episode 5 命 A-part

 人類は多頭龍との際どい戦いの末、平穏を手に入れた。

 その人類は、衰退した文明の残滓にすがり、生きている。


 私は久しぶりにリーンの街へ戻ってきた。

 一週間ぶりでも、街の様子に変化はない。屹立する多頭龍の封印体に沿って、空中に三層の地盤が構築されている。

 まずは腹ごしらえ、と思い、移動手段でもある二足歩行の動物、キウを住んでいる小屋に連れていく。

 小屋は第一層、要は地上のはずれにある。あばら家という表現しかできない、そんな小屋である。

 同居人がいるかと思ったが、留守だった。まぁ、大抵はどこかへ出かけているので、驚きもしないし、日常だ。

 キウを置いて、一人で街へ戻る。リーンの街のメインストリートは大抵、何かしらの隊商が店を開いているが、今は野菜と果物の屋台が並んでいる。

 見たこともない野菜の中には味の想像がつきそうにないものがある。その屋台にいる客に、店主が説明らしい言葉を並べ立てているのが耳に入りってきた。

 その横をすり抜け、果物の屋台に立ち寄り、リンゴを三つほど手に入れた。もちろん、冒険はせず、よく知っている品種だ。傷ものを選んで、値切るのも忘れない。

 袋をぶら下げて、街の中心へ進む。

 ちょっと気になるのは、そこここに保安官が立っていることだ。やや短い、取り回し重視の剣を腰に帯び、手には長銃を持っている。

 何よりも緊張した雰囲気を放っているのが、解せない。その上、大抵、二人組か三人組。

 まぁ、たまにこういうこともあるので、気にしても仕方がない。

 私は採掘士と呼ばれる、多頭龍の内部に入って鉱物などを採取する仕事をしている。

 今回の仕事は、他の採掘士の部隊を先導する仕事だった。今頃、彼らは大量の鉱物を運び出しているだろう。私は道案内を終えれば用済みだったので、帰ってきたのである。

 リーンの街には数店舗、採掘士に仕事を斡旋する店がある。そういう店は口利き屋とも言われるが、店はただ場所を貸すだけだ。

 口利き屋の実態は、採掘士を必要とする仕事を依頼したい者、採掘士が必要とする物資や情報を売る者、そういう者が個室を借りて、訪ねてくる採掘士をやりくりする。

 今、向かっている店もその一つで、天城屋という名前だ。

 リーンのメインストリートから少しだけ外れると、その店はある。こぢんまりとした店構えに見える。わざと、そう見せているのかもしれない。

 店舗に入ると、フロアにはテーブルがいくつもあり、そこで客たちが立って飲み食いし、騒々しく話している。この店に椅子がないのは、だいぶ前に乱闘があった時、椅子が凶器になったからと聞いていたけど、本当のところは知らない。

