4-3


 機体そのものが爆発しているかのように、猛烈な勢いでスラスターから爆炎を吐き出しながら、パラディオンは地を疾駆する。

 あまりの速度に、パラディオンが通った後は大地が抉れて、巨大な轍のようになっていた。

 その疾駆とほぼ同時に、かの敵対者も背面に伸びた三つのスラスターユニットから爆炎を噴射し、向かってきた。

 機体後方へと伸びる炎は、まるで翼のようであった。

「認識名称を登録。登録名称コード〈守護者〉」

 敵――〈守護者〉の速さは、スラスターユニットを追加したパラディオンに、勝るとも劣らないものだった。

 相対距離があっという間に詰まっていく。

「ミサイルランチャーユニット起動アクティブ

 パラディオンの言葉に従って、肩部側面に装備されているミサイルランチャーユニットが展開し、中に詰まったミサイルが発射される。

 パラディオン自体の速度にミサイルの射出速度が足されて、更に高速化。

 白い糸を引くようにして、〈守護者〉へと牙を剥く。

 〈守護者〉は対応するようにして、盾を前面へと構えた。瞬間、パラディオンはセンサーに重力異常――空間の歪みを感知した。

 あの盾が空間を歪ませて、神鳴る力ケラウノスを防いだことは、最早疑いようがない。

 ミサイルはしかし、その空間の歪みに弾かれる寸前まで近付いたと時点で爆発した。パラディオンのミサイルランチャーに装備されているミサイルは近接信管型であり、触れずとも爆発するのだ。

