狡いよね

「こうしてはいられません、ラウードは子供達を起こしてください、私は出来る限りの準備をします!」


 ボンヤリとライキを見送っていたラウードだったが、アレアの言葉で我に返るとすぐに子供達の眠る二階へと、大きな身体を揺らして向かった。


「こんな事になろうとは……」


 アレアは呟きながら自室へ歩いて行く。自室の奥には厳重に施錠されている箱が置かれていた。


 子供達はおろか、ラウードすら中身を知り得ていない謎の箱を、アレアは手をかざして「明けよ」と唱えた。箱は独りでにガチャン、と重たい音を立ててゆっくりと開いた。遠い昔に彼女が羽織っていた、魔女独特の外装――である。


「……思い出すなぁ。色々な事……」


 手早く原装を纏い、アレアは目を閉じて一度大きく息を吸い、そして細く長く吐いていく。彼女の呼吸に共鳴するが如く、原装に縫い付けられた不可思議な紋様は滲むように輝いた。


 魔力の節約を徹底していたアレアは、今回の収穫の夜に参加せずとも生き長らえる事を可能としていた。


 しかしながら今回は――アレアは魔力の「枯渇」を予感させていた。魔力を使えばそれだけ死期が迫り来る、だが人間達を殺して魔力の補給は以ての外である……その為アレアは原装を纏い、魔力の底上げと同時に――原装を決して脱がなかったファリナへの謝罪も意味していた。


 ファリナは同じく魔女である自分達を恨みつつも、しかし自らに流れる魔女の血を恥とは思っていなかった。


 自分は魔女である――それを決して隠さなかったファリナは、相当の覚悟を持って旅を続けていたのだろう。アレアは思った。


「ごめんね、ファリナ。私達ばっかり、隠れて生きて狡いよね。ごめんね……」


 かつてアレアはファリナを「親友」として認識していた為、彼女の本音を聞いた後に三日泣き続けたのである。私はどうしてファリナの気持ちに気付いてやれなかったのだろうか、どうにかして救ってやる事は出来なかったのか――。




 ならば、私は彼女と共に「魔女として」闘わねばならない。




 隠し通せば平穏に孤児院の院長として、今後もしばらくは暮らせたかもしれぬ未来を捨て、あえて原装を纏った理由はこれだった。彼女は親友に報いる為、そして子供達を護る為に全力で魔術を行使するのだ。


「院長、ここにいらっしゃったんですか! 子供達は玄関に――院長?」


 部屋にラウードが駆け込んで来たが、扉を開けて彼女は硬直した。アレアの纏う見た事も無い服に、そして妖しく輝く紋様にそれ以上の行動を抑止されたのである。


「それは……確かファリナさんと同じような……院長、貴女は一体? 院長、貴女達は一体何者なんでしょうか!」


 ラウードは震えていた。自身よりもひどく若く思えた院長が、あり得ない程の「威圧感」を放っていたからだった。


「ラウード、私……本当はね――」

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