 フロアの奥に、仕事の斡旋や情報や装備の工面をする業者の部屋がある。

 そこには用はない。フロアを横切り、奥のドアへ向かう。ドアの脇に背広の男が立っていた。

 視線がぶつかる。

 目礼が返ってきた。私も軽く頷く。

 背広の男がドアを開けてくれたので、私は奥へ進んだ。

 ドアの向こうは階段だった。地下へ降りていく。明かりは薄暗いが、段はよく見える。

 階段の終点は地下のもう一つのフロアだった。こちらはぐっと静かで、上のフロアと比べると、やはり光量が抑えられている。

 私はカウンターに向かい、そこにいたバーテンダーに「オレンジ」とだけ言った。バーテンダーが用意を始める。

 私はフロアをぐるっとそれとなく見渡した。

 この地下のフロアは、天城屋の上客だけが入ることを許される、特別なフロアだ。ここには仕事を斡旋する業者も、情報や装備を整える業者もいない。

 そういう存在が必要ない程度に、仕事慣れしていて、手助けを必要としない、いわば独立独歩の採掘士、そういう連中が集まる場所だった。

 今、このフロアには私以外に八人がいて、三人組が二つと、二人組が一つだ。それぞれにソファに腰掛けて、静かに話している。

 バーテンダーがカウンターにグラスを置いた。オレンジジュースだ。礼を言って、「軽く何か、食べ物を」と注文してから、グラスを手にカウンターを離れた。

 二人組の方へ近づく。向こうもこちらに気づいているので、軽く手を挙げてくれる。

「久しぶり、二人とも。元気だった?」

「元気さ」二人組の片方、四角い顔の方が答えた。「トキコ、だいぶ薄汚れているけど、仕事帰り?」

「そう。お腹ペコペコ」

 オレンジジュースに口をつける私に、もう一人の方、遮光眼鏡の男が言う。

「トキコは携行糧食しか食べないと思っていたよ」

「たまにはまともなものも食べる」

「携行糧食はまともじゃないってわかっているわけだ」

 そんな話をしていると、バーテンダーがカウンターを出て、私たちのテーブルに小さなサンドイッチを盛り合わせて持ってきた。

「そういえば、トキコは知っているか? 通り魔のこと」

「通り魔?」

 サンドイッチを摘まみつつ、話を聞く。このサンドイッチ、味も上品だなぁ。

「そうだよ。採掘士が何人かやられている」

「どこかのグループの仲間割れとか、そういうのじゃないの?」

 リーンの街も例に漏れず、その手の抗争には事欠かない。

 採掘士は収入が激しく変動する。全く当たりがない時もあれば、突然にデタラメな大当たりにぶつかることもある。

 そういう大当たりに遭遇した採掘士が、一人や二人ならまだ良いが、十人を超えるグループだと、十中八九、仲間割れする。

 仕事の性質が、実際に貴重な資源を持ち帰り、売り払う、などという単純なものじゃないからだ。

 多頭龍の位置は大抵、地図にあるが、その内部は必ずしもそうとは言えない。そういう未開の地に踏み込み、資源を持ち帰ると、その新しく開拓した部分に関する情報さえも、大きな利益を生む。

 金銭的な収入は山分けできても、そういう情報は山分けできない。

 グループの中にはグループ内の掟を作って、無用な争いを避けようとするグループもあると聞く。実際にはそれは機能したりしなかったりだろう。

 私は大抵、一人なので、そういうこととは縁遠いけど。

「どうにも違う」遮光眼鏡が私のサンドイッチに手を伸ばしてくる。「金のない奴もやられているからね」

 私は彼の手を払いのけ、サンドイッチを守った。皿を持ち上げて、遠ざけておく。

「金のない奴は、力のない奴、とどこかの誰かが言ってたね。確か、トキコという名前だった」

 私が言うと二人が失笑する。

「何よ、おかしい? だって、そうでしょ。金のない奴、っていうのは、体良く利用されて、体良く放り出されるものじゃないの? もしかして違う?」

「それもあるかもしれないが、この十日で、十四人が死んでいる」

 さすがに私は黙って、それでもサンドイッチを口に運んだ。

 四角い顔と遮光眼鏡も、それぞれ自分の飲み物に口をつけた。

「十四人ね……」

 声に出しつつ、考えていた。

 多いと言えば多い。しかし、私自身が言ったように、どこかのグループが破綻して、大量殺人が起こったかもしれない。

「実際のところ」四角い顔が渋い顔で言う。「俺たちもこんな噂を真剣に口にするのは馬鹿らしいと思うさ。だか、そうしたくなる事実がある」

「どういう事実?」

「ベリマ、って採掘士を知っているだろ? トキコ」

 さすがに私も話の流れがわかった。サンドイッチの皿をテーブルに置く。

「ベリマがやられたの?」

「そういうこと」

 重苦しい気配に、さすがに私も逡巡した。

 ベリマというのは、男の採掘士で、有名な存在だ。いくつかのグループを立ち上げて、そのグループは今も残っているはずだ。

 あまりにグループを多く設立し、確実に運営を軌道に上げていくことから、建築屋とかあだ名された採掘士で、集団を作る才能があり、本人も剣士として実戦をこなしていたはずだった。相当の使い手と聞いている。

 そのベリマが、殺された?

「あいつに限ってグループに裏切られるとも思えない」

 四角い顔が首を捻って言う。

「そういう動きはすぐに分かりそうだね。奴のグループは今のところ、分解しているところはないようだしな」

 私は無意識に顎を撫でていた。

「私も同意見かな、詳細を知らなくても普通に現状は想像できる。ベリマのグループは、今、その通り魔を総出で追っているわけでしょ?」

 そうだ、と遮光眼鏡が頷いた。

「全く、わけのわからない事件だよ。十四人も殺すとは、まともじゃない。殺人鬼とも呼ばれ始めている。保安官を見ただろう?」

「見たよ、連中、ピリピリしていて、その殺人鬼のことが原因だったか。ベリマが殺されたのは、極めてまずい、そうなると。犯人がはっきりすれば、ベリマの関係したグループが、全体で潰しにかかる」

「犯人像もわからないうちから、気がはやい話だ」

 四角い顔が飲み物を飲み干した。遮光眼鏡がまたサンドイッチに手を伸ばすので、私はもう一度、皿を手に持った。

「それにしても、ベリマがね……」

 採掘士は長生きできる職業ではないと、自分でもわかっているし、今まで、何人もの採掘士が死んでいくのを見た。

 それでも、知っている人間が死ぬのは、衝撃を受けるものだ。

 サンドイッチを食べ終わるまで、私は二人と情報を交換したけど、どうしても殺人鬼の話題になり、もちろん、私にも二人にも、心当たりがあるわけもない。

 私は仕事が終わったばかり、収入のあった直後なので、仕事を無理に探す必要もない。二人はこれからリーンを離れて、多頭龍に潜る仕事をすると言っていた。

 最後に二人は私に気をつけるように忠告し、去って行った。

 一人になり、私はサンドイッチの二皿目を注文し、フロアにいる三人組に近づいてみた。

 そこでもやはり殺人鬼の話題だが、目新しい情報はない。殺人鬼は私とは無関係なので、ここ一週間の採掘士界隈での出来事を尋ねると、二十人という大規模な採掘士の募集があり、その二十人が揃って多頭龍へ出かけて行ったらしい。

