第12話
時代の流れというものは、こんなにも恐ろしいものなのか。
テレビ画面に映るのはピンク色のドレスを着た女性が車に乗って喜んでいる姿。順位表に映ったそのキャラの隣には一位と表記されている。名前の欄には「アキラ」の文字。
「…………うそでしょ」
いくら香織のスタートダッシュが遅れたからといって勝敗がどうなるのかわからないのがマ○カー。中盤で晃を追い越したまではよかった。これで珠緒とのことも話さなくていいのだと香織は安心していた。
大きな黒い大砲となった晃に追い越されるまでは……。
「勝敗が最後までわからねぇのが、いいとこだよな」
ニヤリと晃が笑う。彼の言葉は香織自身思っていたことなので、なにも反論することができない。
香織はコントローラを一度おろし、ぐっと背を伸ばした。
「こんなにアイテムが重要なゲームだったっけ?」
「バカ、長年マ○カーやってきた俺と数年のブランクがあるお前との実力の違いだよ」
「……ブランクあるやつに一度抜かれましたけど」
「うるせー、結果がよければいいんだよ」
もう一戦と言わんばかりにコントローラを渡されて軽く息をつく。
結果がよければといいつつ、ブランクがある香織に一度でも抜かされたことが気に食わなかったらしい。
「……三回勝負で勝ったらね」
「は? あー、珠緒のやつか。却下」
「このレースで晃が勝てばいいんだから、別にいいでしょ。三回でも」
「……それもそうだな」
晃は再びピンク色の姫を選び、香織も一戦目同様にキノコのキャラを選んだ。
画面に映っている信号機が赤から黄色へと変わり青色になる。それと同時にスタートの合図が鳴り響いた。
香織も晃もスタートは完璧なものだった。
レース中盤。現在の一位は晃で、香織は四位を走っていた。香織のアイテム運は最悪なものでバナナばかりだった。青か赤。もしくは緑の甲羅が欲しいものである。
「今回も勝たしてもらうぜ」
あのイラっとくるニヤけ顔を香織に向けたその瞬間、彼に悲劇がおきた。
三ラップ目に突入する一歩手前、そこに一つのバナナが転がっていた。一瞬よそ見をした晃は、そのバナナを避けきれずスリップ。さらに、後ろから追いかけてきていた他のCPが投げた赤甲羅が激突。さらには彼のもとにイカが飛んできて画面を墨だらけにされてしまった。
「ああぁあぁああぁぁぁぁぁあ!!」
あまりの展開に晃は叫び、あまりの展開に香織は笑うのを堪えつつコントローラを握っていた。
一位だった晃が十位へと一気に転落。香織は一位ではなく三位という状態で三ラップ目に突入した。
数分後、画面に映っているのは一位を喜ぶキノコの姿。
「……あははははっ、ま、まさかあんなに猛攻撃されるなんて…………ふふっ、ヘイト溜まりすぎたのね」
「あー……あんなとこにバナナさえなければ」
ガクリと落ち込む晃に今度は香織がコントローラを手渡す。
「もう一戦しよう?」
「あぁ…………そうだな。今度は負けねぇ」
コントローラを手に持ちもう一戦しようと二人が画面に向き合ったその時。
「二人ともご飯できたから、ゲームやめて食べなさい」
「……はーい」
「あ、ありがとうございます」
コントローラを置いて、テレビとゲーム機の線を引き抜く。片付けを二人でしていると晃が香織にジッと視線を向ける。
「香織」
晃の顔が近づき、香織の耳元で名前を囁かれた。急なことにビクリと肩を揺らし、晃に視線を向ける。
「勝負の続きは、またの機会にな」
負けたら珠緒と何があったのかを話す。その勝負のことだと香織は気づき、ゆっくりと頷いた。
まだ晃は諦めていなかったのだ。
一勝一敗。
次も負けらないと香織はぎゅっと自分の右手を握った。
テーブルに並んだものをみて香織は瞳を輝かせた。ご飯にお味噌汁、ほうれん草のおひたしにこんがり焼けた塩鮭。ほうれん草も鮭も香織の好物だった。
「姉さんが香織ちゃんの好きなものだから作ってやってって言ってたからさっそく作ってみたのだけれど、どうかしら?」
「お母さんが……」
自分も大変だというのに、香織のことを気遣ってくれる母にジンっと香織の心が温かくなった。
「嬉しいです! 食べてもいいですか?」
「そう言ってもらえて私も嬉しい。どうぞ食べてちょうだいな」
「いただきます!」
少し遅れて晃の方からも「いただきます」の声が聞こえた。二人は箸を取りおかずへと伸ばした。
塩鮭に箸をつけると簡単に身がほぐれる。味噌汁もきちんと出汁がとられていてとても美味しい。当然のようにこんな料理が食べられる晃が羨ましいと思った。
「ねぇ、香織ちゃん」
「はい?」
料理を堪能していた香織に叔母はニコニコとしながら話しかける。首を傾げる香織に叔母は言った。
「晃のこと、どう思う?」
ぶーっと晃が味噌汁を吹き出した。うわぁ……と内心思いながら香織は答える。
「……汚いですね」
「おい、それ今の俺に対してだろ」
今の晃について聞いたんじゃないのかと香織が叔母に視線を向けると首を横に振られてしまった。
「意地悪で優しい、ときたま頼りになるお兄ちゃん……いや弟? だと思ってますけど」
「そうなのね……兄弟みたいな想いじゃダメよね」
落ち込んだ叔母は指を顎に添えながら小さくため息をはく。
「どうして、こんなこと聞いたんですか?」
「んー、あのね、香織ちゃんが私の娘になったらいいなぁってずっと思ってたのよ」
「えぇ!?」
まさかの答えに香織は驚く。叔母のような美人で優しい人が母になってくれるのは嬉しいが、香織の母は病院にいる彼女だけだ。
「母さん、こいつには恋人いるぞ」
何事もなかったかのようにお味噌汁を飲み始めた晃はあっさりとバラしてしまう。なんで話してしまうのか視線で訴えていた香織の手を叔母はキラキラと瞳を輝かせながら握っていた。
「香織ちゃんの恋バナ聞きたいわ! 詳しく」
「あー…………はい」
叔母さんの目の輝きに押し負けた香織は、馴れ初めから彼の容姿や性格。彼の好きなところまで、隅から隅まで話すことになり。叔母の質問攻めは二時間続いたのだった。
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