第18話
本題の話に入る前に、少しでも打ち解けようと他愛のない話をした。タツミさんは、魔女のなかでも永い時を過ごしているらしく、彼の語る話はどれもこれもタメになるものばかりだった。母親が聞いたら喜びそうな家事周りの知恵も教えてもらったので、いい土産話ができたと香織は喜んでいた。
「魔女の心臓はなんで他者に譲ることができるか知ってる?」
その問いに、香織は首を横に振る。隣にいる晃にも知っているかどうか視線で訴えると彼もまた首を横に振った。
「魔女の心臓はね、実は魔力でできているのよ」
「え、魔力でって、魔法使うときのあれ?」
「そうよ。魔女も人間も心臓自体は一緒なの。その身体に一つしかないわ。でもね、魔女は体の中の細胞を魔力で活性化させている。だから滅多なことで死なないし、魔力の量によっては200年よりもっと長生きするわ」
「……つまり、俺たちの言う魔女の心臓っていうのは、魔女から魔力をもらっているってことか?」
「そういうこと♡ さすが、あきちゃん。理解がはやくてたすかるわ〜。人に魔力を流すことで、ありとあらゆる細胞を活性化させて治す。対象が生きているからこそできることよ」
なるほどと香織と晃はタツミの説明にコクリコクリと頷く。けれども、香織は何かしら疑問をもったのか首を傾げて見せた。
「あれ? ということは、魔力量さえあれば2度だけじゃなく3度目も可能ってこと?」
「…………それは、稀なケースね。現代の魔女達には200年分の魔力量しか受け継がれていないはずよ」
「………………そうなんですか」
残念そうに、悲しげな表情をする香織は、もしかしたら珠緒はその稀なケースなのかもしれないと少し希望を抱いての質問だったのだろう。
「あの、タツミさん」
「なぁに、あきちゃん」
何か質問があるのか、わくわくしながらタツミは晃へと向き直る。彼は、周りが思っている以上に聡い子なのだろう。それゆえに、彼からの質問はどんなものが飛び出してくるのか、退屈な日々をおくるタツミの唯一の楽しみだった。
(まぁ、香織ちゃんも彼の近くで育ってきたからか、面白いところをついてくるみたいだけれどね♪)
「俺たちの言う魔女の心臓が魔力なら、その魔力を流された普通の人間に拒絶反応が出たって話は今まで聞いたことがないんだが…………なぜ?」
「魔女だから、この回答では不十分かしら?」
「魔女だから、拒否反応が出ないようにできると? 人間同士でも臓器移植では拒否反応があるのにか?」
「…………魔女だから、今はこの回答でしか答えられないわ」
「………………そうですか」
これ以上聞いても無駄なのだと晃は察したのか、潔く引く彼にごめんなさいねとタツミは呟いた。
「お詫びの印にひとつ、魔女はね魔力を多くもったモノに惹かれるものなの」
「そうなんですか?」
どうしていまそのことを伝えるのか。わからない2人は首を傾げる。タツミは、香織を見て柔らかな笑みをみせる。
「この意味を生かすも殺すも貴方達次第だわ。さぁて、辛気臭い話は置いておいて、あたしの美味しいハーブティーでも召し上がれ」
目の前に出されたティーカップを覗き込んでから、視線を合わせた香織と晃は怪訝そうな表情をしたが、タツミに飲むのを急かされその意味を深く考えることなどできなくなった。
ハーブティーを飲みながら、今度は香織が、タツミに長々と話す番になった。ゆっくりといままでの経緯を話しはじめる。
長いようで思い返すと短い、珠緒との日々を頭に浮かべ、ポツリ、ポツリと言葉をこぼしていく。タツミは、相槌をうちながらも静かに聞いてくれていた。
「彼のために、私のためにも、彼とは距離を置いてもう1度、他の方法を探そうってきめたんです」
自分のなかで決めていたことを初めて人に話した。恋人のフリだと知った晃は、驚きつつも「やっぱり」とどこか納得しているようだった。彼には迷惑をかけたぶん、怒られるかと思っていたから、怒鳴られるずにすんで安心した。安心してしまっていた。この場には、彼やタツミ以外にもオトナがいることを香織はすっかり忘れていた。
