2-3
眼の前に居る、引っ越してきたお隣さんはロボットでした。
それも戦闘用のめちゃくちゃでっかいやつ。アニメで見るみたいな。
――冗談みたい……
頭を抱えたくなったけれども、多分本当のことなんだろうなぁ、と依恋はため息を吐いた。実際にロボットは戦ったわけだし、カルディアの浮世離れした感じも、人間じゃなくてロボットだって言うなら、割りと納得がいく――気がする。
「ねぇ、じゃあ白いロボット……っていうか、あんたが戦ってたアレ、なんなの?」
対面に座ったカルディアに向かって、依恋は問う。
どうしても、気になった事だった。空を突き破って現れて、怪物として暴れたアレ。その正体を、この少年は知っているのだろうか。
依恋の問いかけに、カルディアは首を横に振った。
「現状、敵対者の判別は完全には出来ていない。パラディオン・システィマととしては、かの球体を〈卵〉、変異後を〈多頭竜〉と登録した」
「なんだかそのまんま……」
「工夫をこらす理由もない」
真面目くさった言い草のカルディアだった。
「確かに、そうだけどさ……」
「〈卵〉と〈多頭竜〉に関して分かっているのは、ナノマシン・ケイオスをベースとしている存在であるということだ」
ナノマシン・ケイオスはこの第一〇六八コロニーでも、かなりの種類の物体を構成するのに利用されている。依恋が住んでいるアパートも、そこに来るまでに通ってきた道路も、今手の内にある携帯端末も、ナノマシン・ケイオスが使われていたはずだ。
ナノマシン暴走を経て尚、人類はそれを捨てて生活することは出来ない。
それが構成材質ということは――
「それってつまり……あの化物、ロボットなの?」
「機械か否か、という意味では、そうだ。ロボットと言っても間違いはない」
「へぇ……」
傍目から見ているだけでも、生物としか思えないような動きをしていたけれども、あれがロボットなんだ……と依恋は不思議に思う。
「ああいうのが来るって、分かってたの?」
「パラディオン・システィマが完全な予測を出来ていたわけではない。だが、危機には常に備えている」
「そういうものなんだ……」
なんか凄いんだなぁ、ぐらいに思ってぼんやりと依恋が言うと、カルディアはこくりと頷いた。
「僕は……パラディオンは、そのための備えとして作られた」
その顔がちょっと得意げに見えたのは……まぁ、依恋がそういう風に見ているからでしか無いんだろう、多分。
「なんでロボットなの? もっとこう……他に無かったの?」
「それは、人間心理の問題だ」
「え、ロボットに心理とか語られちゃうの、私?」
「客観的であるほうが、分析に関しては有利に働く。人間以外のほうが、人間心理に通じるのは容易だ」
「そう言われるとそうかも……」
他人のことのほうがよく分かる、なんて、それこそ人間のほうがよくある話だろうし。
そんな事を考える依恋に向かって、カルディアは続ける。
「人間は無秩序を秩序だった物であると整理したがる傾向がある。混沌に因果を見出して、自らが納得するストーリーを作り出す。そうやって、世界というものを認識している」
「待って待って待って……よくわかんないから、それ」
頭に手をやって、依恋はカルディアに言う。
秩序とか、無秩序とか、世界とか、因果とか、そんな日常的に使わないような単語をふりかけみたいに使われても、こっちは困るのだ。
そんな依恋の様子を見て、カルディアは言う。
「僕の伝達力が不足していた。すまない。なんとか、君に理解しやすいように説明してみる」
「それはそれでバカにされてるみたい」
「……そういう意図ではない、理解して欲しい」
少しカルディアが口籠ったのは、困惑したからなんだろうか。
「分かるけどさぁ……」
膨れる依恋に向かって、カルディアは続ける。
「つまり、人間は分かりやすい答えが有ると納得する、という事だ。この場合の答え、は現実にそうである必要はない。そういう事なのだ、と大多数の人間が納得出来るものであれば良い」
「うーん……」
