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登録名称コード――不滅の刃デュランダル。起動。目標補足ターゲットロック射出シュート

 パラディオンの声に従い、第一〇六八コロニーの地下に秘匿された武装の一つが起動する。

 道路が展開し、その穴から武装が射出される。

 それは、さながら、翼持つ刃。翡翠色の刀身を持つ長剣エメラルドソード

 スラスターを持ち、自由自在に空を飛び、敵を貫く剣。

 その名を、不滅の刃デュランダル

 パラディオンは、第一〇六八コロニーの防御システムの一部である。それ故に、第一〇六八コロニーとのデータリンクは完全なものだ。

 第一〇六八コロニーに存在するありとあらゆるカメラ、センサーは、そのままパラディオンの目であり、耳となる。

 ――つまり、〈多頭竜〉の逃走は、その最初から現在に至るまで、パラディオンに筒抜けであった。そのような状況で、奇襲など受ける筈もない。

 故に、パラディオンは奇襲をかけようとする〈多頭竜〉に対して、逆に奇襲をかけることにした。

 〈多頭竜〉の見ていない武装を使い、〈多頭竜〉の想定していない位置から攻撃を仕掛ける。

 そのための武装が、自ら飛び、攻撃を仕掛けることが出来る不滅の刃デュランダルだった。

 パラディオンは、不滅の刃デュランダルが、〈多頭竜〉の胴体部を穿いたことを確認する。

 胴体部からは、毒性を持った液状化したナノマシンは吹き出てこなかった。毒があるのは、再生能力が有る首だけなのだろう。

 あの首は攻撃するための武器であり、無数に装填される弾薬でも有るという事だ。

「このまま押し込め、不滅の刃デュランダル

 パラディオンの言葉に従い、〈多頭竜〉の胴体に刺さったまま、不滅の刃デュランダルは噴射炎をより激しく吹き出す。

 不滅の刃デュランダルに押されて、〈多頭竜〉が道路を削り取りながら、首をありとあらゆる方向へと暴れさせながら、意に沿わぬ方向へと進められている。

 その様を、パラディオンはコロニー内に設置されたカメラからの映像で確認している。

 暴れながらも不滅の刃デュランダルに押し込まれる〈多頭竜〉。それが行く着く先は――

 パラディオンは前を見る。

 その視線の先に、それは現れた。

 まるで、食されるのを待つ、切り分けられた果実のように。胴体部に刃を突き立てられ、背後から刃を突き出された、〈多頭竜〉。

 それが、ビル街を疾走させられている。そして、角を曲がってパラディオンへと向かってくるのだ。

 逃げたというのなら、こうやって縫い止めて、捕まえて、連れてくれば良い。

 暴れて、刃から逃れようとする〈多頭竜〉。しかして、そのあがきは全てが無駄だった。

 轟音と粉塵を上げながら、〈多頭竜〉がパラディオンへと近付いてくる。

 しかし、パラディオンは動かない。彼我の距離はどんどんと縮まって行き、やがて零になる。

 パラディオンの真横を、〈多頭竜〉がすり抜ける――その瞬間だった。

 〈多頭竜〉へと身体も頭も向けること無く、後ろ手で不滅の刃デュランダルの柄を握った。

 瞬間、不滅の刃デュランダルのスラスター噴射が止む。

 慣性のままに、〈多頭竜〉の身体は進み、ずるりと不滅の刃デュランダルが抜けていく。

 投げ出され、道路上を滑る〈多頭竜〉。

