第3話
隣を飛行する僚機のパイロットが何か見て驚くのに気付き視線をやると前方を飛んでいた6機のうちの1機から煙が出ている。
機体を覆い隠すほどの黒と灰色の煙を出しているようでは、この機体は帰れないかもしれない。エンジンがダメージを負っていたのだろう。
他のパイロット達も気付いてそうするだろうが、空母まで帰還できずに海に落ちるであろうこの機体のことを後ろに座るナビゲーターと機銃手に伝えて、海に落ちた際にはすぐに救助が迎えるように場所をメモするよう通信すべく口を開く。だが、その言葉を発するよりも先に煙を噴く機体のエンジンから赤い炎が見えたかと思うと、機体がふらつくと同時に炎がパイロットを含む3人の搭乗員が乗る機体のほとんどを覆い尽くす。
あの炎の中脱出するのは……
前の6機と私たち4機の間を上から何かが切り裂いて視界から消える
今、白い航空機を見たのでは?
頭が瞬間的に警告を発して炎に包まれる機体の心配ではなく、私自身が命の危険に晒されていることを理解する。
白い機体の翼に日本の航空機であることを示す赤い日の丸……
直前に僚機が煙を噴いた……攻撃を受けてエンジンがダメージを受けたのであれば、敵は航空機との戦いを専門にする戦闘機である、ゼロファイター「ゼロ戦」しかありえない。
ゼロが来たと叫び、横を飛ぶ僚機の無事を確認しつつ後ろにいる機銃手に迎撃を頼む。航空機は前に進み続ける特性上、航空機同士の戦いは相手の後ろから攻撃するのが一番狙いやすい。だから戦闘機は敵の後ろから攻撃してくるのが普通で、性能で勝てない戦闘機以外は機体の後ろにも機関銃を載せて迎え撃ち身を守る。
前に向き直ると信じたくない光景が目に入る。
前を飛ぶ無事だった5機のうち、さらに2機が煙を噴いている。さらにその2機をかすめるように3機のゼロが急降下していく。
機銃手が機関銃を撃ち始め背筋が凍る。狙われれば機関銃の雨が機体に降り注ぎ身体が穴だらけになって死ぬか、身体が無事でも機体がダメージを受けすぎれば燃え上がりながら海に落ちるか操縦不能で海に落ちてやはり助からない。
爆発音が聞こえて隣を飛ぶ僚機を見る。そこに僚機の姿はなく、僚機を飲み込んだ火の玉がゆっくりと下へと落ち、その奥からゼロが現れ追い越していく。
このままではダメだ。そう直感的に判断すると操縦桿を少し前に倒して機体の速度を少しでも上げるとともに、水平で飛ぶよりかは撃たれないようにする。
ガラス片が飛び散りキラキラと輝く様が一瞬であるはずなのにひどく遅く感じ、機体のいたるところからカンカンと機関銃の弾が命中していく音が自分か仲間の発する悲鳴やエンジン音、機関銃の銃声に混じって頭に入ってきて耳を塞いでしまいたい衝動にかられながら必死に操縦桿を握り、機体の操縦桿以外で機体を微調整する機体後部の尾翼操作用のペダルも踏んで機体を左右に動かす。
機体の下方から追い抜いたゼロが私の右側前方で緩やかに左上方へ旋回するなか、ゼロのパイロットと目が合う。彼ははっきりとこちらを見ている。
奴はまだ狙っている
どうする?
止まりかける思考で必死に考えるなか目の前を飛んでいた僚機が火の玉となり白い世界に飲まれる。
その様子を見た途端、それしかないチャンスに気付く。
あの白いのは雲。短時間に大雨を降らすスコールの雲かただの雲かは分からないが、すぐ下方に海がかすかにしか見えないほどの雲がいつの間にか流れてきたらしい。この中に入ればこちらも周りの様子は分からなくなるが姿を隠せる。
これ以上考える猶予はないと即座に決断し、左方向へ旋回するゼロからの攻撃を受けないようにこちらも同じ左方向へ機体をひねることで時間を稼ぎつつ、雲の中に突入すべく機体高度を下げていく。そして最後に雲を突き抜けてしまわないように機体を水平に近づけつつ、”雲が作り出す海”へと機体を沈めていった。
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