「例を挙げる。君の生活圏――このアパートから、学校までの通学路上の何処かで、ガードレールが破れていたとする。君はどう思う?」
「どうって……それは、何かあったんだろうな、って思うけれども」
何もなければ、ガードレールが壊れていることなんて、そうそうないだろう。まぁ、実際壊れていた所で、ナノマシンが詰められて直ぐに補修されるのだけれども。
「では、そのガードレール前の道路に、ブレーキ跡があったら、君はどう思う?」
「それは……手動運転でスピード出しすぎて、ガードレールに突っ込んだ車があって、だからガードレールが壊れてる……んじゃないの?」
全ての自動車には自動運転用の人工知能が内蔵されている。それはそれとして、手動運転が好きな人間もいる。その結果事故が起こることが有っても、それは中々無くなったりしない。
答えを出した依恋に向かって、カルディアが言う。
「実際にはその二つが関係ない可能性も有る。しかし、その二つの事象に君は因果関係を見出して、オーバースピードからの交通事故という物語を作り出し、ガードレールの破損に納得した」
「そういう風に説明されると、なんとなく分かったような、分からないような……ってか、結局、それがあの、アニメみたいなロボットと何の関係が有るの?」
「パラディオンだ」
「……その、パラディオンとどんな関係が有るの?」
変な所で厳格性を求めてくるカルディアに少しばかり嫌気を覚えながら、訂正して依恋は問うた。
「君が、言ったことと無関係ではない」
「うん?」
「アニメみたいな、という事だ。つまり君は、パラディオンを見てこう思ったということだろう。まるでフィクションのヒーローのようだ、と」
「あー、うん、確かに思った」
あんな、いかにもなスーパーロボット、現実に存在するものなんだ、と。
「そして、さっきは〈多頭竜〉の事を怪物だ、とも言った筈だ」
「あーうん、言った。でも、あんなの怪物とか化物以外に、なんて呼べば良いんだか分からないし」
首がうねうねと生えた蛇のような何か、だし。
「結果として、フィクションめいたヒーローが怪物を倒した――そういう構図が出来上がる」
「まぁ、うん」
「理解不能なものを理解不能なものが撃退した、よりも、その方が人間は因果関係と物語を構築しやすい。敵は倒された、という物語を」
英雄による竜殺しは、神話の時代から定番だ。つまり、人間にとって納得しやすい――とカルディアは続けた。
「え……じゃあ、もしかして、ロボットなのって、カッコいいヒーローっぽく人に見えるから、なの?」
「そういうことになる」
「分かったような、それでいいのかな……ってなるような」
「現実に、混乱は最小限に収められている」
「そう言われると、確かにそうなんだけど」
さっき確認したネットの様子でも、極端な混乱は起こっていないように、依恋には見えた。それがパラディオンが敵を倒したことによる効果なのだとしたら、否定は出来ない。
「しかし、パラディオンは英雄として完全ではない、というのが、パラディオン・システィマの認識だ」
「え、そうなんだ」
依恋の間の抜けた返しに、カルディアは真剣な表情で頷く。
「そうだ。英雄は人間で無くてはならない――それが、パラディオン・システィマの出した結論だ」
「分からなくもないかな、それは」
なんとなくだけれども、結局そういうもののような気がする。
「しかし、先も述べた通り、パラディオン・システィマは俯瞰して人間を理解することは出来ても、人間になることは出来ない。俯瞰ではない視点が必要だ。そのために、パラディオンは僕という観測機を用いている」
「あー、そういえば、そんな事言ってたっけ」
観測のために、やってきたのだ――そんな事を、はらぺこのカルディアは言っていた。それがこんな意味だとは思わなかったけれども。
英雄に人間性を付与することによって、英雄としての完成度を高めるため――
「つまり、人間観察して、人間らしくなりたいんだ、あんた」
「肯定する。しかし、想定より遥かに難易度が高いようだ」