 その二十人のうち、何人が帰ってくるか、賭けの対象になっている、というしょうもないオチだった。

 サンドイッチを食べ終わり、私は三人組に断って、そこを離れた。バーテンダーにコインを渡し、支払いをすませると、私は地上へ戻り、小屋へ向かって歩き出した。いつの間にか時間が過ぎていて、夕日が眩しい。

 小屋に戻ると、同居人の老婆はすでに戻ってきていた。

「帰ってきたのかい、トキコ」

「マワリこそ、あまり遠出しないでね、危ないから」

 真っ白い髪を一つに結んでいるマワリは、腰も少し曲がっている。

 私は袋に入れて提げていたリンゴを一つ、彼女に投げ渡す。受け取ったマワリは、懐からナイフを取り出し、器用に皮をむいて、小さく切り始めた。残りの二つも、テーブルに置いておく。

「ベリマが死んだって聞いた」

 私が言うと、マワリは切り終わったリンゴを咀嚼しながら、応じる。

「一週間前だね。よくある話、で片付けられないかね?」

「片付けてもいい、とは思っている」

「片付けてもいい、とは、片付けないかもしれない、って暗に言っているわけかい」

 私は渋面になっているのを意識しつつ、「考えている」と応じて、台所へ行った。

 食事の支度が済んで、居間に戻ると、マワリは二つ目のリンゴを食べ終わるところだった。年齢の割に食欲だけは旺盛なのだ。

 質素な料理がテーブルに並び、二人で食べ始める。

「人間とは、無情なものだね」

 マワリが呟くように言う。

「どれほど強く生きても、いずれは死んでしまう。それも、道半ばでも、生を断ち切られもする。これこそが、無情というものだろうね」

「マワリもまだ、道半ば?」

「いつ死んでも、人生に満足したと思って死ねるように、努力している」

 やれやれ、すごい婆さんだ。

 食事が終わり、私は小屋の外に出た。すでに日は暮れている。

 小屋の窓から明かりが漏れている。

 私は剣を鞘から抜いた。構え、じっと動きを止める。

 集中している自分を感じる。こうしていると、大抵のことを頭から追い出せる。 

 そのことを剣術の師でもあるマワリに話すと、ただニヤニヤと笑われただけだった。

 しばらく剣を構えて、一度だけ、剣を振ってみた。

 鞘に戻して、小屋に戻った。

 明日からちょっと、動いてみよう。


 リーンの街も他の街と同じように、採掘士は仲間同士で固まる傾向にある。

 その最たる場所が斡旋屋なのだが、そこ以外にも、採掘士が集まる店もある。大抵はどこかのグループの根城である。

 私はそんな店を二軒ほど訪ね、太陽が真上に来たので、メインストリートの一角の公園で、ベンチに座って昼食にしていた。訪ねた店の一軒で買ったハンバーガーだ。

 二軒の店は、どちらも小さな飲食店で、初めて行った店だけど、その手の店と大体、同じだ。

 グループの身内しかいないし、そのため、私が入っても特に気にせず、大騒ぎするような会話を中断することもない。ついでに、私を加入希望者と見たのか、いかにも若手のメンバーが声をかけてくる始末。

 私はその男に、殺人鬼のことを単刀直入に尋ねてみた。

 その瞬間、店の空気が凍りつき、さすがに全員が黙り込んだ。

 これは相当、張り詰めているな、と私は評価を更新できた。

 幹部らしい男が近づいてくると、こちらから質問したいのに、逆に私が何か知っているか、詰問し始めた。

 当然、私は何も知らない。こちらが教えて欲しい、と口にしても、彼らは構わず、私を質問攻めにし始める。

 どんどん雰囲気が悪くなり、彼らが剣を抜きそうだったので、私は店を出た。

 一軒目がそんな具合で、二軒目もそれほど変わらなかった。ただ、二軒目の方が冷静で、ハンバーガーを買うことができた。

 二軒を確認してわかったことは、ほとんどない。はっきりしたのは、殺人鬼は被害者の数に比例して、様々な人間に追われている。

 ここに来る途中で保安官事務所の広報も確認した。殺人鬼に関する注意喚起書が発行されていた。

 この書類を見ると、被害者にはこれといって共通点がない。

 年齢、性別、バラバラだ。職業は、採掘士が多い。ただ、老人が二人、含まれている。七十代で、職業は採掘士ではない。若い頃は採掘士だったかもしれないが、七十代で現役という可能性はゼロだ。

