。
外界への遠征。第一〇六八コロニー内部へ相手を引き込んでの戦闘ではない、それに備えて、パラディオンは装備を整えていた。
その結果が、この重装備だった。
もっとも、全てが計画通りに進んだのならば、この用意した重装備を使用する事はほとんど無いかもしれない。
「進軍開始」
パラディオンは脚部に装備されたスラスターを用いて、大地を滑るようにして進む。
色を失ったような世界、毒に侵されたかのように節くれ立った木々の群れ、刃を翼とした鳥のような生物達。
そして、八メートル前後の、爛れた皮膚とも装甲とも取れる何かを纏った巨人達。
ゆらゆらと上半身を揺らしながら、巨人達はどこか目指している場所があるようですらなく、波に揺られるように歩いていた。
奇妙な者たちが我が物で闊歩する、歪んだ大地。これこそが、ナノマシン・ケイオスが生み出した光景なのだ。
人の住むことが出来ない大地。
そんな大地を、パラディオンは意に介すること無く、全てをなぎ倒しながら進む。
目標となる地点は、山――というほどの高地ではないが、他の地点よりは小高くなった地形をしている。
異形の木々が生い茂る、丘の上。
「目標地点、到達」
その山頂部といえる場所に辿り着くと、パラディオンは背面に装備した長物を可動させた。
背面部ハードポイントと長物の間にはサブアームユニットが存在し、それによって長物を、パラディオンが運用可能な位置まで動かすことが出来る。
長物はパラディオンの右脇腹を通って、前方へと突き出される位置に。同時に、二つ折りになっていた長物が折れて、元の一直線の長棒へと変形する。
そんな長物を、パラディオンは半身になって構える。長物からは、それを支えるための持ち手が二つ出ており、パラディオンはそれを掴む。
それだけでは長物を支えきる事は出来ず、長物の先端部からは脚――三脚台に近いものが展開され、その重さを支える。
変形したのは、長物の前方部だけではない。
サブアームユニットの更に後ろ。長物の尻部分から、上方に向けて、アンテナのような長い棒が伸びているのだ。
「
それは、馬鹿げた長さの砲身を持った、特殊な狙撃砲である。
パラディオンの装備としては、最初期に製造されたものでありながら、最高クラスの威力と射程を持つ。
「
パラディオンが言う。
光学カメラでは捉えようもない、
そこに存在するのは、揺らめくように色を変える、奇妙な球体――そう、〈卵〉に似たものだった。
ただし、大きさが違う。
球体はあまりにも巨大。まるで、山のような――それも、かつて世界最大の高さを誇った山に近い大きさだ。
高さだけなら、第一〇六八コロニーの倍は有る。
これが、第一〇六八コロニーを襲う、〈卵〉を生み出したもの。パラディオンの敵だ。
パラディオンが丘の上へ位置を取ったのは、あまりにも巨大な球体を、
それは、瞬間的なエネルギー量である。
パラディオンの主動力機関である
しかし、それは一定量のエネルギーを生み出し続けることが出来るというものであり、瞬間的に生み出すエネルギー量には限界が有る。
パラディオンじゃ、そのシステムを起動させた。
「
言うと同時に、パラディオンの頭上――人口ではない空に渦巻く、途切れることのない黒雲が唸りを上げ始めた。
そして――雷音。
大音声と共に、神の怒りとも言える、巨大な力、光のラインが落ちてくる。落ちてくる先は、
「
雷撃を受け止め、その莫大な電力を
天に蓄えられた、莫大な電力。それを解放させて、受け止める。それが、
雷の力を受け止めたパラディオンは、その力の矛先を見定める。
巨大な球体――
「
言葉と共に、パラディオンは
球体が開き、中から何かが飛び出てきた。
飛び出てきた何かは、球体の前――そして、パラディオンの射線上へと躍り出る。
今更、止められない。
止めるつもりもない。
諸共に吹き飛ばす。
身に受けた雷光を遥かに超える、爆発にも似た光量。それが、
それはまるで、高音と共に、地上を疾走する雷光――
プラズマビームを放射する、
立ち塞がるもの全てを焼き払い、通り道とする、名前の通りの神鳴る力。
最も早くパラディオンの武装として作られながら、巨大過ぎる破壊力から、コロニー内での使用が不可能な、破壊兵器。
それは当然、立ち塞がった何者かごと、球体を撃ち貫くはずだった。
だが――
超高速で殺到した雷光の川は、その流れを遮られた。
