3-4
〈歌姫〉は、空中に跳躍し、人口の青い空を背にしたパラディオンを捕捉する。
そして、その意図を思考する。
正面で駄目、背面で駄目、ならば上というそれだけの単純な思考だろう。直上から、攻撃を仕掛ける腹積もりというわけだ。
なんと愚かなことだろう。
〈歌姫〉の展開する音の結界は、無論直上へも展開されている。さらに、音の線も、刃も直上へと向けることは可能である。
〈歌姫〉にとって、直上は死角でも何でも無い。
そして、スラスターを装備しているとはいえ、パラディオンの巨体は空中では地上ほどは制動の自由が効かない筈だ。
背面どころではない。
蜘蛛の巣に絡め取られるが如く、パラディオンはそこに誘い込まれたというわけだ。
こうなってしまえば、後は撃ち落とすだけだ。
守護者気取りの木偶人形、我が歌の前に滅びるがよい。
〈歌姫〉は直上――パラディオンへと、自らの口を向けた。
決着の時は近い。
:――:
〈歌姫〉が顎を上げ、直上へと口を向ける。更に、翼の刃先も同じく。
このまま同時攻撃を仕掛けて、パラディオンを仕留める手筈なのだろう。
「砲撃開始」
対し、パラディオンは機関砲を展開/砲撃。
「――!」
〈歌姫〉は音の結界を展開。
それは当然の事ながら、直上までも展開されていて、死角は存在しない。パラディオンが吐き出した砲弾の線は、弾き飛ばされて四方八方へと砕き散らかされる。
これで、音の線による攻撃は来ない。
だが、〈歌姫〉の攻撃はそれだけではない。
翼の刃先から、羽が刃となって射出される。空中で、砲弾と刃がぶつかり合い、火花と金属音が大気で舞う。
しかし、それらは空中で完全に相殺し合うわけではない。
弾幕/槍衾。それらを抜けて、砲弾/刀剣は、敵対者へと殺意を届かせる。
槍衾を抜けたところで、砲弾は音の結界に阻まれて、
「電磁フィールド展開」
パラディオンは、自由が効く右腕だけを前方へと突き出して、面積が半分になった電磁フィールドを防壁として展開する。
展開面積が減ったことは、マイナスだけではない。その御蔭で、機関砲を撃ちながら電磁フィールドを展開する事が可能となっている。
弾幕を抜けて数が減ったとはいえ、その全てを電磁フィールドでは防ぎきれない。
肩が、脛が、まるで削られるように傷を受けていく。
この削り合いは、明確にパラディオンが不利だ。
だが、それは互いの手札の全てが表になっていた場合の話。
そして、〈歌姫〉の攻撃に、真に死角が存在しなかった場合の話だ。
――死角は存在する。
「
攻撃を凌ぎながら、パラディオンはそう言う。
言葉に従い、都市防衛機構パラディオン・システィマは、その兵装を展開する。
都市によって射出され、それをパラディオンが受け取ることによって武装として機能する刃。それを射出するために、道路の一部がスライドして、展開される。
展開したのは――〈歌姫〉の、足元。
そこから、
〈歌姫〉の音の結界は、全周へと展開されている――わけではなかった。
本当に全周へと展開されているなら、窓ガラスを砕いたのと同じように、脚を着いている道路もまた、砕かれるべきなのだ。
なのに、現実にそうはなっていない。
それが意味しているのは、音の結界は音の線と同じように、指向性を持たせた音であるということだ。
自らが立った大地を砕くことがないようにと。
もっとも、本来そんな事は何の問題にもなるはずがない。音の結界を張っていれば、近寄って攻撃することが出来ない以上、下からの攻撃など、本来は警戒する必要がない。
だが、ここは第一〇六八コロニー、つまりはパラディオンの体内に等しい場所だ。
故に、死角は死角として機能する。それを突くことも可能になる。
パラディオンが直上からの攻撃を選択したのは、直上こそが死角であると考えたからではない。
直上への迎撃に意識を集中させることで、真下からの奇襲を勘付かせないためだったのだ。
そして、その目論見は完全に成功した。
〈歌姫〉の胴体部、柔らかそうな女の腹部に、
「!」
音の結界が、刃の射出が停止する。パラディオンの機関砲による砲撃が、〈歌姫〉へと突き刺さり始める。
「ここで仕留める」
機関砲を吐き出したまま、パラディオンはスラスターを噴かせる。噴射炎が、白亜の巨体を押す。
弾丸が〈歌姫〉の身体を引き裂き、パラディオンが弾丸を追う。
もはや、〈歌姫〉に反撃する力は残っていない。だが、止めを確実に刺さなくてはならない。