 被害者の名前も載っていて、ベリマの名前もある。他には知っている被害者は、一人の男性だけ。採掘士で、でも、私が彼を見た時はまだ駆け出しだった。それほどの実力者ではない。

 殺人鬼は相手を選んでいないのか。

 それが当然かもしれないけど、しかし、受け入れ難かった。

 相手を選ばない、無差別という可能性は、どれほどだろう。

 被害者に採掘士が多い、そこが気になる。もし、無差別なら、もっと弱者を狙うのが普通じゃないだろうか。

 ベリマが殺されたのも、違和感である。一流の剣の使い手を、どういう殺人鬼が狙うのか。楽な相手ではない。下手をすれば返り討ちに遭う。

 そうなると何か、被害者に共通点があるのか。ベリマのグループの仲間割れはないと聞いているけど、では、グループ間の抗争だろうか。

 私はハンバーガーを食べ終わり、近くの屋台で野菜ジュースを買った。それを飲みつつ、斡旋屋へ向かっていた。

 一人で考えても仕方ない。

 天城屋ではなく、別の斡旋屋、スズハナが近い。店はメインストリートからやや離れているが、繁盛している店だ。

 中に入ると、一般向けのフロアは遅い昼食の最中の客で混んでいる。

 この店でも、上客用のフロアがあり、やはりドアが別に設けられている。この店は背広を二人配置している。二人が私を通してくれた。

 短い廊下の先、明るいが狭いフロアに椅子と机が並んでいる。客は四人で、ちょうど四人で話しているようだ。そのうちの二人は知り合いだった。

 カウンターでオレンジジュースを頼み、私は四人に近づく。

「あぁ、トキコ、珍しいね、こんな時間に」

 知り合いの一人、頬に傷のある男が迎えてくれる。もう一人の知り合いは長髪の男だ。あとの二人、長身の禿頭の男と、髪の毛を派手に染めている女は知り合いではない。

 簡単な自己紹介が終わり、私は四人の話を黙って聞くことにする。

 彼らはどこかの多頭龍の資源の話をしていたけど、聞いていると、どうもベリマの立ち上げたグループが探索した多頭龍の情報を確認しているらしい。しかし、話の焦点に違和感がある。

 派手な髪の女が、唸り出した。

「懸賞金が入れば豪遊するのになぁ」

「え?」

 私は思わず、声を出していた。そうか、違和感の正体は、そこか。

「懸賞金が出ているの?」

 四人が、知らないのか? という顔でこちらを見た。

「採掘士協会が、殺人鬼に懸賞金を出しているよ」長髪の男が髪の毛に触りながら言った。「昨日の夜、理事会でそう決まった」

「でも、採掘士だけが狙われているわけじゃないでしょ?」

「俺は知らないけど」禿頭が言う。「これから他の業種の協会が、懸賞金を出す、っていう噂もある。リーンの治安を守るためにね。そのうち、保安局も出すんじゃないか?」

 場が静まり返った。

 どうやらこの四人は、懸賞金が懸けられるだけ懸けられたところで、殺人鬼を検挙するつもりらしい。そのために、ベリマの関係するグループについて議論していたわけだ。

 まぁ、それも悪くはない。採掘士は慈善事業家じゃないんだ。

 バーテンダーがオレンジジュースを持ってきて、ちょっと場の空気が緩んだ。 

 そのタイミングで私はテーブルに保安局で配布していた書類を広げた。

「この十四人に何か、共通点はないかな」

「何度も検討したよ、お嬢ちゃん」

 派手な髪の女が呆れたように言う。

「職業は採掘士が多いが、単独の仕事人もいれば、グループの一員もいる。グループの一員でも若手から幹部までいる。採掘士の被害者は、過去に何か接点がないか、だいぶ探ったけどさ、何も出てこない。他にも、採掘士とは何の関係のない被害者もいる」

