第4話
「香織さん、いる?」
珠緒と恋人という関係になったその日の放課後のことだった。ホームルームも終わり、教室の生徒が帰って行くなか、彼はこつ然と香織のクラスにやって来た。その瞬間、残っていた生徒や廊下にいた生徒まで騒がしくなる。
珠緒の顔は整っているから一緒にいたら騒がしくなるだろうということは、わかってはいたが、ここまでとは香織も想像をしていなかった。
ぼう然とその光景をながめていると香織をさきにみつけた珠緒が、笑顔でおいで、おいでと手を招く。
招かれるままゆっくりと彼に近づくと香織の小さな手をぎゅっと握った。
「いっしょに、かえろう」
「……え、なんで?」
「なんでって、僕たちは恋人になったんだから当たり前でしょう」
恋人、という言葉に周りの声が先ほどよりも数倍、騒がしくなった。
悲しげな顔でそう伝えられ、なんだか悪いことをしてしまったような気分になる。ごめんと一言彼に謝ろうと香織が口を開いたその時、彼の肩が誰かの手によってつかまれた。
「珠緒、どういうことだよ」
「……晃くん」
珠緒の肩をつかんだのは、香織のイトコである晃だった。険しい表情で珠緒をにらんでいる。
「香織、いつからコイツとつき合ってたんだ?」
「……それは」
晃の剣幕におされ、香織はどう答えていいかわからなくなって言いよどむ。すると、晃の視線から隠すように珠緒は香織を背中へ隠した。
「今日からだよ。それより、晃くんは香織さんとどういう関係なの?」
「おまえ等に接点があったとはな、初耳だった。……香織は、イトコだ」
「僕も、晃くんにイトコがいたなんて初耳」
珠緒と晃の視線が交差する。彼らの間に、パチパチと火花がみえるような錯覚を覚え、香織は内心ハラハラとしていた。いまからでもすぐに、ケンカをはじめてしまいそうだった。
「ふぅん……なぁ珠緒。おまえさぁ、コイツにだまされてないか?」
「……––––っ!」
「そんなわけないでしょ。香織さん、帰ろ」
珠緒はいきなり香織の手を引っ張ると、まだ続きそうな会話を振り切った。
「珠緒くん、ねぇ珠緒くん!」
呼びかけても彼は返事をすることはなく、歩く速度がだんだんと速くなっていく。ついていけずに足がもつれそうになった。
「あ……ごめん、大丈夫?」
転びそうになった香織に気づいた珠緒は、歩調をゆるめる。香織は、ほっと息をはくと彼に笑顔をむけた。
「大丈夫、それより晃がごめんね」
「ううん、僕も晃くんに色々言っちゃったし……。香織さんと晃くんが、イトコっていうのにはびっくりした」
「あー、学校では晃と話すこともないし結構知らない人は多いよ? それに珠緒くんとは今日初めて会ったんだし 」
「そうなんだけど、それでも知らなくてちょっと悔しかったかな、なんて」
申し訳なさそうに笑う珠緒に、香織はきゅっと胸がしめつけられる。なんだか、守ってあげたくなるような、抱きしめてあげたくなるようなそんな笑顔だった。
「私のことも珠緒くんのこともこれから知っていけばいいよ。期間限定だけど恋人なんだし」
「そうだね……さっそくなんだけど色々きいていい?」
「うん」
それから、二人はお互いにいろいろなことを質問しあい答えあった。趣味に好きな食べ物、好きな本に、好きな色。
珠緒の好きなものがホラーや格闘ゲームだということが意外で遊んでいる姿の彼はどんな感じなのだろうかと想像して、見て見たいなと香織は思った。好きなものを共有しあうことが楽しくて、いつのまにか、かなりの時間がすぎていたようだ。香織の家まであと少しというところまで二人は来ていた。
「……ここ、曲がったら私の家だから」
「うん…………じゃあ、また明日」
「あ、まって」
なんとなく、このまま別れてしまうのがおしいと思い、つい引きとめてしまった。小首を傾げながら振り向いた珠緒に、続きが言えなくなって黙り込む。
(わたしは、まだ一緒にいたいけど、迷惑じゃないかな)
そう考えたら、ちくりと胸が痛んだ。彼の迷惑にはなりたくない。そう思った香織は「なんでもない」と言って首を横に振った。
「またね」
笑顔で珠緒を見送ろうと手を振りながら、そう言うが彼は動かずにじっと香織を見ている。
「珠緒く、ん?」
「たしか、近くに公園があったよね」
「うん」
「香織さんさえよければ、そこでもう少し話さない?」
珠緒からの申し出に、香織は目を輝かせ、うれしそうに笑っては頷いた。
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