第81話
十六.【草原の暮らし・暁】
ニニは草原での暮らしに、すぐに慣れた。不思議な感覚だった。こんな生活をしていた記憶はない。何をするにも不便だと感じる暮らしぶり。目にする物皆、記憶にないものばかり。けれどもこんな草原で暮らす人々、その光景は記憶の中にある。
生き物もまた全く見覚えのないモノばかり。いや、記憶違いだろうか。見たことあるような、けれど全く違っていたような。どことなく違和感あるものばかり。大きなものから小さなものまで。
全て竜類に属する竜の仲間だと、リコチャキは教えてくれた。
「竜? ドラゴンなの? 恐竜なの?」
「ドラ? キョウリュウ……? それは何かね」
リコチャキに怪訝な顔で問い返されたけれど、彼女は説明できなかった。言葉は出て来たものの、それが何かはさっぱりだった。姿も思い出せなかった。
「ドラゴとはドラコーの訛りかな。まあ良い。私達は竜使いの民。竜類であればどのような竜であっても手懐けれることができる」
「へえ。手懐けるって?」手懐けて何をするんだろうと思った。
「うむ。オオカミのように乗り回したり、戦で戦わせたり」
「へえ。それってホントに竜使いね」目を輝かせた彼女に、
「うむ。そうだとも。お前には全て伝授してやろう。竜使いの術の全てを」リコチャキ父さんは優しく微笑んだ。
そして名前の呼び方。
ニニ、と、名前だけで呼ばれることは少なかった。ニニチャキと苗字まで一緒に呼ばれるのが普通だった。もちろんお父さんはリコチャキで、お母さんはニコチャキと呼ばれていた。
「フルネームで呼ぶなんてなんか変な感じぃ」彼女ははじめの頃思わずそう言って笑ってしまい、
「ふるね……、何?」と周囲の大人を困惑させた。
その他にも記憶の中にはあるのに、皆んなの知らない言葉がいくつもあった。時々それがポンと口をついて出て、皆んなを笑わせたり、不思議がらせたりした。しかも彼女は口が達者で、一風変わった喋り言葉と相まって、周りの大人達を面白がらせた。
「本当にお前のお喋りは面白い。まるでフィオラパと話しているようだ」リコ父さんは喜んだ。
「フィオラパ……? ってなに?」
「妖精だよ」
「妖精! 会ったことあるの⁉︎ 私も会える?」
「いや。残念ながら私はない。普通は魔導師の前にしか姿を現さない。悪龍が誕生してからは聖女様の前にしか姿を現さなくなったそうだ」
「へえ……」記憶のない彼女には知らないことばかりだった。
草原の朝は早い。空が紫から紅に変わる頃皆んな起きて、日が昇る方角へ手を合わせる。
ニコ母さんは教えてくれた。
「見えないけど、今、この空のこの方角にテアラギ様がいるの。その恵みを感謝して受け取るのよ」
「テアラギ?」耳慣れない言葉に問い返すと、
「暁の女神様よ」と教えてくれた。
不思議そうな顔をしているとリコ父さんが詳しく説明してくれた
テアラギとは見えない神様という意味で、なぜ見えないかというと、その女神は太陽に愛されていて、今、空に登って来たけれど、すぐに太陽が追いかけて昇ってきてその女神を後ろから抱きしめる、だから全く見えなくなるのだと言った。
少し違和感のある話だった。説話が、ではなく。
「神さまって普通は見えないじゃなかったっけ」
「普通は見えるとも」リコ父さんは笑った。「見えないのはテアラギ、そしてマアシナラギくらいだ。そして最も神聖なラアテアだ。他は皆んな見えるとも。見えないなら、なぜ居ると分かるかね?」
「へえ……」吃驚な話と聞き覚えない神さまの名前。けれど自分は神さまについてそんなに詳しくなかった気がした。だからあまり深く考えなかった。確かに見えないものを信じるなんておかしい。見たことある人が沢山いて当たり前と思った。
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