第106話

八.[あの子を頼む]


「邪魔するぞ」嫌とは言わせぬとばかり入ってきたカタジニ。糸のような目がニヤニヤと笑んでいた。

 その後ろからイオワニ。「すまんな」と頭をボリボリ掻き。しぶい顔を作り。しかしどことなく愉快げな口元。


 どうぞ、とアオイが差し出した鶏冠竜の敷物の上にどっかと座った二人。腕組みした。アオイに向かい合うと、一転して難しい顔になった。笑顔は崩さないまでも。

「ええっとな……」カタジニが口を開いた。

「はい」

「実は折り入って話がある」

「はい」


 糸のような目が笑んだまま固まった。何処からどう切りだしたものか分からないようだった。言いあぐねていた。空気まで固まったかと思われた一瞬後、出てきた言葉は。

「お前は女が好きだったな」

「はあ?」目が点になったアオイ。はじめて会った時似た話をした憶えはあるが。その話の続きなのか––。今、この時に––?


 見かねてイオワニが口を出した。

「もういい。お前が話すとややこしくなる。何もそこから確認する必要はないだろう。俺が話すから黙ってろ」

「むぅ」と唸ってカタジニは糸のような目を尖らせて口をへの字に曲げた。

 ヘソを曲げた大男を無視して、イオワニはアオイに向き直った。

「話というのは他でもない。ルルオシヌミさんのことだが……」

「え……」

 意外なことを問われてアオイは身構えた。何の話が始まるかと。


「結婚を約束したというのは本当か?」


「はあ!?」

 初耳だった。

「俺がですか?? 一体何処の誰がそんなことを言ってたんですか??」

 その話を始めて聞いた本人。吃驚して問い返した。

「街中の人が言っていた」片眉あげて愉快げに答えたおっさん剣士。

「なっ」絶句した当人。

 その顔を見て、さらに愉快げに。「何だ。やっぱりただの噂か」笑いながら言ったイオワニ。

「ただの、じゃないです。噂話にしても酷すぎです」

 目を白黒しているアオイを見て、イオワニもカタジニも笑った。

 ひとしきり笑うと、イオワニは改まった口調で言った。

「で、お前自身はどうなんだ?」目が真剣だった。「好きなのか?」

「え……」

 即答できない質問。それは軽々しく他人に答えて良いことではないと感じた。相手が自分を好きだと公言している以上。本人から答えを聞くならともかく、回りまわって拒絶の意思を伝えられたら相手はひどく傷つくはず。第一答えられないからずるずるとここまで話が長引いている。


 明日俺が冥界で死んだら、答えないままですむ。そうなったら、それはそれでその方が良いような気もしていた。けれど。そもそもこの二人は何しに来た? 


 まさか⁉︎ あの子ならやりかねなかった。ルルオシヌミに頼まれて? 

 一転して疑心暗鬼になったアオイ。


 中年のおっさんはしつこかった。黙り込んだ相手の気持ちを察して質問を引っ込めたりしなかった。もう一度訊いた。

「もう一度訊く。好きなのか?」

「ぐ……」窮したアオイ。「嫌いではありませんが……」正直な処を答えた。

「ふむ。嫌いじゃないなら? どうして交際してやらない」

 そもそも交際すらしていないこと知っていて、結婚の噂から話を切り出したイオワニ。冒頭に強烈な一撃を食らわせ機先を制するという、中年オヤジのずる賢い話術。


 そんな姑息な中年の術中にはまっているとは全く気附かず、アオイは観念して答えた。

「嫌いではありませんが……、他に好きな人がいます」

 恥ずかしくて下を向いた。どうしてこの二人にこんな話をしなきゃいけないんだと、言ってしまってから改めて悔やんだ。

 訊問は続いた。

「当ててやろうか」とイオワニ。これ以上ないほど愉快げに片眉を上げて。

「へ……」慄然となったアオイ。そんな、まさか、知られているはずがない、と。

 しかし彼は己を分かっていなかった。

「その子はお前より年上だな」

「う……」

「意外と近くにいる」

「う……」

「近くと言うより同じ屋根の下だったりして」

「う……」

「でもって、魔法が使えたりする」

「う」


 バッタを捉まえた猫のように、アオイを散々オモチャにしていたぶってから、中年剣士は笑ってトドメを刺した。

「リリナネだな?」

 ぐ、と黙り込んだアオイ。何でこの二人に言わなきゃいけないんだ、理不尽な、と。

「そうなのか!?」

 身を乗り出したカタジニ。真剣な表情で問いただした。カタジニのこれほど真剣な顔は誰も見たことがない、それくらい真剣な顔で。


「何で……」声を絞り出すようにして、アオイは答えた。絶息寸前だった。「何でお二人に言わなきゃいけないんですか」


 二人の男は顔を見合わせ、満足げにニタッと笑った。その答えは「好きです」と言ったも同然だった。

 カタジニは良しとばかり楽に座り直した。違うと答えたら一撃喰らわそうと用意していた懐中のカタパンから手を離した。

 イオワニが優しく笑って言った。

「それは、あいつがお前のことを好きだからだ」

「へ?」驚天動地のアオイ。顔をあげた。まったくもって、今の今まで予想だにしなかった答え。

 そのアオイの目を真っ直ぐ見て、イオワニは言った。笑顔だが真面目な顔で。

「リリナネはお前にほのじだ」

 惚の字ってまた随分古くさい言葉を、と思いながらも、

「リ、リリナネさんが俺を好きとか、どうしてイオワニさんにそれが分かるんですか」問い返した。言いながら再び下を向いた。ひょっとして、本人がそう言っていたのか、伝えてくれと言ったのか、一気に高まった期待。

 その期待は裏切られたが。


 二人の男は口々に言った。

「聞かなくても分かる。長いつきあいだ」

「あのじゃじゃ馬が、お前に出逢ってからというもの、ずっと借りてきた猫のようだ」

「あいつが女言葉で喋るのを聞いた日にはそりゃあ吃驚したぜ」

「ああ。ぶっ魂消た」

「コロッとおしとやかになった。しかもお姉さんぶったり」

「そうそう。何故だか分からんが時々お姉さんぶってる。あれはどういう心持ちなんだろうな?」

「分からんのか。アレはアオイがルルオシヌミといい仲だと勘違いして距離を置こうとしているんだ」

「なんだ。そうなのか。馬鹿な奴だ。正直になれば良いものを」

 途中から二人で話していた二人は、アオイに向き直り声を揃えて言った。

「というわけだ」

「そ、そうなんですか……」

 始めは何だかリリナネの悪口を聞かされているようでムッとしたが、聞いているうちにホントに好かれているのかもと思えてきたアオイ。


「それで、その……お二人は、その話を俺に聞かせて……」何をしたいのか。

 まさか、恋の橋渡し役を買って出てくれるとか、そんな話なのか。ハッとなったが同時に。

 それってありがたいのか、迷惑なのか、この二人、そんな話を任せられるとは到底思えな––。


 しかし違っていた。


 再び難しい顔に戻った二人。

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