君の心臓なんていらない
第1話
目が眩んでしまいそうな暑い夏の日、静かな住宅街に救急車のサイレンが鳴り響いていた。
十字路の交差点で多くの人が群がっているのを不思議に思った少女は、覗き込む。
そこには、道に倒れる少年の姿があった。かろうじて、少年とわかる姿だったが、体のあちこちがおかしく曲がっており、彼を取り囲むように赤い色が広がっていた。
「かわいそうに……轢かれたそうよ」
「飲酒運転ですってね」
ぼそぼそと話す人々の声が聞こえる。少女は、言葉の意味を理解していなかったけれど、少年がもう動けないことはわかっていた。
そして、動けなくなった人をまた動かす方法も知っていた。
ゆっくりと少年に近づき、彼の隣に膝をつく。少女が、自分の胸に手をかざして願うと水色の光が少女の体を包み込む。すると、それはすぐに現れた。
「きみに、わたしのしんぞうをあげるよ」
仄かに光る水色の石を、彼の胸にかざした。水色の石は、彼の胸に溶けて消え、彼の体はみるみると、もとの形に戻っていく。
「魔女だ」
「魔女の心臓だ」
ざわつく人々が、少女に手を伸ばしてくる。彼らの見る目が変わったのを感じて、その場から逃げるように、はなれた。
はなれようとした。
誰かが、少女の右手を掴んでいる。おそるおそる振り向くと薄い水色の髪の青年がいた。
「おまえのせいで……」
青年は、地をはうような低い声で呟いた。その声が、言葉がおそろしくて震え上がる。
「俺は……おまえを、ゆるさない」
体を強く、後ろへとおされて夜の闇よりも暗い場所へと突き落とされて–––……目が覚めた。
「……ゆめ」
ベッドから上半身を起こすと、確かめるように呟く。びっしょりと、体が汗ばんでいて気持ち悪く、眉をしかめた。
先ほどのことは、夢であって夢ではない。
『……俺は、おまえが嫌いだ。あのことをゆるさない』
高校の入学式の時だ。初対面のはずの、
彼の顔を思い出し、深くため息をはく。
今日は、始業式だ。学校にいくのは、少し憂鬱だった。何度休んでしまおうと思ったか、けれど、親に心配をかけてしまうかもしれない、そう思うと学校に行かないという選択ができなかった。
いまだ、瑠璃に友人ひとりいないと伝えたら親はどのような顔をするのだろう。
またひとつため息をはいて、ベッドから出る。とりあえず、この気持ちを少しでもスッキリさせようとシャワーを浴びにいった。
***
学校に着くとクラスの人達は、各々に久しぶりと声をかけあっている。その中で私は、誰にも声をかけられることはなく、自分の席に座って本を読んでいた。
"式"というタイトルのこの本は"シキ"という本で、デビューしたカラクサ真昼が書いた男視点の話だ。
主人公は、桜の木の下で不思議な雰囲気の女の子と出会う。一目惚れをした主人公は、女の子と約束をとりつけながら、逢瀬をくりかえす。けれど、彼は海外へと引っ越すことになり女の子ともう会えない、と別れを告げるのだ。
引っ越すことの多い瑠璃は、主人公の気持ちに共感して何度もこの本を読み返しては泣いている。ただ、何度も引っ越すうちに慣れてしまった瑠璃と彼は少しだけ違うけれど。
「水無月」
名字をいきなり呼ばれ、ハッと我にかえるといつの間にか教卓には、担任の先生が来ていて、クラスの人達は席につき、こちらを凝視していた。
「何度も呼んでいたが、そんなに俺の話は聞きたくないか?」
「い、いえ、そんなことありません」
「まあ……ちょうどいい、名雪」
「はっ、ばれた」
水色の髪の青年が、後ろのドアからこっそり教室へと入ろうとしていた。背を低くして歩いていたが、どうやら先生に見つかったようだ。
青年は、困ったように眉をハの字にさせ、頬をかく。
「バレたじゃない。初日くらい、遅刻せずに来なさい。とりあえず、名雪と水無月は文化祭実行委員な」
「はぁ!? 先生、そりゃないよ」
「遅刻した名雪が悪い。水無月もそれでいいな」
「…………はい」
小さく返事をすると、先生は話を切り替えてテストの話をし始める。
名雪くんの反応が気になった瑠璃は、彼がいた場所へ視線を向けようとした。
その時、彼が瑠璃の横をまるで、瑠璃の視線から避けるように通りすぎた。
「……なんでお前となんだよ」
「……っ」
小さく呟かれた言葉と舌打ちに、思わず息をのんだ。彼は、そのまま瑠璃の右斜め前の席に不機嫌そうに座った。
「名雪、どんまーい」
「うっせぇー! 代わってくれよ〜」
「ごめん、ムリだわ」
隣の席の男の子と楽しげにやり取りしているのを眺めて、ため息をつく。
(どうして、嫌われてるのかな)
いくら考えてもその理由はわからず。瑠璃は青い空を焦がれるように見つめた。
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