 どうやら、情報はおおよそ出尽くしていて、すり合わせも済んでいるようだ。

 私は椅子にもたれて、ジュースを飲んだ。その間にも四人が話し続けている。

「関係のある業者も当たったわけだよね、確か。同じ武器屋、口利き屋の繋がりはないか?」

「ないね。あるとしても、全体には共通しない」

「そもそも、そこまで突き詰めると、今度は範囲が広がりすぎて、被害者と加害者の関係が絞れない」

「出身地は?」

「てんでバラバラ」

「じゃあ、やっぱり怨恨か?」

「その怨恨がどういうものか、わからないぜ」

「住所は? 殺人鬼は被害者と近い場所で生活していたんじゃ?」

「その辺は、保安局の仕事だ。俺たちがやってもいいけど、面倒だよ」

「どこかで聞いた、被害者が殺人鬼に食われていた、って話は?」

「食われたって、例の抉られた傷のことか? そういう性癖じゃないの? 人肉美味しい、みたいな」

「うえぇ。肉を食べられなくなるから、やめてくれ」

「何かの痕跡を消すためじゃない?」

 議論は取り留めもない。

 そのうちに、シンと静まってしまった。

「私」

 書類をまとめて、私は席を立った。

「もうちょっと考えてみる。悪いね、邪魔した」

「別にいいさ」頬に傷のある男が、ニヤリと笑う。「もし殺人鬼が割り出せたら、手を貸してくれ。懸賞金は山分けだ」

 私は手を振ってから、カウンターで支払いを済ませて、外へ出た。

 スズハナを出ようとすると、背後で騒ぎが起こった。振り返ると、フロアの隅の方で、取っ組み合いを始めている男たちがいる。見るからに採掘士だった。それもただの乱暴者のような採掘士だ。

 取っ組み合う二人を一人が引き剥がそうとしている背後で、その制止しようとしている男に向かって、椅子を振り上げた別の男がいる。

 果たして、椅子は振り下ろされ、粉々に壊れて、男が倒れこんだ。

 他にも仲間がいたらしく、結果、事態は簡単には収拾がつかない、大乱闘に発展していった。

 私は玄関の近くに陣取って、乱闘を眺めていた。なかなか、面白いのだ。

 採掘士をやろうという大人が、半端な腕力なわけがない。全力で殴り合うと、人間が宙を飛ぶ場面の連続になる。

 冗談のような光景は、見物の価値がある。

 店の用心棒である黒服がわらわらと出てくると、暴れる採掘士を次々とのしていく。

 腕の一本や二本、折っても構わないというような強行的な制圧により、結果、十人ほどの採掘士が店から放り出された。立ち上がれず倒れこんでいるものもいる。

 私は店を出ようとした。

 ちょうど、店の奥で、例の椅子に殴られた男が黒服に支えられ、

「法印を受けるか?」

 と、質問されていた。

 店の外でも、ならず者と言っても構わない採掘士たちが、それぞれに体を引きずるようにして去って行くところだ。彼らは見るからに収入が少なそうだし、治療費もバカにならないだろう。

 数歩歩いて、何かが引っかかっているのに、気づいた。

 なんだ?

 治療費、じゃないな。

 なんだろう。

 また歩みを再開する。暴れていた採掘士がまた大声で喚いている。

 法印なんざ、いらねぇ!

 ……そうか。

 法印というのは、魔法の一つである。

 多頭龍と人類の戦いで、人類の勝利に大きく貢献した存在が、始祖の魔法使い、と呼ばれる存在だ。

 その一人から始まった魔法は、現在、三つの系統に分かれている。

 何かしらの力を抑え込んだり、付与する封印。

 物理力などを発生させる、術印。

 そして、治癒を司る、法印である。

 私は歩きながら、ぼんやりと考えていた。

 法印だけじゃなく、封印や術印が共通点になり得るのではないか。

 それを調べる方法は、ないわけじゃない。被害者の関係者を当たればいいのだ。

 書類を広げる。老人が一番、わかりやすいだろう。

 懇意にしている情報屋を訪ねることにした。場所は第二層だ。ロープウェイに乗って移動しながらも、例の保安局発行の書類をよくよく確認した。

 ベリマの知り合いはよく知っている。つまり、目星をつけた老人と、ベリマの共通点を洗い、何かがひっかかれば、そこを今度は手繰る。

 情報屋は暇そうに、表の職業である乾物屋を開いていた。

 私が殺人鬼に殺された老人のことを訊ねると、すぐに詳細な情報が出てきた。

「その手の情報の売り買いがここのところ盛んでね。自分で動かなくても、入ってきて助かる」

 情報屋はそんなことを言っていた。安くない報酬を渡すと、彼が嬉しそうに笑った。

 私は歩きながら、受け取った書類を確認する。とりあえず、遺族の住所はわかった。

 少し迷ったけれど、その遺族を訪ねてみた。

 が、当然、追い返された。それもそうか。私みたいに情報集めに訪ねてくる連中は砂の粒ほどいるのだろう。

 どうするべきか、迷った。

 情報屋の書類を確認する。老人は根っからの商売人で、個人の店を商っていた。採掘士とは関係ない。武器を持ったこともないような、そんな経歴が書類に書かれている。

 どこかしらの採掘士との関係はなさそうだった。商店は食料品店で、採掘士と契約を結んだ痕跡はない。小さな店で、特定の採掘士が頻繁に出入りしていたかは、近所の人間が見た範囲でははっきりしていない。

 この筋も、やはり、袋小路か。

 何かありそうだったけど、違うのか?

