第101話
[四.誰も知らない術]
翌日。
誰も彼も来客多く会えなかった。もしくは、会えてもゆっくり話せなかった。イオワニ、カタジニ、リリナネ、共に冥界入りする五人。むろん、アヅハナウラも。
例えばカタジニと話そうとしてもずっと出ずっぱりで何処にいるのか分からないし、リリナネと話そうとしても絶えず来客があり顔はあわせても話は出来なかった。イオワニは道場にいたがこちらも来客ひっきりなしで会えなかった。
ユタとは話した。夕べ。
「お前は知ってたのか? シュス様のこと。召還呪を唱えると……その……」
言い淀んだアオイに、にこっと笑って即答した。子供らしい無邪気な答えだった。心の底から信じきっていた。
「シュス様は普通の人じゃないですから。ご無事に決まってます」
「そうか」
アオイも思わず笑みが出た。俺も信じるべきだ、その人を、そう思った。
ユタは訳知り顔でこう続けた。
「それにリリナネ様が太陽神魂呪を使えないかも知れません」
「え? そうなのか?」
「そうですよ。原理神にかかわる術ですよ。呪文文言さえ唱えれば誰にでも使えるというものじゃないです。そりゃあ勿論、リリナネさまは立派な大魔導師さまですけれど」
いつものことながら、子供らしくない物言い。
「そうか……」
「そうなったら困りますから、やっぱりシュスさまにはご無事でいてもらわないと」
笑顔のユタに、アオイも笑顔で答えた。子供らしい論理の矛盾には触れず。
「そうだな」
今度は、残念で仕方ないといった顔を作り、ユタは言った。
「マリコラギさまの隠形法をご存知の方がいらっしゃれば良いのですけれど……」
「ああ……。あれか……」
その名称を聞くたび、アオイは不思議な感覚に包まれる。何処かで絶対聞いた憶えがあるのに、全然思い出せない、何かが、例えば一文字違いで何か違うような不可思議な感覚。
「不思議な話ですよねぇ」
ユタは、背伸びして作っていた訳知り顔が引っ込み、一転して子供っぽい口調になった。「あると噂だけあって誰も知らない術なんて」
「そうだな」
マリコラギ隠形法とは、五百年ほど前から噂のみ存在する術。あると噂されているだけで、しかし実際には誰も知らない。何処の町の巫術師も。むろん魔導師も。噂の発端が何かも定かでない。
その術を唱えるとマリコラギが太陽に抱擁され見えないのと同様に、術者はマリコラギの威光に包まれ、悪霊や悪魔には見えなくなるという。普通の人にはまったく支障なくそこにいると見えるのに、悪魔や悪霊だけから身を隠す事が出来る。今回の冥界入りにはうってつけの術。だが、誰も知らない。宿せるケイも存在しない。
今回あらためてタパはじめ方々の町の巫術師が、文献を読み調べ、あらゆる土地へおもむき聞き込み調査を行ったが、結局分からずじまいだった。
俺は……、聞いたことある気がする。アオイはその名を聞くたび不可思議な感覚に囚われ物思いに耽る。何故—。
箸が止まり、遠い目をして彼方に思いを馳せていたら。
「どうしたんですか? アオイさま?」
ユタに現実に引き戻された。
「いや。何でもない」
「ご飯が冷めてしまいますよ。それに早く食べてお片付けしないと。今日は当番ですから」
「ああ……そうだな……」
アオイの冥界入りは確実ながら、名目上は予備の人選。他の人達が用意や挨拶で忙しいのに対し、彼は特に挨拶回りする先もない。リケミチモリにはすでに挨拶をすましている。他にすることもないので、いつもと変わらずお廟のお手伝いをしている。
●
シュスは普通の人じゃない。子供のように純真にそう信じこんでているのは、子供ばかりでない。町の人々も。
ルルオシヌミは不思議そうな顔をして首を傾げて言った。
「シュス様は普通じゃない人じゃないのではないのですか?」
否定が連続してどっちの意味になったか定かではなかったが、大丈夫だと信じきっているようだった。
研ぎ屋へ行ってみた。ココオリベも同じことを言った。
「心配ないさ。シュス様は普通の人じゃないからな」
「どうして今まで教えてくれなかったんだ?」
「分かってるモンと思ってたよ。ひょっとしたら分かってないかもと思ったけど、だったらなおさらさ。もし教えたら、お前のことだから、暗い顔してくよくよ思い悩むんじゃないかと思ってな。誰もまったく気にしていないことを心配でたまらない顔してうろうろされたら堪らんからな」
研ぎ師の大将は軽く笑いとばした。
アオイは女々しい男と言われた気がして少しムッとした。腕組みして言い返した。
「ふん。お気遣い礼を言う。が、俺はお前が思ってるほど心配性じゃない」
ココオリベは笑い話にしたが、それは表面上のことであり、本心は違っていた。逆だった。けれどそれは今、アオイに言うべきではないこと。冥界入りをひかえている。くよくよ思い悩ませたくない。その時が来れば分かる。覚悟も決まるはず。それよりも。伝えることがあった。
研ぎ屋を出ようとしたアオイを呼び止めた。「あ、そうそう」さも、今、思い出したように。
「冥界入りするとき太鼓叩く役、俺に決まったから」にかっと笑った。
「え、太鼓叩くのか?」
「そうさ。戦士を送るんだぞ。叩くさ」
「それをお前が?」
「ああ。知らねえのか? 俺は太鼓の名手だぜ。祭りの一番太鼓は俺だし、普段の戦の時も俺が叩いてるんだぜ」
「へえ……」
ココオリベは、笑みを崩さなかったが、幾分しんみりした口調になった。
「勇壮に打ち鳴らして送ってやる。必ず無事に帰ってこい」
アオイも。笑顔を返した。
「ああ。頼む」
言葉に出来なかった思いを、目で交わした。互いに。
アオイはその足でイオワニの道場へ行った。が、イオワニは来客多く会えなかった。引き返していたとき、道でばったりオニマルと会った。
「少し話せるか?」
そう言ったのはオニマルの方だった。
「ああ」アオイは頷いた。「ちょうど話したかったところだ。お前は忙しくないのか?」
切れ長の眸を思慮深げに少し伏せ、「少しだけだ。挨拶回りとか。どうでもいいことだ。歩きながら話そう」オニマルはアオイを促して歩き出した。
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