 その姿に影がかかる。

 〈多頭竜〉の直上。そこに、翡翠の刃を掲げた、パラディオンの姿があった。

目標補足ターゲットロック、攻撃開始」

 言葉とともに、パラディオンの機体が/翡翠の刃が、〈多頭竜〉の胴体部へと降ってくる。

 〈多頭竜〉は、反応できなかった。胴体部に刃を受けたまま引き摺り回され、吹き飛ばされた〈多頭竜〉には、そうする余裕が存在しない。

 無数に存在する、〈多頭竜〉の首を、不滅の刃デュランダルが擦り抜けて、その胴体へと吸い込まれていく。

 ――一刀両断。

 パラディオンの、翡翠の刃による一撃は、〈多頭竜〉を胴体部中央で両断していた。

 びくん、びくん、と、痙攣するように、〈多頭竜〉の首が震える。しかし、それも僅かの間のこと。

 すぐに〈多頭竜〉は全く動かなくなり、同時に自ら毒を浴びせた建物などと同じように、輪郭がぼやけていく。

 不滅の刃デュランダルによって機能中枢部を破壊され、〈多頭竜〉の身体を構成している、ナノマシン・ケイオスが組成を維持出来なくなったのだ。

 まるで、塩をかけられたナメクジのように、〈多頭竜〉の身体は完全に蕩けさせられていた。

「――状況終了」

 パラディオンが言いながら、不滅の刃デュランダルの柄を離す。すると、不滅の刃デュランダルはスラスターを蒸かして、パラディオンの手から空へと飛翔していった。

 戦いは、終わった。


:――:


 都市防衛用機構、パラディオン・システィマより、第一〇六八コロニー住民の皆様へお知らせします。

 当コロニーへの敵性存在に対する攻性防御行動を終了します。

 皆様、御協力ありがとうございました。


 繰り返します。


 都市防衛用機構、パラディオン・システィマより、第一〇六八コロニー住民の皆様へお知らせします。

 当コロニーへの敵性存在に対する攻性防御行動を終了します。

 皆様、御協力ありがとうございました。


:――:


「終わっ……た?」

 パラディオン・システマによる、警報の解除。それを聞いて、依恋はそう言葉を漏らした。

 依恋は地下へと避難せずに――出来ずに、三〇二号室の中から、全てを見ていた。

 白い巨人――いや、ロボットが現れて、空を破って落ちてきた球体、そしてそれが変形した怪物と戦い、倒すまでの全てを。

 本当に、戦闘が起こった。それと、あの少年――カルディアは、何の関係が有るんだろう。

 戦争って、こういうことなんだろうか。

 良くわからない事ばかりだ。でも、一つだけ分かることが有る。それは、あの白いロボットが勝利して、戦いは終わったということだ。

 白いロボットは現れた時と同じように、道路を割って地下へと帰っていった。

 それは、安心して良いことなのか……恐らく、大丈夫なのだろう、とは思うけれども。まるでページをめくるみたいに世界は変わってしまったけれども、続きのページが無くなったりはしなかったんだ、と。

 他の所はどうなっているんだろう――そう思って、依恋は携帯端末に視線を落とす。

「あ――」

 そこで気が付いた。ネットワークサービスと通して、メッセージが届いている。かつては地球の全てを覆ったと言われている情報の網も、今となっては第一〇六八コロニー内部を覆うに留まっている。もっとも、それは結局、世界を覆っている事を意味しているわけだけれども。