 書類をまた確認する。これ以外、できることがない。

 足を止めて、道の端で睨むように文章を追った。

 だめだ、何もわからない。

 私は天を仰いで、また歩き出した。ベリマの知り合いにあたってみよう。

 第一層へ戻り、ベリマが立ち上げたグループの根城に行ってみた。午前に訪ねた店と似ているが、雰囲気は全く違う。落ち着いていて、理性的だ。

 グループの幹部は私と顔見知りだった。

 私は彼に情報屋で受け取った書類を見せ、何か気づくことはないか聞いてみたけれど、彼は書類をざっと見ただけで、返してくる。

「トキコ、この件は俺たちも必死になって探している。この程度の情報で、何かがわかる段階じゃないよ」

 まぁ、それもそうか。

「ただ、目の付け所は良い」

 突然、そんなことを言われたので、驚いだ。

「ベリマさんとその爺さんは、実は顔を合わせたことがあるかもしれない。保安局にも話したけど」

「会ったことがある? どういうこと?」

「なんだ、知らなかったのか?」

 逆に驚かれてしまった。私こそ、驚いているのだけど。

「同じ病院に通った経歴がある」

 思わず、自分の手元の書類を確認していた。

 老人は半年前、病気を患い、治療を受けている。普通の病院ではなく、法印を使う者、法印士の治療を受けているのだ。

 やはり法印だ。

「ありがとう! 何かわかったら、教える!」

 私は店を飛び出し、走っていた。目指す病院は第一層にある。

「病院はもう当たったぞ!」

 そんな声が投げかけられたけど、私は気にせず、走った。


 病院は夕方の診療が始まるタイミングだった。数人の患者が待合室にいる。

 私は受付で事情を話し、待合室で順番を待った。診療が始まり、すぐに私の番になった。

「守秘義務というのを知っていますか」

 医者、法印士は初老の男性だった。私を見るなり、開口一番に叱りつけるように言った。

「知りたいことは、一点です」

 一点だけ、と限定することで、相手に圧力をかけ、同時に、一点なら答えても良いと思わせる。

 そういう詐術めいた手法を使うのは気が引けたし、通用するかもわからなかった。

 しかし、そうしないわけにはいかない。

 私は老人の名前を口にしてから、

「首筋に法印を施しましたか?」

 と、質問した。

 反応は最初はかすかなものだった。法印士は黙り、しばらくそのままでいて、席を立つと、壁ぎわの書類棚を漁り始めた。私はそれを見ながら、どうやら賭けには勝った、と感じていた。

 法印士はしばらく書類をいじり、戻ってきた。

「確かに」

 そう言って、少し間を置いた。

「首筋に、法印を刻みました」

 私はどう続ければいいか、一瞬、忘れた。

 見えない雪崩が起きる気配がする。

「どのような法印ですか?」

 口が自然と動いていた。法印士はじっと自分の手元を見ていた。

 しばらく沈黙が降りた。

「血液に作用する法印です」

 心なしか、法印士の声は力を失っていた。

「特殊なものですか?」

「比較的新しい法印です」

 すでに私の質問は一つではなくなっている、法印士もそれを理由に私を追い出せたはずだ。でもそうしない。

 何かがあるのだ。

 私は彼をじっと見据えた。法印士は弱気の色がかすかに見える瞳で、私を見返した。

「最近、どなたかに、それを施しましたか?」

「ええ……、どうしても仕方なく。重傷の患者でした。採掘士の方で」

「名前を教えていただけますか?」

 これは守秘義務に反するのは明らかだ。

「保安局には黙っています」

 自分でもどうしてここまで必死なのか、わからなくなってきた。

 ただ、目の前にいる法印士が何かを背負いこんでいるのはわかった。それを少しでも軽くしたい、という思いもある。

 法印士が、また席を立つと、書類を検め、こちらを向いた。

「ミケーロ、という方です」

 何を言われたか、わからなかった。

 ミケーロ? ミケーロだって?

