2-4


 第一〇六八コロニーにおいて、金銭のやり取りは殆どが電子化されている。

 常用型の口座を財布代わりにして、端末での決済を行うのが主となっている。

 それはそれとして、紙幣や硬貨もちゃんと存在はしている。端末の紛失、破損等の可能性を考えて、一般家庭でもある程度以上の紙幣は常備している。

 カルディアの場合は、当然そうではなかった。

 その上、端末も所持していなかった。というわけで、まずは実通貨を引き下ろす事から始める必要があった。

 とは言っても、それほど困ることではない。大抵の店頭には、実通貨引き下ろし用の端末が常設されている。

 通り道にあったコンビニエンスストア――第一〇六八コロニーには無人店舗のコンビニエンスストアが、公共サービスとして存在している――から、実通貨を引き下ろして、携帯端末を売っている店へと二人で向かった。

 携帯端末を取り扱っている店も複数有り、今回の戦闘による被害を受けていないところも当然ある。そこが今現在営業していることは、依恋の端末で調査済みだ。

 実通貨を引き下ろすのに、携帯端末を使わず直接店舗常設端末を操作して――依恋には、カルディアが常設端末を見ているだけのようにしか見えなかった――いたのは、正直面食らったけれども、それ以外に別段問題はない。

 そうして、二人はアパートの近くに存在する店に着いた。

 こじんまりとした店舗の中には、複数の常設端末が教室の机みたいに列をなして設置してある。

 コンビニエンスストアと同様に、ここもまた無人店舗なのだ。

 この店舗に、依恋とカルディア以外に客の姿はない。昨日の今日ということも有るのかもしれない。

「はい、そこに座る」

「分かった」

 近くの端末にカルディアを座らせると、その後ろに依恋は立つ。

「この椅子、二人ぐらいなら並べば座れそうだが」

「わ、私は後ろでベガ立ちしてるから良いの!」

「ベガ……」

「良いから!」

 ――確かに座れるけど、絶対くっつくって! 肩とか!

