第2話

 油断していた。そう思わないでもない。


 伊集院隼人。そんな高貴にも安っぽくも見える名前の男と出会ったのはおよそ半年前。隼人は四十歳で、フリーライターということだった。フリーライターと言えば格好良く聞こえるが、実態は無職と大差ない。よって、びっくりするほどお金を持っていなかった。そして、その反対に戸籍についているバツの数は私より一つ多く、二度の離婚歴を持つ。


 こんな男が私を捨てて、よその女とどうかなるなど考えもしていなかった私は心のどこかで彼を見下し、侮っていたのかもしれない。


 隼人とはとある高級スイーツ店のオープン記念セレモニーで出会った。


 その店舗はフランスで有名なパティシェ兼実業家の日本進出一号店だった。開店決定時から注目されていた店なので、隼人としてはとにかくセレモニーに紛れ込み、撮れるだけ写真を撮り、聞こえてくる話を全て記録しておけば、後々何かしら仕事につながるだろうという淡くて甘い考えがあったようだ。そして彼は通訳としてその場にいた私に目を付けた。フランス人パティシェと日本のマスコミを繋ぐのは通訳だからだ。彼はセレモニーの間ずっと私の傍から離れず、やり取りに耳をそばだて、セレモニーがはねてからも帰路につく私を目ざとく見つけて、他に情報はないかとさらに食い下がってきた。


 私が隼人のしつこい誘いを受け容れてバーに入ってしまったのは、その日の仕事にほとほと疲れていて追い払うのが面倒になってしまっていたことと、あまりの空腹に一刻も早く何かを食べたかったことが重なっていたからだ。いや、もう一つある。実は彼の見てくれが周囲のおいしそうなスイーツよりも好みで、通訳の仕事も気もそぞろになるほど目で追ってしまっていたのだ。


 そういうことで私は彼と飲んだ。隼人が私の母校の大学の、しかもゼミの先輩にあたることが分かると急に話が弾んだ。隼人がやる教授のものまねが私のツボに入り、深夜の講堂に入り込みセックスしたという武勇伝が私の子宮を熱く刺激した。

そして疲れとアルコールで脳がぶよぶよになってしまった私には彼の誘いを振りほどく力が残っておらず、いや、そういう口実に身を委ね、抗うことができないという格好でホテルにしけこんだのだ。

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