 轟音と爆炎、爆風が〈守護者〉へと襲い掛かる。

 しかし/いや、やはり――ミサイルの爆風も、大盾が発する空間の歪みによってそのベクトルをずらされて、〈守護者〉へと届くことはない。

 ミサイルを放ち/凌いでいる間にも、二機の相対距離は詰まっていた。格闘戦の間合いクロスレンジまで、後僅か。

「電磁フィールド起動」

 パラディオンが言うと、両腕、そして全身に追加装備した電磁フィールド発生システムが平行起動する。

 破裂音と共に、紫電の雷光が発生する。

 発生した電磁フィールドは、常の数倍。雷光と破裂音は、パラディオンの機体全てを覆っている。

 突き出した両腕で攻撃を防ぐことが精一杯の電磁防壁とは違い、今のパラディオンはまるで、紫電を身に纏い、紫電そのものと一体化したかのようだ。

 対して、〈守護者〉もただ、パラディオンを見ているだけではなかった。

 巨大な馬上槍を大きく後ろに引く。同時に、槍全体が、紫電と破裂音を纏う。

 電磁フィールドの発生――それは即ち、〈守護者〉がパラディオンと同じ装備を持っているということを意味していた。

 ただし、大槍がそれを発生させたということに、大きな違いが存在する。

 それは即ち、パラディオンの攻撃形態スライサーモードと同じく、電磁フィールドを攻撃に転用するのが目的なのだ。

 突き出される、大槍の一撃。

 それを、パラディオンは電磁フィールドで受ける。

 パラディオンと〈守護者〉、二機の機械巨人の合間で、紫電の爆裂が巻き起こる。

 その場に太陽が生まれたかのような、世界を焼く光。

 同時に生まれた圧倒的な反発力によって、パラディオンと〈守護者〉は、二機とも後方へと大きく弾かれる。

 粉塵を巻き上げながら、二機は距離を開けて静止する。

 正面からぶつかりあえば、こうして互いに弾き合うことになる。そういう意味では、ほぼ互角といえる。

 だが、パラディオンには有利が取れる点が有る。

 間合いを取って睨み合う二機、その最中に、パラディオンはそれを使った。

刀剣射出機ソードランチャー起動アクティブ

 肩部背面に下げられている鞘のようなもの――それが不滅の刃デュランダルを収めた、刀剣射出機ソードランチャーだ。

 刀剣射出機ソードランチャーが持ち上がり、不滅の刃デュランダルの剣先が、〈守護者〉へと向けられる。

発射シュート

 パラディオンの言葉に従い、二振りの剣が撃ち出される。

 パラディオンの必殺剣、不滅の刃デュランダル。その翡翠の刃は、射出されると同時に、自らも推力を発揮して、二手に分かれる。

 左から、右から、挟み込むような軌道で、不滅の刃デュランダルが〈守護者〉へと襲い掛かる。

 〈守護者〉はそれに対応して、身を下げて、三つのスラスターユニットを高く掲げる。

 スラスターユニットが火を噴いた。

 瞬間、〈守護者〉が地を駆けた。前傾になり、スラスターユニットから押されるようにして、まるで鳥が低空を飛ぶように。

 瞬間移動とも見間違う速度で〈守護者〉が消える/〈守護者〉が先まで居た空間で、翡翠の刃が交錯する。

 ――だが、問題はない。

 パラディオンは、再度電磁フィールドを展開する。防御を固めれば、あの大槍でもパラディオンを傷付けられない事が分かっている。

 そして、もう一度電磁フィールドの衝突が起こり、〈守護者〉の体勢が崩れれば、そこに再度不滅の刃デュランダルが襲い掛かる。

 それで終わりだ。

 だからこそ、電磁フィールドを展開したまま、パラディオンは突進。〈守護者〉の体勢を崩しにかかる。

 だが――

 〈守護者〉のスラスターユニットが可動する。そして、〈守護者〉の姿が再度消えた。

 消えた、わけではない。

 パラディオンはセンサーによって、〈守護者〉の行先を掴んでいる。その位置は、パラディオンから見て側面。回り込むような形だ。

 スラスターユニットを使って、〈守護者〉は一気に地を横滑りしたのだ。

 理解して尚、パラディオンは反応が間に合わない。

 ――総重量の問題か。

 防御を固めた結果、パラディオンは常よりも遥かに重くなっている。当然のこととして、機体の動きも鈍くなる。

 〈守護者〉は更に地を滑る。身を低くして、スライドするようにして、地に弧を描く。

 ――回り込まれるか。

 それは不味い、とパラディオンは考える。

 パラディオンが装備した、追加の電磁フィールド発生器は、主に機体前面に装備されており、防御力も前面の方が高い。

 いや、こう言うべきだろう。

 背面までは電磁フィールドは回っていないと。

 〈守護者〉は自らのセンサーでもって、パラディオンの死角を――電磁フィールドの死角と、重量過多による反応の悪化という二重の死角――を、完全に見抜いていた。

 見抜いた上で、そこを完全に穿いて来たのだ。

 ――どうする。

 判断をする時間は無い。背面から突かれれば、パラディオンとて無事では済まないだろう。

 不滅の刃デュランダルで攻撃――いや、追いつかない。

 ならば――

「パージ!」

 パラディオンは、増加装備の全てを外した。といっても、装備をただ外したわけではない。増加装備は、爆風と共に勢い良く弾け飛んでいったのだ。

