うちの妻が毎日僕を殺そうとしてくるのですが

植木鉢たかはし

ただいまの返事は

 ここはとある株式会社のお客様相談所。平たく言えばクレーム担当。僕らはたった5人でここを動かしている。



「斎藤さん、お疲れさま。今日はもうあがっていいよ」



 上司の東海林しょうじとおるさんがそういう。僕よりもだいぶ年上で、白髪の気のいいジェントルマンだ。新米の頃からお世話になっている。



「あっ……じゃあ、お言葉に甘えて」


「えーっ、いいなー。東海林さん、俺もあがっちゃダメっすか?」



 中村なかむら恵斗けいとくん。去年から入ってきた、まだ新米だ。いつもこんな感じなので、僕らの間ではちょっとしたトラブルメーカーだ。



「ダメだ。お前この間書類出さないで帰っただろ? 今日の分も終わってないじゃないか」


「えー、そこをなんとか!」


「ダメですよ。東海林さんにわがまま言っちゃ。ほら、私も手伝うんで、さっさと終わらせましょ?」


みどりちゃん! やっぱり君は優しいね!」


「そういうのいらないんで、はい、書類やりますよ」



 田中たなか翠ちゃん。中村くんと同世代だが、彼とは真逆でとても真面目だ。そして面倒見もいい。中村くんを抱える僕らとしてはありがたい存在だった。



「……はぁ、どうでもいいから、さっさと出して。仕事進まないんだけど」



 みなみ麗奈れいなさん。きっちりと仕事をこなすキャリアウーマンだ。……正直、どうしてこの部署にいるのかわからない。

 僕たちはこの五人でやっています。



「えっと……本当に僕、帰っていいんですか?」


「だって君、ここ一週間残業続きだったろう? 奥さんだっているんだし、たまには早く帰ってあげなよ」


「はぁ……」


「……なんか、帰りたくなさそうですね?」


「いや、そういうわけじゃ」


「え!? 夫婦喧嘩っすか?!」


「書類」


「ハイ」


「あはは……じゃあ、帰ります。お疲れさまでした」


「お疲れさま」


「お疲れさまです!」


「お疲れっス」


「おつ」



 みんなの声を背に、僕は会社をあとにした。電車の駅に向かい、ホームに立つと、スマホを取り出して妻にLINEを送る。



『今日は早く帰るよ』



 しばらくして、返信がきた。



『やったー! 久しぶりに一緒にご飯食べられるね!』


由羅ゆらがスタンプを送信しました』

『由羅がスタンプを送信しました』

『由羅がスタンプを送信しました』

『由羅が――……



 猫が跳び跳ねているかわいらしいスタンプを大量に送ってきた。通知がえげつない。こういうところはかわいらしくていいのだが……。

 僕はスマホを鞄にしまい、深くため息をついた。いやはや、今日はどうなることか……。



※※※



 会社の最寄りから家の最寄りまでは電車一本約30分。30分というのは意外と短いもので、本を読んでいたらあっという間についた。


 家は駅から少し歩いたところにある戸建てだ。7年前に結婚してから買ったもので、まだ新しい。

 その家の玄関の前にたち、僕は意を決して扉を開いた。



「ただいまー」



 すると、家の奥からバタバタと足音が聞こえ、やがて妻が顔を見せる。



「おかえりなさい!」



 妻の由羅は、夫の僕がいうのもなんだが、美人である。白い肌、ぱっちりとした目、すらりと長い手足、顔立ちもよく、その……うん、胸も大きい。どうして僕なんかと一緒になったのか分からないくらいだ。

 そんな、『普通にしてくれていれば』なんの申し分もない妻である。……そう、『普通にしてくれていれば』だが。


 由羅は嬉しそうにニコニコ笑いながら言う。



「斧にします? 鉈にします? それとも、電動ノコギリ?」


「えっと……」


「あっ! もしかして鎌? まさか包丁?! みのるってそんな好みだったの!?」


「…………風呂かな」


「あぁ! 水死?」


「いや、普通に」



 ……そう、なんだかよくわからないけど、発言が危なすぎるのだ。今の台詞ってさ? 普通は『ご飯にします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?』みたいなやつじゃないのかなぁ。



「そう……残念だけど、お風呂は入れてないの。ごめんね」


「いいよいいよ。じゃあ、先にご飯食べようかな」


「はーい! じゃあそのあと、首ちょんぱね!」


「首ちょんぱは遠慮しておくよ」



 これは、僕、斎藤実と、妻、斎藤由羅の、平凡そうで非日常な物語。

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うちの妻が毎日僕を殺そうとしてくるのですが 植木鉢たかはし @Uekibachi

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