パラディオンは考える。
〈歌姫〉の攻撃は、音によるもの。攻撃のために、音を選び、戦う。
それは、相手のためにリアルタイムで最適な音を生成するということだ。
ある意味では、それは依恋が言っていた、歌う、に近いものなのだろうと。
――だが、お前の歌は聞いてやらない。
囀るな、
落下速度にスラスターの加速。速度を上げながら、パラディオンは自由が効く右腕を大きく振りかぶる。
「電磁フィールド変換、
パラディオンが言うと、電磁フィールドがその形を変える。防壁のように前方へ展開していたものが、右腕を覆うような形状に。
同時に、パラディオンは右手を握り拳から開いて、貫手の形に。
電磁フィールドは防御だけでなく、腕に纏わせることで攻撃に使うことも出来る。
その、電磁フィールドを纏った貫手を、パラディオンは〈歌姫〉の脳天へと突き立てた。
脳天から真っ二つに、〈歌姫〉は裂かれて左右に倒れていく。
〈歌姫〉の機能中枢は完全に破壊された。その証拠に、倒れた〈歌姫〉の身体はどろりと溶け出していく。
「状況終了」
言いながら、パラディオンは右手で
:――:
都市防衛用機構、パラディオン・システィマより、第一〇六八コロニー住民の皆様へお知らせします。
当コロニーへの敵性存在に対する攻性防御行動を終了します。
皆様、御協力ありがとうございました。
繰り返します。
都市防衛用機構、パラディオン・システィマより、第一〇六八コロニー住民の皆様へお知らせします。
当コロニーへの敵性存在に対する攻性防御行動を終了します。
皆様、御協力ありがとうございました。
:――:
数日後。再びの、音楽の授業。
また、パート毎に別れて、依恋もカルディアも、合唱の練習をしていた。
「何か……変わりましたわね」
依恋に向かって、今回も隣に立っていた嶺亜が言う。
「何が?」
「ホットサンド君が」
「あー」
言って、依恋はカルディアの方を見た。この間の戦闘の前に、カルディアに言ったことを、カルディアはちゃんと理解してくれたらしい。
いつもと同じように、真面目くさった表情で歌っているカルディアは、正直な所、最初に歌っていたときほど、上手くはない。それ以上に、安定感がない。
けれども、そうなっているのは、カルディアがちゃんと歌っているからという証拠でも有る。
――人間らしくなってる、って事なのかな
だとしたら、依恋からしてみると、良いことなのではないかという気がしてくる。
そんな依恋に、嶺亜が半目で言う。
「何にやにや笑ってますの」
「え、まぁいいじゃんいいじゃん」
「あなた、あの時何しましたの?」
「いや、それは普通に保健室に連れて行こうとした所で、なんかほら、例のアレが来てね」
正直な所、敵がやってきて、ちょっと助かった。
そうじゃなかったら、健康体――と思われる、人間基準だとだけど――のカルディアを保健室に連れて行って、言い訳を考える必要が出てくるところだった。
そんな事を考えている依恋を先ほどから変わらない半目で、嶺亜は見ていた。
「やはり……なんとなく怪しいですわね」
「いや、何が」
「もしや、不純な行為に……」
「なんでそうなるの……すぐにそっちに考えが行くの、委員長がいつもそんな事考えてるからなんじゃないの?」
むしろこっちがにやにやと笑いながら言うと、嶺亜が顔を真赤にした。
「な、ななな!」
「あやしーなー、委員長」
数日前に、またもや存亡の危機が有ったとは思えないくらい、依恋の心は穏やかだった。
:――:
合唱練習に参加しながら、カルディアは考えていた。
二度目の、第一〇六八コロニーへの襲撃。撃退は出来たものの、これで終わりだという保証はない。
いや――当然、こう考えるべきだ。三度目は有る、と。
三度目で済むという保証はない。何度も、何度も、襲撃を受ける可能性は、当然の事ながら、有る。
二度目は勝てた。戦力の増産も、パラディオン・システィマが行っている。
だが、永遠に勝ち続けられるわけがない。
こちらは一度負けたら、第一〇六八コロニーが潰されるというのに。
――だったら、どうする。
決まっている。守るのではなく、攻めるのだ。
相手が何度も砲撃を加えてくるというのなら、砲台を破壊するのだ。
――次は、こちらが攻める手番だ。
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