「あー……うん、あんたポンコツだもんね……」
「……この躯体は高性能だが」
「そういう事じゃなくて」
カルディアがちょっと不満そうに見えて、依恋は思わず笑いを漏らした。
「とりあえず、人間らしく過ごそうと思ったら、誰彼構わず正体――その、ロボットの中身だって、喋らない方が良いよ」
「そうなのか」
「そーなんです。後はまぁ、ちゃんとご飯食べて、生活出来るようにならないとね……携帯、もってる?」
依恋の問いに、カルディアは首を横に振った。
「不要だ。僕の脳内には、それ以上の機能を持ったものが――」
「いやいやいや」
思わず、依恋はカルディアの言葉を遮った。だって、そうも言いたくなるだろう。
「何処の世界に、携帯の代わりに脳みそ使う人間が居るの」
「だが、機能的には――」
「人間性ー!」
「む……」
そこを突かれると、カルディアは何も言えないらしい。むっつりと黙ってしまった。
はぁ……と、思わず、依恋は溜息を吐いた。なんだか、ほっておけない。やっぱり、捨て犬か何かをたまたま拾ってしまったような気分だ。
「じゃあ、買いに行こっか。携帯」
「……どういうことだ?」
「着いて行ってあげるから、一緒に携帯買いに行こ、って。だって、あんた一人で買えないでしょ、携帯とか」
「……」
考えているのか、カルディアは黙ってしまう。
「とりあえず、私が一緒に行ったほうが、効率は良いでしょ?」
「肯定する」
「じゃ、明日の午前九時に、迎えに来るから。それまでに、晩御飯食べてお風呂入って寝て起きて朝御飯食べること! いーい?」
なんだか、子供を躾けてるみたいだ、なんて思いながら依恋が言うと、カルディアはまた首を縦に振った。
「努力する」
:――:
「おはよ。ご飯食べた?」
言いながら、依恋は隣室のドアを叩いた。ドアノブを回してみると、どうやらカルディアは鍵をかけていなかったようで、当然のようにドアは開いた。
――いや、多分に用心とか要らないんだろうけどさ。
「入るね」
「構わない」
カルディアの返答を聞きながら、依恋は三〇二号室へと入っていく。昨日と同じく、カルディアはテーブルに着座していた。格好も、昨日のままだ。要するに、学生服だ。
「え、もしかして他の服持ってないの? 洗濯とか出来る?」
依恋自身もパーカーにミニスカートのカジュアルな格好で、そこまで気を使っているわけではないけれども、さすがに学生服は気になる。
「他の衣服も所有している。そしてこれは、先日とは別の服だ」
「……え、制服と私服兼用で、しかも制服たくさん持ってるの? 制服じゃない服は」
「有るが」
それであえて、昨日と同じ学生服を選んだのか――と溜息を吐きたくなる。こいつは本当に、もう……
「じゃあ、私服は学生服とは別にしてね……」
「なるほど、そうしよう」
言うと、カルディアは椅子から立ち上がり、学生服のボタンに手を掛けた。そのまま、さも当然のように、ボタンを外し始める。
「あ、わわ、ちょ、ちょっと!」
「……何か」
動きを止めて、依恋を真っ直ぐに見てくるカルディア。当然の事ながら、軽く前がはだけている。頬が少し熱くなるのを、依恋は感じていた。
「い、いや、何してんの?」
「着替えだが」
正直そんな事のような気はしていたけれども、あまりに当然のように言われて、依恋は声を荒げた。
「今日はいいから! 後、着替えるにしても、一人のときにして! 少なくとも私の前で服脱ぐのやめて!」
「……そうか」
依恋の剣幕にも血相一つ変えること無く、カルディアは上着の前を閉め始める。
――デリカシーとか期待するのが間違いなんだろうけどさぁ……
はぁ……と溜息を吐いてから、依恋はカルディアに向かって言う。
「じゃあ、買い物に行こっか」
「分かった」
「あ、ちゃんと鍵閉めないと駄目だからね?」
そんな事を言いながら、依恋はカルディアに背を向けて、部屋の外に出た。
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