「それは」口の中が一瞬で乾いていた。「白髪で、片目が潰れている男じゃないですか?」

「お知り合いですか?」

 お知り合いも何もなかった。

 何度か仕事をしたことのある採掘士だ。

「住所を聞いていますか?」

 無意識に私が立ち上がって、詰め寄っていた。法印士が怯えるように、数歩下がる。それを見て、少し冷静になった。落ち着こう、何もまだ始まっていない。

 私がゆっくりと質問し直すと、法印士は私に住所を教えてくれた。

 小走りに診療所を出ると、教えてもらった住所へ走った。裏道を抜けて、最短距離で急ぐ。

 第一層の中心部に近い集合住宅。一階にミケーロの家はあるという。路地裏のさらに路地の奥で、来たことはなかった。

 たどり着き、教えてもらった部屋の玄関のベルを鳴らすが、返事はない。部屋の中に人の気配もない。

 二度、三度とベルを鳴らしてみるが、やはり反応はなかった。

 そうしていると、隣の部屋のドアが開き、不機嫌そうな女性が顔を出した。

「静かにしてもらえます? そこの人、仕事に行っていると思いますけど」

 低い声、険悪な様子を無視して、私は訊いていた。

「いつからですか?」

「今朝です。昨夜はいましたから」

 私は礼もそこそこに、走り出した。

 ミケーロは今は一人で行動しているはずだ。彼と私が顔を合わせた斡旋屋を思い出していく。

 一軒目に入っても、ミケーロの情報はなかった。もう一軒に行くと、ミケーロがちょうど出て行った、とわかった。装備を調達に行く、と言っていたらしい。

 今度はミケーロの懇意にしている店を思い出そうとする。お互いに教えあったことがある。

 見当をつけた店に走る。休む暇はない。嫌な予感がする。

 その店が見えてくると、ちょうど、白髪の男が店から出てきた。駆け寄る私に向こうも気づき、こちらを見た。

 間違いなく、ミケーロだった。

「おう、トキコ。こんなところで、何している?」

 私は彼の前に立ち、そこで脱力しそうになった。ミケーロは不思議そうにこちらを伺っているようだ。

「いや、ちょっと、ね……」

 よかった、とりあえず、これで安心できる。

「よく分からないが、どこかでゆっくり話そうぜ。トキコと会うのも、久しぶりだ」

「そうね」

 二人で歩き出した。

「法印を受けたでしょ? ミケーロ」

「よく知っているな。死にかけたのさ。運がよかった」

 言いながら、ミケーロが首筋を見せてくれた。うっすらと紋様が首筋に浮かんでいる。

 私は彼に話しかけようとした。

 けれど、ミケーロが前を向いたまま、腰の剣に手を置いていて、やっと空気が変わっていることに私は気づいた。

 視線を走らせると、前方に一人、立っている。

 ローブをまとい、フードを被っているために顔がわからない。

 しかし、空気から伝わってくる殺気は、本物だった。

「噂の殺人鬼かい?」

 さすがに場数を踏んでいるだけあって、ミケーロは落ち着いて剣を引き抜いた。私も腰の剣を抜く。

 通りは裏道で、人通りは少ない。その少ない通行人も、私たちが剣を抜いたことで、こちらに注目している。

 立ち尽くしていたローブの何者かが、一歩、二歩、と踏み出したと思うと、目を見張る速度で間合いを詰めてくる。

「前衛!」

 私が宣言し、間合いをこちらからも狭める。

 後衛になるミケーロが身構える気配を置き去りに、私と殺人鬼の間合いは消える。

 私の剣が翻る。

 暗殺者はすぐ横をすり抜けた。想定外の速度に追いつけず、切っ先が届かない。

 でも次は、捉える!

 私が振り向きざまに剣を振るうと、ミケーロへ向かう殺人鬼の背中を確かに切った。

 血も飛沫いたし、手応えもあった。

 しかし、殺人鬼は全く動きを止めない。

 私が見ている前で、ミケーロに突進していく。

 周囲にいた通行人が悲鳴をあげる。もちろん、私も、殺人鬼もミケーロも、悲鳴なんかに動じない。

 しかし、くそ、相手は負傷しているんじゃないのか?

 ミケーロが剣を振るうが、これを殺人鬼は素手で払いのけた。切っ先が殺人鬼の肩を掠めたように見えたが、やはり動きに停滞はなかった。

 殺人鬼はミケーロを押し倒すと、両手でその首を絞め始めた。

 いや、絞めた瞬間に、鈍い音ともにミケーロの首が骨折した音が響いた。

 私は無我夢中で間合いを詰めようとするが、殺人鬼は想定以上に素早い。

 ミケーロの体を抱え上げると、そのまま走り出す。それを助走にして跳ねると、通りを形成する建物のわずかな足場を蹴って、舞い上がるように屋根に登った。

 私は懐から短剣を引き抜き、投擲。

 それは的を外れ、建物の壁に突き立っただけ。

 殺人鬼はこちらを見もせずに、視界から消えてしまった。

「くそ!」

 剣を鞘に戻し、通りを振り返る。

 殺人鬼から流れた血が地面に散っている。そしてミケーロの剣が落ちていた。

 それらを無視して、私は小さく呟く。

「封印式十二号、限定解放」

 全身に灼熱の感覚と浮遊感。

 強く地面を蹴ると、私の体は屋根の上まで飛び上がった。

 周囲を確認、離れているが、殺人鬼が見えた。私は駈け出し、屋根から屋根へと跳ねるように、間合いを詰めていく。体は羽毛のように軽いが、しかし徐々に熱が痛みに変わり、四肢が痺れ始める。身体能力を高める封印術が長続きしないのが、恨めしい。