 と、そんな言葉を胸の内にしまい込みつつ、依恋はカルディアの端末操作を見守る。

「あ、やっぱり見るだけでいいんだ」

 カルディアは常設端末の手動操作を必要としていなかった。実通貨を引き下ろす時と同じように。

「もしかして、お金引き落としてくる必要もなかったかな?」

「無い。が、こうして君について回る必要はある、と考える」

「……そ」

 そういうものなのだろうか。良く分からないけれども、まぁ悪くないかな、なんて、依恋は思う。と――

「む……」

 小さな呻きみたいな声を漏らすカルディア。

「どうしたの?」

「……何を基準に選択すべきなのか、何が正解なのかの判断理由がない。性能か、普及台数か、或いは……」

 常設端末の画面は、購入する携帯端末の選択画面で停止していた。

「あー、なるほどね……」

 携帯端末の選択理由は、カルディアが挙げた通り幾つも有る。有るのだけれども、それらを考慮して、何を選ぶのか、となると結構問題が出てくる。

 数ある特徴の中から、何を重視するのかは、個人の感性にかなりの部分が委ねられることになるからだ。

 カルディアは考慮に入れなかったけれども、デザインなんかだって、選ぶ理由には十分だ。

 そして――

 ――カルディアには、何が大事か、みたいなのを選ぶ感覚が、無いんだ。

 見た目は依恋と変わらない少年であるけれども、カルディアの感性は赤子のそれに近いものが有る。

 優れている、は分かっても、良いや好きは分からないのだ。

 そして、それを学んで人間性を獲得するために、カルディアはこうやって生活しようとしているわけだけれども。

 ――これは難しいかも……

 そんな事を考える依恋に向かって、振り向きながらカルディアが言う。

「アドバイスが欲しい。場合によっては、君に選んで欲しい」

「うーん、そういうのって、自分で選ばないと駄目だと思うけど? 人間のこと分かりたいなら、何を選ぶかって、結構大事だと思うよ」

「なるほど、選択基準を自分で持つべき、ということか」

 分かった、と言いながら、カルディアは再度画面へと向き直って、無言になる。

 その姿は、今までで一番、困って、悩んでいるように依恋には見えた。

 まるで玩具を選ぶ子供のよう――とは言っても、子供は選ぶ理由が多すぎて一番を選べなくて、カルディアは選ぶ理由が全く無いから悩んでいるのだけれども。

 そんな事を思って、依恋がくすりと笑って目を細めた時だった。

「分かった」

 カルディアがそう言うと、常設端末の画面が動き出す。

「おっ、決まった?」

「ああ。これにする」

 カルディアが言うと、常設端末の画面上で、一つの携帯端末が選択される。依恋には、それに見覚えが有った。有ったというか、これは――

「私のと同じ奴じゃん……」

 紛れもなく、依恋が使用している携帯端末そのものだった。カルディアは言う。

「君が使用しているものと同じものなら、信頼が置けるだろう」

「そっかー……」

 カルディアの選択基準になるものが自分だとは、依恋は気付けなかった。しかしそうなると――

「せめて、色ぐらいは変えて、うん」

 ちょっと色まで含めて完全にお揃いは、気恥ずかしいものが有る。

「分かった。ではこれで」

 カルディアが選んだのは、白い携帯端末だった。依恋が使用しているのは、青い携帯端末なので、これで良し。

「なんで白にしたの?」

「パラディオンの装甲色と同じだからだ」

「なーるほど」

 もう一つ、カルディアには選ぶ基準が有るというわけだ。

 カルディアが携帯端末を選択し、現金を常設端末へと挿入すると、画面がまた切り替わる。

 表示された文字は、ただいま端末生成中、しばらくお待ち下さい、というものだ。

 携帯端末は、ナノマシン・ケイオスによって、注文を受けてから生成される。ある意味では、この常設端末は自動販売機のようなものだった。

 とは言っても、その生成にかかる時間は、ほんの僅か。待つ、という程の時間が経つ事もなく、常設端末の下に有る取り出し口から、オーダーした携帯端末が吐き出される。

「よし」

 それを取り出して、頷くカルディア。

「ん、じゃあ、ちょっと貸して」

 依恋の言葉に従い、カルディアは白い携帯端末を依恋に手渡しする。それを受け取ると、依恋は自らの青い携帯端末と、軽く接触させた。

「これでおっけー。私の連絡先が登録されたから。あんたのも私のに入ったよ」

 はい、と白い携帯端末を、依恋はカルディアに手渡し。

「なるほど」

 手渡された白い携帯端末を、カルディアは受け取って、頷いた。

「うーん、これで終わり! これからは、買い物とかはこっち使うこと。いーい」

「そうしよう」

「よろしい! で、今日はどうしよっか……少し早いけど、お昼ご飯でも一緒に食べる?」

「そうだな……君には、お礼もしなければならないし」

 カルディアの言葉を聞いて、依恋は、ぱん、と両掌を顔の前で打ち合わせた。

「じゃ、場所は私が決めるから。行こっか?」


:――:


 依恋とカルディアは、向かい合ってパスタを食べていた。

「いやー、これちょっと気になってたんだよねー」

 近くに出来たは良いものの、あまり行く機会が無く、気になってだけは居た……という状態の店だった。

 コンビニエンスストアや、携帯端末の販売店は無人店舗だったが、この料理店は有人だ。

 第一〇六八コロニーにおいて、労働とは生活のために行われるものではない。食料、エネルギーなどの、人間が生活していく為に必要なインフラは自動化、都市システムによる生産が行われている。

 収入に関しても、指定の年齢に達すると一定額が支給されるようになっていて、それで十分に生活は可能となっている。

 結果として、趣味と自己実現を目的として労働している住民も多くいる。

 ここも、そんな店の一つということだ。

 その結果、成功することも失敗することも有る。

「……」

 カルディアは出されたパスタの皿をじっと見ていた。

 ――分かんないか、食べ方。

 それを見た依恋はカルディアに声を掛ける。

「あー、こうやって」

 手に持ったフォークをパスタの中に入れて。

「こう」

 そのままくるくるとフォークにパスタを巻き付かせて、持ち上げる。

「分かる?」

「やってみよう」

 眉根を潜めながら、カルディアは依恋の真似をして、フォークをパスタに巻き付かせて、持ち上げる。

「それでよし」

 言って、依恋は自分のパスタを口に運ぶ。

「なるほど」

 カルディアもその動きを真似して、パスタを口に運んだ。

「ん、美味し……」

「君には……助けられてばかりだ。感謝する」

「どういたしまして……でも、それを言ったら、私の方こそ、ありがとうを言わなきゃ」

「……どうしてだ?」

 食べながら問うカルディアに、対して、くるくるとフォークを回しながら依恋は言う。

「だって、守ってくれたんでしょ、私達の街を」

 あのロボット――パラディオンは、カルディアそのものだ。街に襲い掛かってきた怪物を倒してくれた。文字通り命がけで。

 カルディアが戦ってくれたから、こうしてパスタを食べることだって出来ているのだ。

 ――最初に、言っておくべきだったんだよね、多分。

 なのに、こうしてついでみたいにして……と、依恋は自分の心に影を落とす。

 そうして、上を見た。空に開いていた裂け目は、もう無い。たった一日で、ナノマシン・ケイオスが補修してくれたからだ。

 そんな依恋を見て、カルディアは首を横に振った。

「君が、感謝をする必要は無い」

「……どういう事?」

「僕は、都市防衛機構パラディオン・システィマの一部だ。このコロニーを危険から守るのは、僕に与えられた目的、成すべき事だ。それを成し遂げただけで、それは当然そう有るべきことでしかない。客観的に見て、君が僕に感謝する必要はない」

