3-3
「損傷部位――確認」
攻撃を受けたのは、パラディオンの左肩だった。人体に比べると遥かに巨大な、箱にも似た姿のそれが、まるで砲弾を受け止めたかのように放射状にヒビ割れを作っていた。
戦闘への影響は無い、と言える。
「損傷軽微」
パラディオンは、変容を完成させた〈卵〉へと強襲を掛けようとして跳躍した所を、敵に迎撃されたのだ。
僅かに弾き飛ばされ、パラディオンは両足と片腕で着地。摩擦によって、道路が削り取られ、粉塵が激しく巻き上げられる。
敵の攻撃は、音だ。
指向性を持たせた、強力な音波――振動。それをぶつけることによって、物質を破砕する。音響兵器と呼ばれることも有る代物だ。
脚の代わりに生えているスピーカーは、飾りではなく武器だということだ。
「なるほど」
有効な攻撃である、とパラディオンは思考する。
音である以上、当然速度は音速。砲弾として考えれば高速とは言い難いが、十分な弾速はあるとも言える。
センサー類の充実しているパラディオンに対しては意味は薄いが、不可視の攻撃である以上、回避は困難。
その上で、破壊力は問題ない。
だが、パラディオンにとって一番の問題点は、それらではない。
一番の問題点は、防御が困難であるという事だ。
パラディオンが防御システムとして採用している電磁フィールドでは、音響兵器は防ぐことが出来ない。
立ち上がり、構えながら、パラディオンは敵を視認する。
「認識名称を登録。
敵――〈歌姫〉もまた、パラディオンへと頭を向ける。目が塞がれているというのに、頭を向ける理由は一つしか無い。
〈歌姫〉がその口を開く。
僅かに紅を引かれた慎ましやかな大きさのそれは、敵対者にとっては恐怖の産物でしか無い。
「回避行動に移る」
パラディオンは、その直線状――つまり、音響兵器の射線上から逃れる/脚部のスラスターを噴かせて、右に。
同時に、攻撃が来た。
「――!」
パラディオンが一瞬前に立っていた場所を通過して、その後ろに存在するビルが半ばから砕け散る。
その破砕が移動する。砕け散るビル。その横のビルが砕ける。さらにその横も砕ける。音を立てながら、建築物が中央部から破砕され、その上部が折れるようにして落ちていく。
そうなった理由は単純だ。音による攻撃を吐き出したまま、〈歌姫〉が、その首を動かしたからだ。
〈歌姫〉の音が追うのは、当然パラディオンの移動先だ。
パラディオンは更に速度を上げる。スラスターから吐き出される噴射炎の勢いが、薪を焚べられたかのように激しくなる。
だが、パラディオンを追いかける破砕は、段々と距離が詰まっていく。
実際に移動する必要があるパラディオンよりも、首を傾けるだけで良い〈歌姫〉の方が有利だ。
必然、いずれ追いつかれる。
「ならば――」
逆噴射/停止。パラディオンの両足が道路を削り取る。
直ぐ様再噴射。横に逃げるのではなく、縦に突っ込む。
風を切り――いや、砕き散らしながら、白亜の巨体が突撃する。
その様に気圧されたのか、〈歌姫〉の音が止まる。
刹那の間に過ぎないその瞬間に、パラディオンは彼我の距離を詰める。
「潰す」
右拳を振り上げ、電磁フィールドシステムを起動。フィールドで防護された拳を叩き込むためだ。
距離は一足。
しかし、拳が走るよりも、〈歌姫〉が音を発する方が早い。
「――!」
「くっ――!」
〈歌姫〉を中心として、周囲全てのビルの窓ガラスが弾け飛んだ。
発された音によって、パラディオンの全身が、まるでその場に縫い留められたかのように動きを止められる。
パラディオンはスラスターの噴射炎を更に強める。しかし、それでもパラディオンの巨体はぴくりとも動かない。
むしろ、じり、じりと滑るように後退させられて、ついには、後方へと弾き飛ばされることになった。
尻もちを着くように倒れ込み、引き摺られるようにしてビルへと叩き付けられる。
「なるほど」
上体を起こしながら、パラディオンは言う。
「線ではなく、面……いや、球体か」
〈歌姫〉の音による攻撃を、パラディオンは把握することが出来ている。
どうして、パラディオンが吹き飛ばされたのか。