「つまり、きみは逃げたのか」
「え?」
ずきり、と心に突き刺さるような一言を発したのは神経質そうな男の人だった。呆然とする香織をみて男は、大きなため息を吐くとつまらなさそうに頰杖をつきながら話し始める。
「きみの言う"彼"がこれから死のうとしていることに気付いて、怖くなったきみは逃げたのだろう」
「ち、ちがう!」
「ならば、きみは馬鹿なのか」
「は!?」
男は、これは自論と推測にすぎないがと前置きをしてから、まるでマシンガンのように話し始めた。
「死ぬ、死にたい、そう心に、声に出していたとしても行動しない者はたくさんいる。そいつらには、少なくとも賭けてみたい光が……未来が少しでもあるからだ。けれど、行動にうつした奴らは違う。そうしたいと思えるほどの経緯や覚悟がある。"彼"もその1人だったんだろう? 最後の望みで、きみに命を預けた。それが"期間限定の恋人"だったんだろう? 彼にとってきみは、ちいさな一筋の光だったんだ。それを、突き返されたんだ。一時的だときみは言うが、たとえ一時的でも光を失った者は、どうするだろうか? 彼は、今きちんとここに在るか?」
俺としては別のことに覚悟を使って欲しいが、そう小さく呟いた男を香織は大きく目を見開いては凝視していた。
ガンっと鈍器で頭を殴られたような気分になった。いや、銃で蜂の巣のように、全身を貫かれたような気分に、香織はさせられた。自分の言葉で、いまは思いとどまってくれているなど、なんでそんなことが思えたのだろうか。珠緒のことを詳しくしらないのに、勝手にその手をつかんで、勝手に離してしまった。なぜあの手を離してしまったのだろうか。
自問自答を繰り返しても、答えはでない。香織の心に埋め尽くすのは後悔という文字だけだった。
ふと、しぐれさんの言葉を思い出した。
『もう1度、彼を捕まえて欲しいの。そして、決してその手を離さないで欲しい』
彼とは、晃のことだと思っていた。けれど、違うのだ。
しぐれさんが彼のことを知るはずもないと思っていたから、自然と除外していた。どこかで、彼としぐれさんは出会っていたのかもしれない。たとえ、出会ってなくても、しぐれさんは彼を知っていてもおかしくはない。
彼女は魔女だ。それも、とびっきりの魔女。
だから、時雨さんの言う"彼"とは有明珠緒なのだと香織は気付いて、大粒の涙を溢した。
ざあ、ざあ、と扉の外から音が聞こえる。
「あ…………雨」
誰かの小さな呟きが、響いた。
しん、と静まり返る室内で男の近くに座っていた少女が、肘で小突きながら「先生の、ばか」と小さな声で怒っている。その言葉に、香織は首を横に振る。
「……………………わたしは、大バカ者ですね」
「あぁ、とびっきりのな」
男の言葉に、香織は立ち上がると外は土砂降りの雨が降っているのにもかかわらず飛び出していった。晃が引き止めるように名前を叫び、傘を1本持って追いかける。
カラン、カラン、とお店の鈴が慌ただしく鳴り響いた。
「あんなに、キツいこと言わなくてもよかったんじゃないですか!! 私、謝ってきます!」
「カンナ」
男の呼び声に、カンナと呼ばれた少女は追いかけようとした足をとめる。
「大丈夫だ」
「でも…………」
「カンナちゃん、大丈夫よ。彼女は、出ていったわけじゃないから」
「…………タツミさんが、言うなら……わかりました」
「コレの言うことなら聞くのか」
「コミュニケーションにおいて、先生は信用できません」
なんだと!! と怒鳴り声と少女の言い返す声が静かだった店内を賑やかにしていく。その声を、聞きながらタツミは小さくため息をはいて呟いた。
「あなたとの約束、私じゃなく別の子が叶えちゃったわ…………ごめんなさいね」
タツミは壁にかけられた、ひとつの写真を眺める。そこにはタツミと見知らぬ男性がもう1人、その2人の真ん中で無邪気に笑う黒髪の女性が写っていた。
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