第80話
十五.【重複形の記憶】
居留地に案内された。頭首リコチャキのオオカミの背に乗せられて。その人の腕に抱かれて。
その人の腕の中は、とても安らげる懐かしい感覚だった。この人は本当に私のお父さんじゃなかったのかな……。そう思えて仕方なかった。が、違うのだろう。
彼女がふり返り顔を見上げると、その人はその度優しく微笑んだ。本当にお父さんのようだった。
それにしても、どうして私は何も覚えていないのだろう……。自分の着ている服にも違和感があった。他の人々の装束と違い、目に馴染みのある服だが、それは寝る時に着るものという憶えがあった。どうしてこの格好で草原を出歩いていたのか、全く記憶にない。
居留地に到着した。白い天幕がいくつも並んでいる。奇妙な生き物が沢山いる。どうにも憶えがない。いや、こんな草原に天幕の暮らしという風景は見たことある。朧な記憶。
けれども。
私は本当にこんな生活をしていたのかな……? 全く覚えていなかった。生き物も見覚えのないものばかり。
女性たちに出迎えられた。中の一人が、リコチャキと言葉を交わして、その後彼女の前にしゃがんでニッコリ笑った。
「この人がお父さんに似ていたの? じゃあ私は、あなたのお母さんに似ているかしら?」
彼女はなんと答えたら良いか分からず、首をふった。女性は優しく言葉を継いだ。
「私はリコの女房。ニコという名前なの。よろしくね。何か思い出すまでしばらくここで暮らすと良いわ。全然遠慮しなくて良いのよ。私達には子供がいないから……、本当のお父さんお母さんと思ってね」
リコチャキもうむと頷いた。が、首を捻りながら言った。
「それにしても名前も憶えていないのは困るな。何と呼んだものか……」
しばらく彼女を見つめていたが、やがてにっこり笑って言った。
「うむ。お前はとても美しい。我が妻ニコの『ニ(爾)』とは美しいという意味。お前はその『ニ』を貰い、ニニと名乗りなさい。とてもとても美しいという意味だ。記憶が戻るまで、お前は私達の娘、ニニチャキだ。良いかな?」
彼女は頷いた。なぜだか涙ぐんでしまい目をこすった。嬉しかった。
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