その答えは、当然〈歌姫〉の音による攻撃だ。ただし、今まで〈歌姫〉がしていた攻撃とは、質が違う。
今までの音は、指向性を持たせることで、音のラインとして一直線上に存在するものを破壊していた。
しかし、今の音は、〈歌姫〉を覆う球状に――全方位に展開されていたのだ。
一直線上に放射したものに比べると、破壊力も射程距離も劣ってはいるものの、兎に角範囲が広い。
恐らく、その用途は、攻撃ではなく防御だ。
死角の存在しない音の結界ならば、先にパラディオンの攻撃を防いだように、殆の攻撃を防ぎ切ることが可能だ。
攻撃と同時に展開することが出来るかは分からないが――恐らくは不可能だろう――全方位への結界でも、こうして吹き飛ばされる以上、防御に徹されると攻略は難しい。
「接近戦は避けるべきか」
言いながら、パラディオンは立ち上がり、跳躍する。パラディオンが先まで転がっていた場所に、音の線が突き刺さり、ビルの瓦礫が砕け散る。
「砲撃兵装の使用申請――」
パラディオンは空中で言う。
先の〈多頭竜〉との戦闘では、コロニー内への被害を考慮して、砲撃兵装を使用しなかった。だが、今回はそうもいかない。
故に、パラディオンは本体――都市機構であるパラディオン・システィマへと、砲撃兵装の使用を申請する。
返答は許諾。
空中でスラスターを用いて姿勢を制御し、胴体部に装備されている機関砲を展開する。
「
二門の機関砲が、連続して砲弾を吐き出す。火花と轟音を纏った、連続した砲弾は、まるで一つの直線のように伸びていき、〈歌姫〉へと吸い込まれていく。
しかし、それが〈歌姫〉に届くことはない。
「――!」
音の結界。全方への障壁と化したそれが、瞬時に展開され、パラディオンが発射した砲弾を弾き飛ばしたのだ。
撃ち返してくるよりも、確実に防御を固めることを選ぶ堅実性。
「厄介だな」
着地し、道路を破壊しながら、パラディオンは言う。
射撃戦になるのであれば、相手の音を躱しながら砲撃を命中させるという目も有るが、〈歌姫〉がのってこないのであれば、どうしようもない。
砲撃を控えて〈歌姫〉を捕捉したまま、パラディオンは動きを止める。
目を覆った〈歌姫〉の顔も、パラディオンを認めている。
最悪、相打ちになっても構わない。
――撃ってきたら、撃ち返す。
そう考えて、パラディオンは待つ。
じり、じりと、砂山が美風で削れていくかのように、時間が過ぎていく。
動かない――いや、動けない。
先手を取ったほうが、不利となる戦いだ。膠着は必然と言えた。
パラディオンは焦れない。待つことの苦を感じないからだ。
故に――先に動くのは、〈歌姫〉の方だった。
ただし、〈歌姫〉の行動は、音による砲撃ではなかった。
肩から生えている、鳥の翼。それを、〈歌姫〉は大きく羽撃かせた。すると同時に、羽が抜けて飛んでいく。
〈歌姫〉の翼から外れた瞬間、羽は姿を変容させる。羽から――刃へと。
〈歌姫〉の身体を構成している物質である以上、当然のことながら、羽の一つ一つもまた、ナノマシン・ケイオスによって構成されている。
故に、このような変質も可能なのだ。
巻き散らかされた刃は、四方八方へと飛んでいき、ビルへと突き刺さり、或いは貫通する。
それらの全ては、パラディオンへと届くことはない。無いが――
「なるほど」
もう一度大きく翼を広げた〈歌姫〉を見て、パラディオンは言う。
こうして無差別に攻撃を続けられれば、動かざるを得ない。パラディオンは、このコロニーの守護者なのだから。
挑発行為なのは明らかだが、乗る他ない。
再度、パラディオンは胴体部の機関砲による砲撃を仕掛ける。空を裂く砲弾の群れが到達するよりも早く、〈歌姫〉は音の結界を展開する。
弾き飛ばされる砲弾。そして、音の結界は周囲のビルを倒壊させる。
つまり、時間稼ぎめいた砲撃戦も、パラディオンには許されない。こうやって砲撃戦を続けても、第一〇六八コロニーは傷付いていくのだから。
砲弾を吐き出しながら、パラディオンはスラスターを蒸す。地上を滑るように、脚を動かすこと無く、都市を駆ける。
距離を詰めるのが目的ではない。