 依恋が確認したメッセージの送り主は、黒井澄花。

 そうだった。澄花は一人で、チョコレートとチョコレートを食べに行ったのだった。彼女はどうなったのだろう。

 メッセージはついさっき――戦闘が終わった後に送られている。ということは、少なくとも澄花は無事、ということになる。

「はぁ……」

 大きく息を吐きながら、依恋はメッセージを確認する。

『どー? 生きてるー?』

「なんだかなぁ……」

 その緊張感の無い文面を眺めて、依恋は思わず苦笑した。結構、危機的な状況だったような気がするっていうのに。

 依恋はメッセージを送る。

『生きてる生きてる。そっちはどうなったの?』

『いやー、チョコ食べてる最中になんか来たから、必死に逃げた逃げた。半分食べ損ねちゃったね。そっちはどーよぉー?』

 結構深刻な状況だった筈なのに、澄花の文面だと、全くそんな事は無さそうで、ちょっと気が抜けてしまう。

『自分ち……の隣』

『え、なにそれー。なんで自分ちじゃないの?』

 確かに、奇妙な状況も良いところだ。でも、事実なんだから仕方ない。

『詳しくは後で、でいい?』

『おっけおっけ。あ、がっこからの連絡見た?』

『ん、まだ見てない』

『そうなん? なんか明日休校なんだってさ』

『いや、なんかって、そりゃまぁ休校にもなるでしょ』

 あんなことがあったばかりなんだし。

 依恋も、澄花も無事だったけれども、もしかしたら他の生徒や、その家族はどうか分からないわけだし。

 そんな事を想像して、依恋は少しの寒気を覚える。

 明後日、学校に行ったら、もしかしたら空席が有るかもしれない。二度と埋まることのない空席が。

『そんなもんかー。明後日はどうなるかわかんないけど、またがっこでねー』

『うん、またね』

 そんな事をメッセージで送ってから、依恋は学校のネットワークサービスを覗いて見る。確かに、明日は休校である事を伝えていた。

 対応が異様に早い辺り、これはどうも、教師ではなく都市機構の方からの通達なんだろう。

 しかし――

「あー……」

 思わず、依恋は天井を――人の家の天井を、眺めていた。

 どうしよう、これから。

 今、他人の家に置き去りにされてる状況なんだけれども。

 仕方ないので、ネットワークの湖を色々と眺めてみる。

 白いロボットと怪物が戦っている動画がアップロードされていたり、被害程度が報告されていたり……全体的な雰囲気は何処か――

「現実感が無い、のかな……」

 それも無理は無いと、依恋は思う。起こったことが、起こったこと過ぎた。

 でも、全ては現実に起こったことだ。

 それは、あの空を見れば分かる。

 ひび割れて、晴れ間に雲が覗く、あの青い空を。

 あの空も、すぐに元通りになるんだろうか――そんな事を、依恋が考えたときだった。

 三〇二号室の、ドアが音を立てて開いた。

「あ……」

 依恋が振り返ると、そこにはカルディアの、出ていった時と変わらない姿があった。

「……おかえ、り?」

「……」

 無言で立ち尽くすカルディア。そんな反応を見て、依恋はどういうことかを察する。

「帰ってきたんだから、ただいま、で良いんじゃない?」

「そうか……ただいま」

「はい、おかえりなさい」

 依恋の言葉を聞いて、カルディアは靴を脱いで部屋の中に入ってきた。まるで、何も無かったかのように。

「……ねぇ、何が有ったの」

「何が、とは」

 言いながら、カルディアは先まで自分が座っていた椅子に着く。依恋もその対面に座ることにした。

「いや、戦争が始まるー……って出てったし、なんかその後怪物とロボットが戦い始めるし」

「パラディオンだ」

「え」

「君が、白いロボット、と評した存在の名前は、パラディオンだ」

「パラディオン、って確か、避難警報出してた……」

 あの警報に、そんな名前が出ていたような覚えが――ぼんやりとだけれども、依恋にも有る。コロニー管理側の何かの名前、くらいにしか意識していないから、しっかりと思い出すことは出来ないけれども。

 そんな依恋に向かって、カルディアは言う。

「都市防衛機構パラディオン・システィマ。その、攻性防御用機体パラディオン」

「あ、はぁ……詳しいね……」

「僕だ」

「……何が?」

「パラディオンは、僕だ。詳細情報に通じているのは、当然と言える」

「……うん?」

 え、何? と、投げられたカルディアの言葉を、依恋は脳内で咀嚼しようとする。

 僕だ、って何? 僕だ? え、ごめん、わかんない。

「どういう、意味? その……あの、ロボット……パラディオン、だっけ? アレに乗って動かしてるのが、あんたってわけじゃなくて?」

「パラディオンが、僕だ。パラディオンの操縦者が僕だというわけじゃない」

「意味が分からないんだけど……」

 真顔でパワーワードのデッドボール、危険球で投げたほうが退場必至、食らった方も同じく。そんな感じ。

 ――あれ、私の頭も混乱してない?

「上手く説明出来なかったら済まない。つまり、僕は人間ではない」

「え、えぇ……」

 人間じゃない……いやいやいや、どう見ても人間でしょ? と、依恋は心中で困惑する。人間じゃなかったら、なんなんだ。いや、さっきから答えを言われてるような気しかしないんだけれども。

「パラディオンの機能中枢、人工知能の一部。それが、僕だ」

「……つまり、ロボット?」

「それで間違いはない」

「え、マジで……? マジでロボ、ロボット? え、えぇ……」

 真顔、無表情で真面目にとんでもないことを言い出す、カルディアに、依恋は思わず指を突きつけていた。

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