第76話

「買い物に行きたいのだけれど、今日の俺の当番は何だ?」


 翌朝のこと。朝ご飯を食べながらユタに話した。すると。


「午前に浴堂のお掃除ですよ」との返事。


「え、そうなのか……」思わず箸が止まった。


 お湯を抜いて浴槽を洗い、床を洗い、桶を干す。割と大変な仕事だが、仕事が大変だから戸惑ったのではない。既に何度もやったことがあり、大抵多人数でやる。戸惑ったのは、最近、飲食所の売り子さんが手伝いに来てくれるから。飲食所のおばさんの話では、自ら志願してらしい。聞くまでもなかった。


「ええっと……」言い淀むアオイ。


「なんですか?」訝しげに問い返すユタ。


「そうなのか?」無駄な念押し。


「はい」素っ気ない返答。


 アオイはほんの少し期待、もしかしたら気を利かせてユタがこう言ってくれないかなと思った。『お買い物に行きたいのでしたら行って来てください。僕たちだけでやっておきますから』


 しかしユタは何も言わず黙々とご飯を食べ、食べ終わると丁寧に手を合わせて「ごちそうさまでした」と言って、自分の箱膳を抱えて立ち上がった。そのまま部屋を出るかと思いきや、立ち止まり振り返ってこう言った。


「お買い物があるのでしたら行って来てください。僕たちだけでやっておきますから」子供らしくないおすまし顔で、なんだかニヤリとしていた。


「あ、ありがとう……」思わず口ごもった。ちょっと生意気じゃないかと感じた。しかも、なぜだか後ろめたい気持ちになった。


 そして。


 裸足に兵靴をひっかけて、そそくさと廟堂の玄関を出ようとした時、浴堂へ向かうルルオシヌミの姿が見えた。タスキをかけて袖を捲り上げ、嬉しそうにいそいそと。その横顔を見たら出かけられなくなった。この勢いで浴堂へ行き、そこに彼がいないと知ったら多分涙ぐむ。いくら彼が鈍チンでもそのくらい予想できた。


 小さくため息をつくと、浴堂へ向かった。


 少年たちは既に総出で掃除に取り掛かっていた。アオイが入るとユタが素っ頓狂な声をあげて吃驚した。「あれれ? お出かけになるんじゃあ……?」その声に皆が振り向いた。


「いや」アオイは何と答えたものか言い淀んだ。「全然手伝わないのもアレだから……少し手伝ってから行くよ」誤魔化した。


「お出かけになるのですか?」いつの間にか真横に来ていて顔を覗き込んで来たルルオシヌミ。アオイはギクッとした。「ええ……。そうなんですが……」何故だか後ろめたかった。


 ルルは嬉しそうに言った。「でしたら私がご案内」


 して貰うわけにはいかない。


「いえ。知っている場所ですから」


「そうですか……」ルルは残念そうだった。

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