第83話

十八.【草原の暮らし・陰陽二極の術】


 ある夜、居留地中央の広場の焚き火の周りに女の子だけ集められた。ニニは仲良くなった子と並んで座った。ニニが座るとモコがするすると駆け上がり肩に乗った。他の子もそれぞれ自分のパルプを肩に乗せていたり、もう少し大きなケラップという竜を膝に抱いていた。ケラップはイタチ似でイタチよりずっと胴長。足が短くてパッと見は毛むくじゃらの小さな龍。


 ニニと同年代の子はいない。みんな少し年上か年下。そしてみんな優しい子ばかりだった。自分の喋り言葉は乱暴だから女の子達と話すときはちょっと気を附けなきゃと、彼女が気を使うくらい。だから彼女は男の子と遊ぶことが多かったし、そもそも独りで居留地や草原を探検して歩くことの方がずっと多かった。


 今日は女の子だけを集めて何かの授業がある様子。まず、頭首リコチャキが皆の前に立った。難しい顔をつくって、話し始めた。


「この宇宙に在るモノは、全て、陰陽の二つに別つことができる。全てのモノは陰陽どちらかの性質を帯びている。一つ、想像してごらん。空と海を。水平線の彼方まで進んでも、どちらがどちらに混じることもなく、ずっと美しい対比を描いている。どちらがどちらを支配しているわけでもない。どちらかが勝っているわけでもない。これはもっとも美しい喩えだ。空は陽、海は陰に属する。陰と言うとあまり良くない印象を受けるかも知れない。なんだか暗く湿っぽい感じを。しかし今話したとおり、陰とはまったくそんなモノではない。陰とは『生み、育む』モノ。大地、海、地球、月、水、そして、君たち女性も陰に属する。対して陽は、空、風、太陽、光、空気、男、等。そして我ら竜使いの使う術は、竜使いの術のみではない。陰に属する術がある。ではここで先生を代わろう」


 そう言ってリコチャキはさがって、みんなの後ろに立ち、代わりにニコチャキ母さんが照れ笑いを浮かべながらみんなの前に立った。


「はい。では説明します。竜使いの男は、竜使いの術しか使えませんが、私達女の子は、もう一つ術を使えます。死霊秘術です。これは、陰に属するというよりも、闇に属する魔法。だから、使えるのは私達女性だけなの。陽に属する男性は使えません。使い方はとっても簡単。粉をまいて短い呪文をとなえるだけ。そうするとその土地に眠る霊を召喚できたり、亡骸を蘇らせたりできます。結果は四通り。霊が召喚されて霊体として現れる。霊が召喚されて物象に応化して現れる。埋まっていた骨が土塊をまとい生前の姿と似た姿で現れる。埋まっていた骨が体組織を再生して動く亡骸として現れる。最後のはちょっと気持ち悪いですね。どの結果になるかはやってみないと分かりません。加えて、そこにどんな霊が眠っているかも。さて。ここまではいいですか?」


 みんな頷いた。怖がっている子もいた。霊とか亡骸とか聞いて。怯えた顔を友達と見合わせている子も。けれどニニは逆だった。ワクワクしていた。

 これ、本当なんだ—。嘘みたい—。こんなことが全部本当だなんて—。竜使いだけでも吃驚なのに、今度は死霊術。私、今、魔法の授業を受けてるんだ—。ワクワクが止まらなかった。


 ニコ母さんの話は続いた。

「使う時はとっても簡単。けれど粉をつくるのはとってもとっても難しいの。粉の製法はいったん脇に置いておいて、まずこのことから理解して。闇に属する魔法だから、使用には細心の注意が必要です。闇にのみ込まれてしまわないように。闇に関わればともすれば人は光を見失います。でも大丈夫。今のあなた達の優しい真っ直ぐな心を常に持っていればちっとも怖がることないわ。優しい心は常に闇に勝ります。基本的な接し方はこう。闇に関わるのではなく、闇の作用をちょっとだけ利用してやるの。じゃあ、いいかしら。具体的な幽体反応についての説明に入ります」


 みんなが頷くのを待って、ニコ母さんは話を続けた。

「三魂七魄といって命には十の魂魄が宿っていると言います。このうち三魂は次の生へ転生するけれど、七魄は骨とともに残り、この世に留まっていると言います。そんなに沢山あるのかどうか本当の処は知らないけれど、私達が使役するのはこの七魄の部分。土中の骨に宿るそれに働きかけ通常起こり得ない反応を引き起こすには—」

 残念ながら、ニニに何とか理解できたのはここまで。その先の話はとても難しかった。けれどニニはちっとも残念がったり、悔しがったりしなかった。にこにこしながら話の続きを聞いた。楽しくて。焦らなくても時間は沢山ある。いつかきっとできるようになると思った。

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