第75話

九.【遊牧民】


 目を開くと懐かしい人の顔があった。その人の腕に抱かれていた。


「お、……お父さん、パパ」思わずその人の服をギュっとつかみ、ポロポロと涙を零した。


 その人は吃驚した顔をしたが、微笑み、優しい声で言った。


「私が君の父親に似ているのかな?」

「え……」


 顔を見て思わず「お父さん」という言葉が出たが、彼女は自分の父親の事を何も憶えていなかった。その男性が着ている服も普通とは違う気がしたが、では、何が普通なのかまったく記憶になかった。戸惑っていると逆に訊かれた。


「手を火傷しているね。大丈夫かい?」


「え……あ、うん……」なぜ火傷したのか思い出せない。


「君はどこの町の子で、どうしてこの草原の真ん中に倒れていたのかね?」


 それはこっちが聞きたいことだった。彼女は草原の真ん中にいた。だだっ広い草原。見渡す限りどこまでも続いている。けれど高地らしく、高い山の稜線が空に浮かんでいる。相手は一人ではなく、後ろに沢山似た装束の人々がいた。そして人ばかりではなく、乗り物にしているらしい奇妙な生き物も沢山。蜥蜴に似た大きな白い生き物。首がひょろ長く、体側面に突き出た足もガニ股でひょろ長く、純白の毛並みがとても美しい生き物。目を見張っていると言われた。


「大神が珍しいかね?」

「オオカミ?」

「うむ。我らの馬がわりだ」


 彼女は少し落ち着いた。知らなきゃいけないのは自分の方だと悟った。


「ここはどこで、おじさん達は誰なんですか?」

「ここはマウガラパラパの高地。オネパラケラ。我らの夏の居住地。我らは龍使いの民。私は頭首のリコチャキだ」




十.【その距離を縮める為に】


 その夜、寝る前。布団の上に座りアオイは考えた。


 ルルオシヌミの事は放置しておいて良い問題ではない。しかし突き放すような言葉は到底言えそうにない。だったら『いつまでも良いお友達』と、相手があきらめてくれるのを待つ他ない。


 その為にも。


 リリナネさんと仲良くなりたい—。リリナネさんと俺が仲良くしている様子を見れば、あきらめてくれるはず—。いや勿論それもあるれど、ちょっと今のこの距離感、何とかなんないかな—。


 要は本命との距離を縮める方法が何かないものか、ずっと考えていた。何しろ縮まらないので。

 戦う仲間、ツフガの仲間、じゃなくて、せめて『友達』と言えるような関係になりたい。勿論、友達以上になれればそれに越した事ないけど、まずは友達の線を越えなきゃだろ。ハードル高っ、と考えて、ハードルって何だっけ、としばらく悩んだ。


 こんな風に、アオイの考え事は時に迷宮に入る。数々の迷宮を抜け、考えに考え抜いて、ようやく答えらしきものに辿り着いた。それは思いついて見れば、大した名案ではなかった。普通の人なら常套手段。


 何か贈り物をしよう—。


 大袈裟な物ではなくて、それでいて喜んでくれそうな物。


 何が良いかな—、考えながら横になった。我ながら良い考えだと一人悦に入った。


 しかし。


 よくよく考えてみればリリナネの好きな物を何一つ知らない。


 ううん……、身を起こして再び布団に座り直し、再度考えこんだ。


 若い女性の好きな物。しかも自分よりずっと大人の女性の。普通に考えれば、指輪、首飾り、髪飾りとか。指輪はもっと仲良くなって贈るものという気がした。首飾りか髪飾りで、銀製品か石か細工物。


 ううん……、リリナネさん、石、好きなのかな—。詳しかった。魔導師なら詳しくて当然かも知れないけれど。


 リリナネも自分の宝珠メアマタギを首飾りにしてかけている。水晶や色んな石と一緒に。


 けど……。彼は自分の手首の龍翅を見た。こんな風な数珠みたいな物はリリナネは持っていない。


 これとお揃いだとどうかな—。勿論、あからさまにお揃いだと不味いけど、似たような感じのもので—。


 解答らしきものに辿り着いて、彼はニンマリした。銀製品や石を揃えた装飾品のお店は知っていた。早速明日行ってみようと思った。

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