2-2
「
パラディオンの声に従い、第一〇六八コロニーの地下に秘匿された武装の一つが起動する。
道路が展開し、その穴から武装が射出される。
それは、さながら、翼持つ刃。
スラスターを持ち、自由自在に空を飛び、敵を貫く剣。
その名を、
パラディオンは、第一〇六八コロニーの防御システムの一部である。それ故に、第一〇六八コロニーとのデータリンクは完全なものだ。
第一〇六八コロニーに存在するありとあらゆるカメラ、センサーは、そのままパラディオンの目であり、耳となる。
――つまり、〈多頭竜〉の逃走は、その最初から現在に至るまで、パラディオンに筒抜けであった。そのような状況で、奇襲など受ける筈もない。
故に、パラディオンは奇襲をかけようとする〈多頭竜〉に対して、逆に奇襲をかけることにした。
〈多頭竜〉の見ていない武装を使い、〈多頭竜〉の想定していない位置から攻撃を仕掛ける。
そのための武装が、自ら飛び、攻撃を仕掛けることが出来る
パラディオンは、
胴体部からは、毒性を持った液状化したナノマシンは吹き出てこなかった。毒があるのは、再生能力が有る首だけなのだろう。
あの首は攻撃するための武器であり、無数に装填される弾薬でも有るという事だ。
「このまま押し込め、
パラディオンの言葉に従い、〈多頭竜〉の胴体に刺さったまま、
その様を、パラディオンはコロニー内に設置されたカメラからの映像で確認している。
暴れながらも
パラディオンは前を見る。
その視線の先に、それは現れた。
まるで、食されるのを待つ、切り分けられた果実のように。胴体部に刃を突き立てられ、背後から刃を突き出された、〈多頭竜〉。
それが、ビル街を疾走させられている。そして、角を曲がってパラディオンへと向かってくるのだ。
逃げたというのなら、こうやって縫い止めて、捕まえて、連れてくれば良い。
暴れて、刃から逃れようとする〈多頭竜〉。しかして、そのあがきは全てが無駄だった。
轟音と粉塵を上げながら、〈多頭竜〉がパラディオンへと近付いてくる。
しかし、パラディオンは動かない。彼我の距離はどんどんと縮まって行き、やがて零になる。
パラディオンの真横を、〈多頭竜〉がすり抜ける――その瞬間だった。
〈多頭竜〉へと身体も頭も向けること無く、後ろ手で
瞬間、
慣性のままに、〈多頭竜〉の身体は進み、ずるりと
投げ出され、道路上を滑る〈多頭竜〉。
その姿に影がかかる。
〈多頭竜〉の直上。そこに、翡翠の刃を掲げた、パラディオンの姿があった。
「
言葉とともに、パラディオンの機体が/翡翠の刃が、〈多頭竜〉の胴体部へと降ってくる。
〈多頭竜〉は、反応できなかった。胴体部に刃を受けたまま引き摺り回され、吹き飛ばされた〈多頭竜〉には、そうする余裕が存在しない。
無数に存在する、〈多頭竜〉の首を、
――一刀両断。
パラディオンの、翡翠の刃による一撃は、〈多頭竜〉を胴体部中央で両断していた。
びくん、びくん、と、痙攣するように、〈多頭竜〉の首が震える。しかし、それも僅かの間のこと。
すぐに〈多頭竜〉は全く動かなくなり、同時に自ら毒を浴びせた建物などと同じように、輪郭がぼやけていく。
まるで、塩をかけられたナメクジのように、〈多頭竜〉の身体は完全に蕩けさせられていた。
「――状況終了」
パラディオンが言いながら、
戦いは、終わった。
:――:
都市防衛用機構、パラディオン・システィマより、第一〇六八コロニー住民の皆様へお知らせします。
当コロニーへの敵性存在に対する攻性防御行動を終了します。
皆様、御協力ありがとうございました。
繰り返します。
都市防衛用機構、パラディオン・システィマより、第一〇六八コロニー住民の皆様へお知らせします。
当コロニーへの敵性存在に対する攻性防御行動を終了します。
皆様、御協力ありがとうございました。
:――:
「終わっ……た?」
パラディオン・システマによる、警報の解除。それを聞いて、依恋はそう言葉を漏らした。
依恋は地下へと避難せずに――出来ずに、三〇二号室の中から、全てを見ていた。
白い巨人――いや、ロボットが現れて、空を破って落ちてきた球体、そしてそれが変形した怪物と戦い、倒すまでの全てを。
本当に、戦闘が起こった。それと、あの少年――カルディアは、何の関係が有るんだろう。
戦争って、こういうことなんだろうか。
良くわからない事ばかりだ。でも、一つだけ分かることが有る。それは、あの白いロボットが勝利して、戦いは終わったということだ。
白いロボットは現れた時と同じように、道路を割って地下へと帰っていった。
それは、安心して良いことなのか……恐らく、大丈夫なのだろう、とは思うけれども。まるでページをめくるみたいに世界は変わってしまったけれども、続きのページが無くなったりはしなかったんだ、と。
他の所はどうなっているんだろう――そう思って、依恋は携帯端末に視線を落とす。
「あ――」
そこで気が付いた。ネットワークサービスと通して、メッセージが届いている。かつては地球の全てを覆ったと言われている情報の網も、今となっては第一〇六八コロニー内部を覆うに留まっている。もっとも、それは結局、世界を覆っている事を意味しているわけだけれども。
依恋が確認したメッセージの送り主は、黒井澄花。
そうだった。澄花は一人で、チョコレートとチョコレートを食べに行ったのだった。彼女はどうなったのだろう。
