第5話


 公園には、砂場で遊ぶ小さい子やそれをベンチで見守る親がいた。きゃー、きゃーと楽しそうに遊ぶ小さい子を見ながら二人は、色鮮やかな紫陽花が近くで咲いているベンチに座った。

 もう少し話をしたい、そう思っていたけれどいざ話そうとすると話題がみつからず黙り込んでしまう。

 しばらく、二人のあいだに静寂がながれるが、その静寂をやぶったのは珠緒だ。


「あの、さ」


「……なに?」


 言いづらいことなのか、少し逡巡しゅんじゅんしたあと、ひとつ頷いて珠緒は口を開いた。


「どうして、魔女の心臓が欲しいの?」


 その質問に、香織はきゅっと口をむすんだ。協力してくれる彼にはいずれ言わなくてはと思っていたが、いざ聞かれると躊躇ちゅうちょしてしまう。


「……ついこの前、私を一人で育ててくれた母が倒れたの」


「お母さんが……」


「お医者さんが言うには、余命あと一カ月らしくて……まだなにも返せてないのに、いなくなっちゃうなんてイヤだって思った。そんな時、病院の患者さんが魔女の心臓の話をしているのを聞いたの」


「そっか……」


「だから、お願い。あなたの心臓をわけて」


 香織は、ぎゅっと彼の手を握った。珠緒は、握られたその手をもう片方の手で握ると慈愛のこもった表情で笑った。


「大丈夫、ちゃんと約束の日にあげるよ。あ、でも晃くんには魔女の心臓のこと内緒ね」


 人差し指を唇にあて、困ったように笑う。その表情に一瞬、見惚れてしまった香織は言葉を返すのが遅れてしまった。


「……え、どうして?」


「晃くん、きっとうるさいから」


「うん……?」


 なんでうるさくなるのか、香織の知っているクールで落ち着いている晃からは想像がつかない。それでも、香織は戸惑いながらも頷いた。


「それに、大切な人をなくす痛みは僕も知ってるから」


「え……」


 悲しげに遠くをみつめる珠緒に、呟いた言葉の意味を詳しく聞こうとしたが、彼はおもむろに立ち上がるとコロコロと転がってきた赤いボールを拾い上げた。


「すみませーん、そのボール、ボクたちのです」


 子供達は、投げてくれと言わんばかりに小さな腕を大きく上にふる。珠緒は、にこりと笑うと子供達めがけボールを投げた。

 大きく放物線を描いて青い空を浮いた赤いボールは、吸い込まれるように子供の腕の中へとおさまった。


「ありがとうございます」


「ほら、続きやろうぜ 」


 元気よく遊んでいた仲間のもとへ戻った子供達は、楽しそうにまた公園をかけまわる。

 しばらく、子供達の元気に遊ぶ姿を眺めていた珠緒は振り返った。


「香織さん、そろそろ帰る?」


 先ほどの悲しげな表情はなく、にこりといつも通り珠緒は、笑っていた。その姿に、呟いた言葉の意味を聞くことなど香織にはできようもなく、彼の問いにただ頷いた。


「ただいま」


 珠緒と別れ、誰もいない真っ暗な家の中へと入る。いつもなら「おかえり」の言葉が返ってくるはずなのに、今は自分の声が静かな部屋に寂しく響くだけだ。


(そっか……ひとり、なんだ)


ひとり、という言葉にひどく不安を抱いた。

 静かで暗いこの部屋が、冷たく感じる。香織は、リビングには行かず温かさをもとめて自分の部屋のベッドへと潜り込んだ。



***



『おかあさんは、しあわせ?』


 幼い香織が、洗濯物を干す母親に向かってそう聞いた。母親は、ぴたりとその手をとめると青く澄み切った空を見上げる。


『しあわせよ。香織がいて、パパが待っててくれるからね』


『パパ、どこかでまってるの?』


『暗くて、寒くて、さびしい場所で私が来るのを待っててくれてるの』


『パパ……さみしくない?』


『さみしいと思うけれど、パパはつよくて優しいから我慢してくれてると思うわ』


 ふわり、と白いシーツが風で浮いた。どこかやさしいその風は、二人を包み込むようにふいている。


『だから、香織もパパみたいに優しくてつよい人を好きになるのよ?』


 母は、そう言って香織の頭を撫でた。その時の表情が、逆光のせいか悲しげな笑顔にみえて。香織は母親の柔らかな腰に抱きついた。母をしあわせにしたいとそう思いながら。

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