〈歌姫〉を中心として、円を描く起動だ。
音の結界が全方位へ向けて張られている事は、パラディオンのセンサーからも明らかだ。だが、それでも何らかの死角を発見しないことには、勝負にならない。
或いは――
「この手なら、どうだ」
高速で流れる砲弾の帯を引き連れながら、パラディオンは〈歌姫〉の背面へと周る。回りながら放った砲弾は、その全てが弾き飛ばされている。有効打は無い。
背――翼を正面に捉え、パラディオンは静止。更に砲撃を続ける。
結界は全方位へと張り巡らされていたが、音の線を放つ際には、〈歌姫〉は口を砲門のようにパラディオンへと向けていた。
ならば、こうして頭が向けられない背面へと移動する事で、音の線による砲撃を不可能にすれば、〈歌姫〉側の何らかの行動を誘発出来る筈だ。
そう考えて、パラディオンは砲撃を続ける。
「――!」
音の結界もまた、維持され続けている。だが、それも無限に続けられるというものではないだろう。
パラディオンの砲弾が尽きるのが早いか、〈歌姫〉の音の結界が尽きるのが早いか。それとも、先に〈歌姫〉が動くか。
一手行動を取るたびに、相手への解答を迫る。そして、先に解答を間違えたほうが致命打を得ることになる。
〈歌姫〉との戦いは、まるでチェスのような様相を呈する事になっていた。
パラディオンの放った一手。それに対応する、〈歌姫〉の一手は素早く返された。
大きく左右へと広げられていた、翼。それが、真っ直ぐ後ろ――つまり、パラディオンの方へと向けられた。
「なるほど」
〈歌姫〉が何をしてくるつもりなのか、パラディオンは即座に理解した。理解したが故に、砲撃を中止して、両腕を前方へと突き出した。
同時に、〈歌姫〉の翼から羽――刃が吐き出された。
先の、四方八方へと撒き散らされたものとは違う。一直線に狙いを付けて発射された、明確な攻撃だ。
狙いは当然、パラディオン。
「電磁フィールド展開」
パラディオンはそれに対応して、突き出した両腕から電磁フィールドを展開する。〈歌姫〉が発射した刃は物理的なものである以上、電磁フィールドでは弾き返す事は可能である。
風を斬り裂いて悲鳴を上げさせながら、殺到する無数の刃。それらを、紫電を回せて破裂音を鳴らす電磁の防壁が砕いていく。
しかし、電磁の防壁は文字通りの壁というわけではない。
その範囲外に飛んできた刃によって、パラディオンの装甲が傷付けられていく。
「損傷、軽微」
主に、脚の脛部分、脚部装甲が最も厚い部分を傷付けるだけで、貫通はしていない。関節部さえ保護しておけば、こんなものは問題にもならない。
そう――刃だけならば。
〈歌姫〉が動く。
正面を――パラディオンから見て、背面を向いていた頭が、ぐるりと向き直る。〈歌姫〉からすると、首だけが一八〇度回転して、後方を向いた形だ。
それが意味しているのは――
「なるほど」
パラディオンはスラスターを蒸かして跳躍しようとした。だが――
「――!」
〈歌姫〉の音が来る方が早い。
電磁フィールドを穿いて、音の線がパラディオンへと向かってきた。
回避は間に合いきらない。僅かに、身を反らして、正面からの直撃だけは避けた。
当たったのは、左肩。パラディオンの巨大な肩の中央部が、剛拳で殴られたかの如く、蜘蛛巣状にヒビ割れ、胴との接続部が嫌な音を立てて圧し曲がる。
跳躍してその場からパラディオンは離脱。
肩との接続部は折れも外れもしなかったものの、常の通りに動かすことは不可能。つまり、電磁フィールドを展開できる面積は、半分になったということだ。
「どうする――?」
ここまでは、〈歌姫〉の掌の上だ。一見弱点のようで、最も攻撃手段が多い背面へと誘導し攻撃を仕掛ける。
この調子だと、再度攻撃の薄い正面へと回ったところで、〈歌姫〉が回転して翼を向けてくるだけの可能性が高い。
この敵に、死角は無い。
――本当に?
パラディオンは空中で、今までの〈歌姫〉の攻撃を再検討する。
そして――
「見つけたぞ」
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