メッセージはついさっき――戦闘が終わった後に送られている。ということは、少なくとも澄花は無事、ということになる。
「はぁ……」
大きく息を吐きながら、依恋はメッセージを確認する。
『どー? 生きてるー?』
「なんだかなぁ……」
その緊張感の無い文面を眺めて、依恋は思わず苦笑した。結構、危機的な状況だったような気がするっていうのに。
依恋はメッセージを送る。
『生きてる生きてる。そっちはどうなったの?』
『いやー、チョコ食べてる最中になんか来たから、必死に逃げた逃げた。半分食べ損ねちゃったね。そっちはどーよぉー?』
結構深刻な状況だった筈なのに、澄花の文面だと、全くそんな事は無さそうで、ちょっと気が抜けてしまう。
『自分ち……の隣』
『え、なにそれー。なんで自分ちじゃないの?』
確かに、奇妙な状況も良いところだ。でも、事実なんだから仕方ない。
『詳しくは後で、でいい?』
『おっけおっけ。あ、がっこからの連絡見た?』
『ん、まだ見てない』
『そうなん? なんか明日休校なんだってさ』
『いや、なんかって、そりゃまぁ休校にもなるでしょ』
あんなことがあったばかりなんだし。
依恋も、澄花も無事だったけれども、もしかしたら他の生徒や、その家族はどうか分からないわけだし。
そんな事を想像して、依恋は少しの寒気を覚える。
明後日、学校に行ったら、もしかしたら空席が有るかもしれない。二度と埋まることのない空席が。
『そんなもんかー。明後日はどうなるかわかんないけど、またがっこでねー』
『うん、またね』
そんな事をメッセージで送ってから、依恋は学校のネットワークサービスを覗いて見る。確かに、明日は休校である事を伝えていた。
対応が異様に早い辺り、これはどうも、教師ではなく都市機構の方からの通達なんだろう。
しかし――
「あー……」
思わず、依恋は天井を――人の家の天井を、眺めていた。
どうしよう、これから。
今、他人の家に置き去りにされてる状況なんだけれども。
仕方ないので、ネットワークの湖を色々と眺めてみる。
白いロボットと怪物が戦っている動画がアップロードされていたり、被害程度が報告されていたり……全体的な雰囲気は何処か――
「現実感が無い、のかな……」
それも無理は無いと、依恋は思う。起こったことが、起こったこと過ぎた。
でも、全ては現実に起こったことだ。
それは、あの空を見れば分かる。
ひび割れて、晴れ間に雲が覗く、あの青い空を。
あの空も、すぐに元通りになるんだろうか――そんな事を、依恋が考えたときだった。
三〇二号室の、ドアが音を立てて開いた。
「あ……」
依恋が振り返ると、そこにはカルディアの、出ていった時と変わらない姿があった。
「……おかえ、り?」
「……」
無言で立ち尽くすカルディア。そんな反応を見て、依恋はどういうことかを察する。
「帰ってきたんだから、ただいま、で良いんじゃない?」
「そうか……ただいま」
「はい、おかえりなさい」
依恋の言葉を聞いて、カルディアは靴を脱いで部屋の中に入ってきた。まるで、何も無かったかのように。
「……ねぇ、何が有ったの」
「何が、とは」
言いながら、カルディアは先まで自分が座っていた椅子に着く。依恋もその対面に座ることにした。
「いや、戦争が始まるー……って出てったし、なんかその後怪物とロボットが戦い始めるし」
「パラディオンだ」
「え」
「君が、白いロボット、と評した存在の名前は、パラディオンだ」
「パラディオン、って確か、避難警報出してた……」
あの警報に、そんな名前が出ていたような覚えが――ぼんやりとだけれども、依恋にも有る。コロニー管理側の何かの名前、くらいにしか意識していないから、しっかりと思い出すことは出来ないけれども。
そんな依恋に向かって、カルディアは言う。
「都市防衛機構パラディオン・システィマ。その、攻性防御用機体パラディオン」
「あ、はぁ……詳しいね……」
「僕だ」
「……何が?」
「パラディオンは、僕だ。詳細情報に通じているのは、当然と言える」
「……うん?」
え、何? と、投げられたカルディアの言葉を、依恋は脳内で咀嚼しようとする。
僕だ、って何? 僕だ? え、ごめん、わかんない。
「どういう、意味? その……あの、ロボット……パラディオン、だっけ? アレに乗って動かしてるのが、あんたってわけじゃなくて?」
「パラディオンが、僕だ。パラディオンの操縦者が僕だというわけじゃない」
「意味が分からないんだけど……」
真顔でパワーワードのデッドボール、危険球で投げたほうが退場必至、食らった方も同じく。そんな感じ。
――あれ、私の頭も混乱してない?
「上手く説明出来なかったら済まない。つまり、僕は人間ではない」
「え、えぇ……」
人間じゃない……いやいやいや、どう見ても人間でしょ? と、依恋は心中で困惑する。人間じゃなかったら、なんなんだ。いや、さっきから答えを言われてるような気しかしないんだけれども。
「パラディオンの機能中枢、人工知能の一部。それが、僕だ」
「……つまり、ロボット?」
「それで間違いはない」
「え、マジで……? マジでロボ、ロボット? え、えぇ……」
真顔、無表情で真面目にとんでもないことを言い出す、カルディアに、依恋は思わず指を突きつけていた。
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