 それでも殺人鬼がどこかへ降りるのは見えた。

 後を追ってそこへ飛び込むと、建物の隙間にできた空き地のような場所だった。

 真ん中にミケーロが倒れている。

 声を掛けるどころか、近づく前に、死んでいるのはわかった。

 首が不自然に曲がっている、そして血溜まりが目の前で広がっていく。

 周囲を伺いながら、それでも近づいた。

 死体の状態を確認。血が流れているのは、首筋からだ。抉れている。

 そこを見た一瞬、思考が謎に支配された。

 あるいは、そこを狙っていたのかもしれない。

 頭上から何かが落ちてくる。

 交錯。

 私は一歩、後退し、こめかみを血が流れるのを感じた。

 湿った音ともに、大量の液体が地面に落ちた。

 私の目の前で、地面に両手両足で着地している殺人鬼が、フードの奥からこちらに視線を向けている。

 その左肩の部分が、ざっくりと深く切り裂かれていた。血が激しく噴き出している。

 その傷を作った、片手で握った剣の血を、私は払う。

 殺人鬼はやはり少しの動揺も感じさせない。

 出血からして、致命傷だ。そもそも、動きことどころか、意識を保つのも不可能。

 それなのに、少しも動じない。

 傷などないような、そんな態度。

 どうなっている? 現実とは思えなかった。

 その殺人鬼が飛びかかってくる。飛びかかってくるとはわかっていても、実際にそれが起こると、私は混乱を抑えきれなかった。

 剣を振るい、間合いを取る。が、片腕を半ばまで切りられているにも関わらず、殺人鬼は肉薄してきた。

 失敗した、首を容赦無く刎ねるべきだった。

 殺人鬼の口が開く。真っ赤な口腔と、やけに白い歯、そして糸引く唾液。

 それがはっきり見えた。

 私は自分が目を閉じないでそれを見ていることに呆れつつ、半ば、諦めた。

 しかし、その諦めは杞憂に終わったようだった。

 横手から誰かが突っ込んできて、殺人鬼に体当たりを食らわせた。

 さすがに予期していなかったようで、殺人鬼は地面を転がり、姿勢を取り戻すと、強く跳躍し、壁を蹴って、またも屋根の上へ逃げていった。

 そんな光景を、私は地面に尻餅をついて、見ているしかない。

「大丈夫か?」

 乱入者に視線を移す。やっと、その余裕が生まれた。

 若い男だった。両手に剣を持っている。鋭い視線を周囲に向け、剣を一本、鞘に戻すと、手を差し伸べてくれた。ありがたく、手を借りて立ち上がる。

「命の恩人、ってことになるね」

 私が剣を鞘に収めると、男も剣を収める。そして肩をすくめた。

「偶然さ。感謝は気持ちだけでいい。お嬢さんは、採掘士か?」

「そう。そちらさんは?」

「用心棒で稼いでいる。今は手が空いているがね。名前はハイルメス」

 私は改めて手を差し出した。自然とそういうことができるのは不思議だ。

「私はトキコ。助かった」

 握手してから、やっとミケーロに注意が向いた。

「例の殺人鬼にやられたのか? さっきの奴が、殺人鬼?」

「そうらしい。保安官を呼ばないと」

「もしかして、彼はミケーロか?」

 思わず目を見開いてしまった。知り合いなのか?

「二回ほど、採掘士に誘われて、一緒に仕事をした。そうか、死んだか……」

 悲痛な沈黙って奴が、空き地に降りる。しばらく二人で、悼むように口をつぐんだ。

 それから保安官を呼びに行き、後日、取り調べを受けることになった。

 ハイルメスと再会したのは、取り調べを二日連続で受け、殺人鬼がさらに一人、被害者を出した後で、ハイルメスの方から私とマワリが暮らす小屋にやってきた。

「その顔の刺青で調べたんだ」

 ハイルメスは言い訳のようにそう言ったけど、私はちょっと笑みを見せるしかない。自分でも目立つのは知っている。

「最新の被害者、知っているか?」

 居間で机を挟んで向かい合ったハイルメスが切り出した。

「採掘士でしょ?」

「奴も知り合いだ。どうも、俺は冷静ではいられないが、トキコはどうだ?」

「まぁ、ミケーロのこともあるし、気にはなっている」

 私がそう口にすると、ゆっくりとハイルメスが身を乗り出してきた。

「殺人鬼を捕まえてみようと思う。何か、知っているか?」

「本気で言っている? みんなが血眼になって探している。それを、どうして私に捕捉する可能性がある、と思えるの?」

 不敵な笑みをハイルメスが浮かべる。

「殺人鬼と遭遇したことがはっきりしているのは、俺とトキコだけだ。可能性があると思わないか? もっとも、俺は最後に居合わせただけだが」

 どう応じたらいいか、迷った。

 しかし、と心を決めるのに、それほど時間は必要としなかった。

「命を救ってもらったお礼として、話す」

 私は知っていることを話すことに決め、整理しつつ、言葉を紡いだ。




(後編に続く)

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