第4話

 火の玉になる僚機、ゼロのパイロット、飛び散るガラス片といった見たものが頭の中で順番もメチャクチャに何度も再生されるなか、機体は雲の中を突き進んでいた。

 周囲はひたすら白く、雲の厚さによって明るさに違いがある以外は何も分からず、この雲の中に飛び込んでどのくらい経つのかも分からなかった。ただ、白い世界の中で止まることなく動き続けるエンジンの音とよく聞こえるようになった機体が空を切り裂いて進む空気の音だけがこの世界を支配し、しばらくは自分が呼吸しているのかすら分からなくなっていた。


 どのくらい経過しただろうか、ほんの数十秒の出来事だったのだろうが私には1秒が1分にも10分にも感じるほどの緊張状態のなか、ようやく雲の中に飛び込んだだけではなんの解決にもならないことに気づいた。それは雲の中に隠れる瞬間を敵は見ていたはずだからだ。つまり、このまま同じ方向に飛び続けても私の機体が雲に突入した方向を敵が把握していたのならば、雲から出てきた際に攻撃されるだけなのだ。

 操縦桿を倒して方位を大きく変える。うまくいくかは分からないし、帰投するべき空母から大きく離れてしまうが何もしないよりかは良いだろう。

 少しずつ冷静さを取り戻したのか、それともミキサーのように全てが混ざって流れ込む記憶を押しのけるためだろうか。次にすべきことを考えるにつれて頭に入る視覚的な情報が増えてくる。たとえばひび割れた航空計器類のガラス……雲の中では壊れているか確かめようがないが、多くの計器類が表面のガラスだけでなく中の計器そのものにもダメージを受けている可能性があり、仮にゼロを振り切ったとしても空母まで帰還できる可能性が低い現実を突きつけてくる。

 左足のズボンの太もも部分上部にじわりと黒っぽく血が滲んでいるのが目に入り、自分が負傷していることに気付かされる。痛みはない。だが、血が出ている以上は銃弾にせよ、弾け飛んできた部品やガラスによる負傷にせよその事実は理解し、遅かれ早かれ傷の程度を確認しなければならない。

 出発前にジョークを言いながら乗り込んだナビゲーターと機銃手の顔を思い出す。

 彼らは無事だろうか。操縦席は後ろにある防弾板によって他の二人の無事を確かめる手段が同じ機体の中で使う通信機しかない。

 通信機に呼びかけるが返事はない。

 

 これからどうしろと……そう考えた刹那、視界に白と青の世界が広がる。


 不安を勇気で押し潰して現実と向き合う。

 前には敵はいない。右にもゼロの姿は……

 全身が嵐の轟音や雷鳴を聞いたかのようにざわつく。

 右ではなく、先に左を確認すべきだった。

 なぜ分かったのかは分からない。だが左側にゼロがいることを私自身の「何か」がそう告げていた。


 急いで首を左に振ろうとするがひどく遅く感じる。できるだけ左側を見るために瞳を動かすがそれすらも遅く感じる。

 だが、見なければならない。

 私自身に襲いかかる死神の姿を。

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