 さらりと言って、カルディアはパスタを口に運ぶ。

 ――なんか、それは違うと思うな。

 そう感じたから、依恋は口を開いた

「それでも、ありがとう」

「何故……」

「私が、そう思ったから、かな」

 パスタを口に運んで――美味しい――食べながら少し考えて、依恋は続けた。

「感謝なんて、そうしなきゃいけないからするものじゃないんだと、私は思う。私がありがとうって思ったから、そう言うんだよ。そういう気持ちを伝えたいから。だから、ありがとう」

 上手く、言葉に出来たかな? 伝わったかな? そんな事を考えながら、依恋はもう一度、パスタをフォークに巻き付ける。

「そう、か……」

 カルディアはフォークをくるくると回している。口に運んでも良いような量はもう巻き付いているのに、それでも、くるくる、くるくると。

「感謝とは、客観ではなく主観に存在するのか……なるほど……」

 そして、カルディアは正面を――依恋の方を真っ直ぐに見た。

「うっ……」

 思わず、依恋は仰け反ってしまう。こうして正面から見られると、カルディアの顔の整い方――なるほど、人造物である――に、気圧されてしまう。

 ――び、美形はパワーが有る……!

 そんな依恋の様子を気にすることもなく、

「ならばやはり、僕からもありがとう、だ。僕は、主観的にも君に感謝している」

「……そっか」

 言われて、依恋は思わず微笑んだ。

 ――少しだけ、ほんの少しだけ、人間っぽくなったかな?


:――:


「おはよー」

 翌朝。再開した学校に登校して、依恋は挨拶しながら教室に入る。

 あの後、カルディアとはお互いの部屋の前まで行って分かれた。さて、依恋は今日からは登校するわけだけれども、カルディアはどうするのだろうか。

 ――まさか一日部屋の中に籠もってるわけじゃないよね?

 ちゃんとご飯食べてるかな? 必要なものは買えてるかな? そんな事を考えながら着席する。と――

「おいっす、おはよー」

「おはよ、澄花」

 くるりと前の席の少女――黒井澄花が席の上で身体だけを回して、背もたれを抱き抱えた。

「なんか皆思ったより平気みたいで良かった良かった」

「本当にね」

 言いながら、依恋は周りを見回した。

 空席は――元から空いている、依恋の隣くらいで、増えているようには見えない。

 学内ネットワークでも、犠牲者は出てないということだったし、これもカルディアが上手く立ち回ってくれたということなのだろう――と依恋は理解する。

「ところでさ、聞いた? 例の噂」

「例のって、何?」

「来るんだってさ、てんこーせーが」

「へー、珍しい……っていうか、そんなシステムあったんだ」

 都市ひとつ分の大きさしか無いこのコロニーでは、転校自体がそうそう起こるものではない。

 少なくとも、依恋は初めて経験する。

「やっぱあれかー、一昨日の、ロボットの怪物退治。あれの関係で何かかなー」

「あー、人はともかく、物は壊れたしね……」

 いくら建材がナノマシン・ケイオスで補修が用意だからといって、それで全てが上手くいくわけではない……ってことなのかもしれない、と依恋は澄花の言葉に納得する。

「でさ、てんこーせーを見かけた子の話なんだけどー。そのてんこーせーって言うのが――」

「はいみんな席に着いてー」

 澄花の言葉の途中で、担任の教師が教室に入ってきた。

「おっと、じゃあ、後でー」

「うん」

 くるりと背を向けた澄花に向かって、依恋は返した。

 ――転校生、転校生かぁ……

 まず間違いなく、空いている依恋の隣に座ることになるわけだし、気にならないわけがない。

 そんな事を考えていると、教卓の前に立った教師が口を開いた。

「今日は転校生を紹介しまーす。じゃあ、入ってきて」

「はい」

 ――……ん?

 転校生と思しき返答、それに聞き覚えを感じて、依恋は首を傾げた。

 何か、何かが全て繋がりそうな気がする。

 そう考えていると、転校生がすたすたと中へ入ってきた。入ってきたのは、雪原のように白い髪をした少年で――

「え、何アレ……」「カッコいい、っていうか綺麗?」「偉いのが来た……」

 そんな周りの声を聞きながら、その少年の姿を見て、依恋は言葉を失っていた。

 颯爽と歩く、綺麗な赤い瞳をした少年。美しく設えられた人形が、生命を持ってそのまま歩き出したかのようなその姿。

 全てのパズルのピースが組み上げられていく。

 そういえば学生服を持っていた。

 人間らしい生活をするなら、その年頃の少年らしい行動を――つまり、通学するのが自然だ。

 そして住んでいるのが隣なら、同じ学校に行くだろう。

 ――そうか、そうなるんだ……

 教師の隣に立った転校生の少年、それは間違いなく、カルディアだった。

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