 撃ち切ったミサイルランチャー、電磁フィールド発生器、追加スラスター。それら全てが、全方位に撒き散らされる質量弾と化した。

 同時に、パラディオンは飛ぶ。

 〈守護者〉は僅かに怯んで、速度を落とした。

 距離が開く。だが、状況は好転したわけではない。

 パラディオンは、防御手段を失った。〈守護者〉は何も失っていない。そういう意味では、状況は悪化したとも言える。

 パラディオンは言う。

「来い」

 その声に従い、二振りの不滅の刃デュランダルが、パラディオンの元へと飛んでくる。

 両腕を交差し、パラディオンはそれを掴む。翡翠の大剣、二刀流。

 そして、行った。

 地を蹴って、距離を詰める。

 真っ当に攻め時を伺っていても、勝てない。

 対して、〈守護者〉は盾を上げた。

 そこに、パラディオンは右の不滅の刃デュランダルを叩き付ける。大気を弾き飛ばし、あらゆる物質を両断する一撃。

 しかし、その一撃は、盾が生み出した空間の歪みによって逸らされる。まるで、列車が走っていた線路を無理矢理移動させられたかのように。

 そこに、左の不滅の刃デュランダルを突き出す。

 パラディオンの膂力だけではない。不滅の刃デュランダルが持つスラスターから噴射炎を吹き出させることで、その推力も、突きの速度に追加した、必殺の一撃。

 空間の歪みによる防御も、完全ではない。

 歪みが発生している部分で攻撃を受ければ、歪みというガイドレールにそって、ありとあらゆる攻撃が逸らされる。

 しかし、空間の歪みの発生している範囲は、決して広いものではない。パラディオンのセンサーによる計測では、盾の外側までは、歪みは広がっていない。

 つまり、点の攻撃――突きで、盾を擦り抜けて一撃を入れることは、可能だ。

 右の斬撃を囮にした、左の不滅の刃デュランダルによる、雷鳴の如き神速の突き。

 しかし、それが〈守護者〉へと届くことはなかった。

 反応が不可能な筈の神速の一撃はしかし、〈守護者〉が首を僅かに横に倒しただけで、横を掠めた。

 一瞬、パラディオンの動きが止まる。

 ――何故……

 反応して回避したわけではない、そんな事は出来ない。ならば、読まれていたということになるのか、パラディオンが、空間の歪み、盾の隙を突くことを。

 いや、むしろこうなると、隙はわざと作られたと考えるべきだ。あえて、突かせるために作られた隙。

 そこを突かせられたということは、次に来るのは当然の事ながら、〈守護者〉による反撃だ。

 ――真っ直ぐ引いて距離を――

 そう、パラディオンが考えるよりも、〈守護者〉の行動のほうが数段早い。

 〈守護者〉の背面スラスターユニットが可動する。噴射炎が、まるで炎の翼のように大きく広げられる。

 パラディオンが仰け反る/〈守護者〉が押し込む。

 パラディオンの両腕は剣を振ったままの不自由なもので、対して〈守護者〉は盾を前に構えていた。

 ――押される。

 可動スラスターによる大推力で、空間の歪みを押し付けられていた。

 抵抗も出来ず、押される。押し込まれる。

 重いパラディオンの機体が、踏ん張ることも出来ずに押し込まれる。足裏から粉塵が生み出される。

 大地を削りながら、後方に吹き飛ばされるように、パラディオンは大地を駆けさせられていた。

機体状況コンディション――危険」

 本来なら、マンマシーンインターフェイス越しにパイロットへと送られる、アラート。それらを全て、人間の肌感覚と同じようにパラディオンは感じている。

 抑えつけられ、空間の歪みに晒されて、パラディオンの機体は悲鳴を上げていた。

 押し返すことも、離れることも出来ない。ならば――

「行け、不滅の刃デュランダル

 パラディオンは、握っていた二振りの不滅の刃デュランダルを手放す。同時に、スラスターを蒸す。

 少しでも、速度を抑える、その為だ。

 実際、推力に関しては、可動式のスラスターユニットを三つ背負っている〈守護者〉に、パラディオンは遠く及ばない。

 それでも、こうして押し返せば、速度は鈍る。

 重い機体が、重い機体を、それも推力をもって抵抗してくる機体を押しているのだから。

 そして鈍った速度ならば――

「来い!」

 パラディオンの声に呼応して、翡翠の刃が飛ぶ。

 パラディオンが手放した不滅の刃デュランダルは、直ぐ様反転し、〈守護者〉を追走していたのだ。

 不滅の刃デュランダルが持つ推力は、〈守護者〉のそれには遠く及ばない。しかし、今この状況なら、追走は可能だ。

 〈守護者〉の背後から、翡翠の刃が牙を剥く。

 だが――

 〈守護者〉は、自由になっている右腕を、後方へと回した。そこに握られているのは、電磁フィールドを発生させる大槍だ。

 それを、〈守護者〉は一度振るった。

 瞬間、大槍は電磁フィールドを纏った暴風と化した。電磁の暴風が巻き怒ったのは、一度。しかし、その一閃は、後ろ手によるものという不自然なもので有るにもかかわらず、背後から襲い掛かった不滅の刃デュランダルを打ち払っていた。

 二振りの不滅の刃デュランダル、その翡翠の刃が、結晶の断片となって、まるでダイヤモンドダストのように空中に舞った。

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