まるで立板に放水をしたかのように、立ち塞がった何者かの手前で、雷光の奔流は四方八方へとその力を散らされているのだ。
「重力異常を検知……」
雷光が散らされている地点に、パラディオンは重力の異常を検知する。
いや――正確には、これは空間の歪みだ。質量と重力によらない、空間の歪み。それが、
散らされた雷光はあちらこちらに着弾し、その場を焼き払い、爆発的な破壊をもたらす。
だが、だがである。
その破壊力が、球体へと到達することはなかった。
パラディオンはサブアームユニットごと、
「何者だ――」
プラズマビームが球体まで到達しなかったのは、直前になって飛び出してきた何者かが原因なのは間違いない。
空間を歪ませて、球体を守った存在。
パラディオンは、それを光学センサーによって確認する。
そこにあったのは、大きな丸――いや、丸い、盾だった。
盾は漆黒。しかし、そのそこかしこに、輝くものが配置されている。それはまるで、星々が瞬く夜空のよう。宇宙そのものを表しているかのような盾であった。
盾だというのなら、当然、それを構えている存在も有る。
それが、前方へと構えていた盾を下げて、姿を現す。
「これは――」
その姿を見て、パラディオンは、似ている、と感じた。
類似している点が有る、というわけではない。そういった、機械的/客観的な視点ではない。
パラディオンの個人的な主観の上で、似ている、と感じるのだ。
――それは、人型をしていた。
――それは甲冑のような装甲を纏っていた。
――それは丸型の大きな盾を左に、その機体と同じくらいの長大さを誇る大槍を右手に持っていた。
――それは背中から三つの可動肢が有るスラスターユニットを伸ばしていた。
――それはまるで、巨大なる騎士。
決して、装備や、構成しているパーツが似ているわけではない。
同じ起源を持っているわけでもない。
鏡像でなく、兄弟でなく――
であるにも関わらず、球体を守るべくその前に立ったその機体は、パラディオンに似ていた。
倒さなくてはならない。
球体を守ったということは――立ちはだかったそれは、パラディオンにとっての敵対者だ。
球体諸共に、打ち砕くだけの話だ。
「パラディオン、
:――:
予定時間を越えても、雨はやまなかった。
あまり有ることではないけれども、洗浄や湿度が不十分ならば、雨天の延長も無いわけではない。
でも、依恋は嫌なものを感じざるを得なかった。
何の関係もなく、凶兆でなど有るわけがない。
そんな事を思いながら、頬杖を着いて、教室の窓ガラス越しに、人口の空に作られた雨雲を眺めていた。
――雨、いつ止むんだろ。
端末を弄って、天気予定を確認するけれども、終了時刻は記載されていない。
要するに、いつまで雨が続くかは分からない。
「……どしたん?」
「うわっ!」
急に依恋の目の前に現れたのは、澄花だった。
「いきなり出てこないでよ……びっくりするじゃない」
「ごめんごめーん」
反省の色は見られない。
「いやまぁ別にいいんだけど……で、何の用?」
「いや、よーってほどじゃないけどさー。なんか鬱ってる感じだったから? 何となく? みたいな?」
「あー……そんな風に見えた?」
「見えた見えた」
澄花にそう見えるくらいには、自分は分かりやすい顔をしていたということなのだろうか、と依恋はぼんやり思う。
「なんか、ね……」
「心配なん?」
「……何が?」
「美少年」
すぱっと、澄花に言われてしまった。何というか、本当に分かりやすいらしい。なので、
「多分。割と」
「へぇ」
「何」
にやにやと笑う澄花に向かって、依恋は半目で返した。
「べっつにぃー」
「それ、ちょっとやな感じ」
澄花が思っているような感情とは、違うのだ、これは。多分。と、依恋は思う。
具体的にどう違うのかとか、そういう所がわからないから、依恋自身も困ってしまっている所が有るのだけれども。
本当に、もやっとする。
そんな依恋の心情を知ってか知らずか――いや、澄花がそういう事を考慮したりはしないだろうけれども――澄花は言う。
「そんなに心配ならさーぁ、帰って隣にでも居てあげたら?」
「っ、はぁー……」
澄花の言葉に、依恋は盛大に溜息を吐いた。
――それがどうしたって出来ないから、心配するしか無いんだって……
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