第8話
帰りのホームルームを終え、続々とクラスメイトが帰っていくなか香織は珠緒が迎えに来るのを待っていた。
『おまえ、珠緒が魔女だって知っていて近づいたのか』
晃の言葉が香織の脳裏をよぎる。
たしかに最初は、魔女だからと近づいたけれど珠緒に会ったあの瞬間、それだけではなくなって……?
もう少しで何か答えが出そうだったけれど勢いよく扉の開く音に香織の思考は途切れた。
「香織」
「……晃」
そこに立っていたのは、幼馴染みである晃だった。彼は香織を見るなり、険しい顔つきで近づいてくる。
「話がある」
その晃の言葉に香織は、立ち上がるとカバンも持たずに教室から逃げだした。
「逃げるな!」
晃の鋭い声が廊下中に響く。それでも香織は、帰宅する生徒の波をかき分け行くあてもなく走り続ける。
(こわい)
珠緒には何か秘密がある。それを何故か晃は知っていて香織に伝えようとしている。
それを香織が聞けば、香織と珠緒の関係がなにか変わってしまいそうで香織にとってそれは、おそろしいことだった。
「待てよ、香織!」
先ほどよりも近くでその声が聞こえ、あんなに離れていた距離でも簡単に縮められてしまったことが悔しくて、香織は精一杯、足を早めた。
階段を上へ、上へとのぼって屋上の扉を開けようとドアノブに手をかけた、その時、ドンッと力強い音を立てながら香織のすぐ横に大きな手が、香織がその先に行くことを阻むように現れた。
「…………つかまえた」
真後ろで晃が、息を乱しながらそう呟いた。左右どちらも彼の手によって阻まれてしまい、身動きが取れないことを知ると、香織も観念したのかドアノブにかけていた手をはなした。
「お前、意外と足はやいな」
「意外とってなによ、これでも中学まで短距離のタイム変わらなかったじゃない」
「そうだっけか……?」
必死に中学の頃を思い出しているのか、晃が首を傾げたような。そんな気配が伝わってくる。その姿を想像するだけで、何故だかおかしく思えて仕方なかった。
思い出そうとしても思い出せないのは、晃は中学に入ってから香織とはいっさい関わろうとしなかったからだろう。
(あ、でも、一度だけ)
中学最後の卒業式の日、今まで関わろうとしなかった晃が香織のもとにやってきて「黙って、肩をかしてくれ」と言ってきたのを思い出した。ひどく落ち込んだ様子の晃を振り払うこともできず、桜が散っていく姿をジッと眺めていた。
それから、高校でもあまり話さなかった晃と香織だったが、いま、こうして喋っていることが不思議で、おかしくて、嬉しいと香織は思った。
「……それで、珠緒のことだけど」
晃の言葉に香織はきゅっと下唇を噛んだ。深く息をはいて、呼吸を整える。
「おかしいって思わなかったか?」
「え?」
「魔女なのになんで珠緒が持ち主なのか。お前も、魔女の心臓っていうくらいなんだから持ち主は、女だって思ってたんじゃないか?」
晃の質問に香織は、びくりと肩を揺らした。
晃のいうとおり、最初は女性を想像していたけれど、魔女だと言った珠緒は男なのだ。香織自身、疑問には思っていたけれど、その意味を考えてはいけないと、疑問すらなかったことにした。
なかったことにしたかった。
「思った、思ったけど」
「じゃあ、わかるはずだ」
晃がなにを言おうとしているのか、香織はすぐにわかった。けれど、その言葉は聞きたくなくて、両手で自分の耳をふさぐ。
しかし、晃は許してはくれなかった。ふさいでいる両手を掴み、二度と耳を塞がせないと後ろのドアへと固定する。
「珠緒は……」
せめてもの抵抗で、香織は顔を下にむけた。耳が塞がっていないから晃の声は届いてしまうけれど、この行動に意味なんてないけれど……。
「珠緒は、魔女じゃない」
「……やっぱり、そうなんだね」
晃の言葉が香織の胸に鋭く刺さった。大きな針で心臓ごと串刺しにされたようなそんな衝撃が香織をおそう。
「珠緒は、心臓を二つなんてもっていない。一つだけだ」
その言葉を聞いた瞬間、ほろり、と一雫の涙が香織の右目からつたい、床へとおちた。
「香織……」
晃が、静かに涙を流す香織の頬に触れようと手を伸ばした。その時––––。
「晃くん」
弾かれたかのように、晃は振り向いた。振り向いた先には、冷ややかな視線を晃に向ける珠緒の姿があった。
「なに、しているの?」
普段より低いその声に、晃の肩がビクリと震える。ゆっくりと香織の手をはなすと降参するかのように胸の横まで手を挙げる。不機嫌そうに眉を歪め、まぶたを震わせると晃は「わりぃ」と言い残し、その場をはなれていった。
「……珠緒くん、どうしてここに?」
「廊下でこっちに走ってくのをみたって聞いたから……探したんだよ」
はいカバン、と教室に置きっぱなしだった香織のカバンを手渡される。お礼を言いながら受け取るが、珠緒はその手をはなそうとはしなかった。
「晃くんに、なにされた?」
「な、なにもされてないよ」
ドキドキと心臓がたかなる。緊張による胸の高鳴りは、あまり気持ちがいいものではなく。はやく話を終わらせたい気持ちでいっぱいになった。
「うそつき」
珠緒の細くしなやかな指が、香織の涙のあとを追うように触れる。
「なにをされたの?」
もう一度同じ質問をされた香織は、なにもなかったとも言えずに黙り込み、目をそらした。その様子に珠緒は、ふぅとため息を吐くと香織の手をはなし、背中をむける。
「帰ろうか」
その声は、すこし寂しげだったことに香織はひどく心が痛んだ。
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